※夜兎に関して模造設定などがあります。


もう六日ほどこの状態だ。
数少ない夜兎が多く編入されている部隊。第七師団である。
今回は骨折りする戦場と聴いていたので団長である神威もそれなりに楽しみにしていたのだが、何のことは無い、大変なのは戦場になった星の気象条件の問題であった。陽が多いこの星は夜でも白い僅かな光があるので、陽に弱い夜兎にとっては酷く戦い辛い場所なのである。悪環境は慣れていたが、星の気温が暑いのもまた煩わしかった。光に弱いという夜兎であるからして寒さには強い。けれども暑さにはそれほど耐性があるわけでは無い。体力だけはあるので耐えられたが、いい加減長丁場にでもなると隊の者の苛立ちが募るのは無理も無い。無理も無いことであるが、それに嬉々としたのは神威である。
不機嫌になればなるほど反比例して神威の笑みは深くなる。
この星はその悪条件の上に、何せ敵の数が多いのだ。滅ぼしたいだけなら星ごと潰せばいいが、そうもいかない。師団にも任務や目的というものがある。この星の生物の知性は然程高くない、高くないが数が多い。その僅かな知性を持つ生物が崇めている『神』を入手するのが神威達の仕事である。実際はその『神』は惑星規模の環境開発を行うテラフォーミングマシンが暴走した結果だった。誰がこんな住みにくい気象条件をテラフォーミングのシステム上に設定するものか。数百年前に設置されたものと聴くが、外部の回線からの操作を受け入れない自閉型システムだった為、中のデータの一部を欲している上からの命令で神威達が派遣されたのだ。
最もその前にいくつかの春雨の別の師団から奪還の為に向かった部隊があったが予想外の現地生物に抵抗を受けたため、第七師団が派遣されたのである。
敵の姿形こそは哺乳類の形をしていたし、血も赤い、だが繁殖力は昆虫並みらしく数が多いのもこの任務が長引く原因だった。

「この辺りはこれで仕舞ぇか・・・」
阿伏兎が溜息を吐きながら死体を転がした。
無数に広がる景色は砂漠と岩場ばかりだ。緑は少なく、影もごく僅かだ。日中は活動に困るほど暑い。
お蔭で阿伏兎達、夜兎はこの星に降りてから一度も厚いマントと身体中を覆う装備を外せていない。
「弱ぇくせに数だけはいやがる・・・おい、水はどんくらい残ってる?」
部下に問えば「明日までは持つ」との回答があった。
最悪である。艦の補給も絶えているので自力で見付ける必要があった。
生物がいるからして、何処かに水脈なりがあるのだろうと予測をつけ、阿伏兎が部下に命じながら探させる。
その命令がてら団長である神威を見れば死体の上で退屈そうに突っ立っているではないか。
「おい団長、水探しに行くから手伝え」
最悪今殺したものの血と肉を食事がてら啜るという手もあるが、あまり美味しいものでも無いのでそれは本当に何も無い時にしたい。夜兎は悪環境には耐えられる体力と胃の強さはあったが、味覚が無いわけでは無いので矢張りまともなものを補給したいと思うのは普通のことである。
「つまらないな、面倒とは聴いてたけど、相手が弱すぎる」
「ンなことわかってるだろ?千だか万だか数だけは多い、図体がデけぇから面倒だってよ」
いーから探すぜ、団長、という阿伏兎の言葉に神威は首を振った。
「水はいいよ」
「水無しのハンデでもくれてやるつもりか?ンなことすりゃ明日の夜にゃ俺達がお陀仏だ、血でも啜ンのかよ?」
阿伏兎の反論に途端に神威が機嫌良く口元に笑みを浮かべ手にしたタブレットを口に当てて答えた。
「来るって、補給」
「高杉か!」
阿伏兎が思わず聲をあげると神威がにこりと笑みを浮かべる。先程とは打って変わって年頃らしい笑みだ。
悪戯っぽそうに、包帯まみれの口元を歪ませながら、我らが団長は命を下した。

「今日は徹夜で狩る、明日までにはほぼ制圧しておきたいからネ」
「血のバージンロードでも作るつもりかねぇ・・・」
団長と高杉の関係は云わずもがな、だ。最早第七師団では名物になりつつあるようなあけっぴろげな関係である。
鬼兵隊の方はどうかは知らないが、第七師団では高杉は神威のイロ(情人)であるということは知れ渡っている。
先程の不機嫌とは様変わりした神威はまさに年頃の・・・といった感じで阿伏兎としては複雑な心境である。しかし上司の機嫌が良いに越したことはないので、神威の殺戮に付き合うことにした。
命の削り合いは夜兎にとって本能だ。
悪くない。
神威の地獄の居心地がすこぶる良いので阿伏兎は神威のそういった気紛れな性も好いているのだ。


血の雨が降る。
戦場に。万を殺した血の雨が降る。
高杉が戦場に降り立ったとき、隊の者が制止するので何事かと思えば、高杉は眼の前で繰り広げられる風景に聲をあげた。
「こりゃぁ、すげぇな」
大地が赤く染まっている。
いくつもの戦場を高杉はみてきた。神威とこうして関係を持ってからも春雨絡みの仕事で、こうした戦場は慣れているが、今回のは一際酷い。高杉が補給に訪れたのは何も神威の為ではない。テラフォーミングマシンのシステムを手動で解除する為の予想される暗号キーを依頼されて作らせていた。要するに彼等の『神』を奪う為にこの星に降り立ったのだ。
システムの中枢を見れば『神』を丁寧に崇め奉っていたらしい。像をつくり、火を焚き、捧げものをした跡がある。崇めていたものは疾うに暴走してこの星を灼熱の大地にし、陽が沈まぬ星にしたというのに、その暴走の過程で偶然進化を遂げ、奇跡的に僅かな知性を得た種族にとっては違ったらしい。高杉はこの星の『神』を殺す為に来た。
既に中枢を制圧した第七師団は祭壇に居た神の使徒も一層したらしい。文明的にはこの星の生物の方が野蛮ではあったが、神威達のしたことを思うとどちらが野蛮かもわからない。
( 最も『神』を殺しに来た俺が一番野蛮か・・・ )
くつくつと自嘲気味な哂いを零しながら高杉がシステムのコンソールを起動させるように命じ、ロックを解除するように指示した。
「さて、精々高く売ってやるか」
情報を欲しているのは、元老では無い。春雨の元老に掛け合った組織がある。
星ひとつをこの為に滅ぼすのだから安く売るつもりはなかった。
「てめぇの命が二束三文じゃてめぇらも浮かばれねぇだろ?」
足元に転がる死体を見つめながら高杉は煙管の煙を吐く。

遠くには血の雨、全身血塗れの神威が立つ。
傘が真っ赤に染まり、そのマントを赤く翻し、そして神威はこちらを見た。
高杉に気付いたのだ。
咆哮を上げるように血飛沫を上げ、神威は哂う。
戦の申し子のようなその出で立ちに不意に思う。
神を殺しに来た高杉と、全てを殺した神威。
どちらも殺しには違いない。
この赤く染まった大地の様に、きっと地獄の先にはこれ以上の地獄があるのだろう。
救われないし浮かばれない。
けれどもそれでよい。
己達にはそれこそが相応しいのだと高杉は目の前の野蛮な男に笑みを洩らす。
それに応えるように神威は目の前の敵の頭を握りつぶした。

「アンタのイイひとが、着いてるぜ団長」
「知ってる、いいよね、高杉、俺血の海に高杉とか凄いわくわくするなぁ」
夜通し殺しているのにこれだ。若いってぇのは、と阿伏兎は息を吐きながら眼の前の敵を粉砕した。
「俺ぁさっさと艦に戻ってたらふく酒を呑みたいがね」
阿伏兎の言葉に神威が親父くさいと云いながら、血を払うように傘を振れば突風が巻き上がった。
「俺はいつまでもこうしてたい、もっと強い奴がいれば最高だけど、」
今は高杉が居る。
それが堪らない。
高杉が己の前に居る。その事実だけでぞくぞくする。背筋に奔るものがたまらない。
いきり立つようなその感覚に神威はこれが血に酔っているのか、あの男に酔っているのかわからなくなる。
けれどもそれでいい。
それがいい。

( いつかアンタも俺と殺り合うんだ )
そうでなければ、
( そうでなければ )
あの熱に、あの視線に、
( 俺がどうにかなりそうだ )
湧き立つ想いに、昂る情熱に、それが何なのかわからないまま、神威はうっとりと最期の血の雨を降らせた。


05:神殺しの大地で

お題「血の雨」

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