高杉から何か欲しいと思うのは当然の心理だ。何が当然なのかは実際のところ神威にはわからない。わからないが、とにかく何かが欲しいので神威は事あるごとに高杉に物を強請ることが多い。
「今度さ、俺の提督就任式があるんだ、形式だけだけど、まあ組織だから仕方ないんだってさ」
お披露目だって、面倒だよネ、と神威がにこにこ目の前の男に告げれば、目の前の男は鼻を鳴らし、そして手にした杯を一気に煽った。
「それで?」
それで?と高杉が問うのも当然である。
わざわざ神威が高杉の前で云ってのけるのだ。目的があるに他ならない。
何だ?と高杉が目で促せば神威が、少し困ったような顔をしてそれから、云った。
「なんか頂戴」
頂戴とはストレートである。夜兎らしい直球できたものだ。それを聴いて高杉は僅かに目を細めた。
こうして神威はよく高杉のものを欲しがる。無論高杉とて現在の共闘関係が続く以上、互いの人員の貸し借りもあって最低限礼は尽くしている。鬼兵隊側から神威の第七師団に米や酒の差し入れをしたり、細かいことが苦手な夜兎に代わって技術的な面でサポートしたり、だ。けれども神威のこれはそういった付き合いの上での要求では無い。

高杉のもの、或いは高杉から贈られたものが欲しいのだ。
一度高杉から何故お前はそんなに俺のものを欲しがるんだ?と問うてみたことがある。
すると神威は「何故だろう・・・」と呟いて明確な答えを寄越さなかった。
それで高杉には解って仕舞った。
神威が何故欲しがるのか。
褥での交わりで高杉の身体を欲しがり繋がりを欲する子供。
夜兎と人ではどうしたって交わることは無く、高杉は女では無い。故に神威の無意識に求める血の繋がりも不可能だ。
そして高杉はいずれ死ぬのだと本能的に理解している。
( 存外、頭のいい餓鬼だ・・・ )
神威はわかっている。頭で理解していなくても身体で。
高杉は女では無いから契っても子は成せない。血族に迎えることはできない。そして神威は高杉の本質を「よく」理解していた。
どれほど高杉を褥に縛り付けてもどれほど欲しても高杉は決して共に生きないと理解している。だからこそ欲しがる。
( 証ってのが欲しいのか・・・ )
高杉が居たという証が欲しいのだ。
思えば夜兎にしては珍しい感情なのだろう。
( 俺の所為か・・・ )
これは仕舞ったと高杉も思っている。常々万斉に良い顔をされないのもこのことを懸念してだった。
けれども今更この餓鬼を突き放すこともできず、不器用に純粋で奇妙な誠実さをみせる神威に情が湧いて仕舞ったのも事実だ。
或いは褥で己を殺すくらいの勢いで手酷く抱いてくる神威の痛みが、高杉に訴えるものがあったのかもしれない。
この夜の証明が、神威には欲しいのだ。
( お前らしくねぇ・・・ )
そう、『夜兎』らしくない。或いは高杉に興味が失せたのなら次の瞬間には証を求めたことなど忘れてくれるのだろうか、そんな薄暗い望みさえ高杉は神威に対して抱いている。
神威を無意識であれそうさせて仕舞った己に苦味を覚えながらも返事を待つ目の前の餓鬼に高杉は言い放った。
「冗談、天下の春雨提督様になる餓鬼だ、俺からやる必要はあるめぇ」
ふう、と高杉は煙を吐き出し、この話は仕舞いだと口を閉ざして仕舞った。



「って云われちゃった・・・残念・・・!」
赤裸々に昨夜のことを語るのは神威である。
「俺ぁ、団長の夜の話なんざ、聴きたくねぇよ・・・」
ぼやいたのは神威の腹心の阿伏兎だ。
その通りである。別に上司の情事なんざ知りたくも無いのだ。その上神威と高杉は男同士である。不毛ったらない。
不毛であるのでいい加減諦めちゃどうだ?と事あるごとに団長に勧めるが一向に阿伏兎の進言を聴く様子が神威には無かった。
惚れた腫れたで阿伏兎からみて嵌っているのはどうみたって神威なのである。懸念するのも無理は無かった。
だからこうして高杉が鼻で哂って神威をあしらってくれるのは阿伏兎にとっては有り難い。
有り難いことなのであるが・・・ところがその二週間後、神威の提督就任式前日に異変は起こった。
「・・・高杉からだ・・・」
短い手紙には高杉も就任式参加の招待があったが、所用で辞するとのこと、その詫びにと神威に用意されたのは提督服用の上着と下に着る衣服一式だ。丁寧な刺繍と布の肌触りは流石高杉と云った誂えである。箱を開けた阿伏兎でさえ驚きの聲をあげた。
夜兎でもわかる一級品である。
「追伸:てめぇのことだから、適当に自分の団長服に階級章でも乗っけるつもりだったんだろう、上に立つ者として大事な時はちゃんとしろ・・・」
とまるで兄だか母だか年長者らしい添え書きがあって神威は驚いたものだ。
「これ俺のか・・・」
「サイズぴったりじゃねぇか・・・」
背丈がそう変わらないから当然と云えばそうだったが、袖を通してみれば神威にぴったりである。
測ったわけでもないので高杉が目利きということだ。ご丁寧に靴まで用意されていた。
戦闘には不向きであるが成程、大事な時に上に立つ者が堂々としているというのは必要な演出なのだろう。
思えば神威の師であった鳳仙もそういったことを気に掛ける男だった。神威には理解し難いことであったが、高杉に云われると成程そういうものかと納得できるから不思議である。
翌日、阿伏兎曰く今までで一番立派だったというお墨付きをもらって晴れて提督に就任した神威であったが、実質名ばかりの提督であり、命令権はある程度あるものの、現状は第七師団団長のままである。ただ阿呆提督の事件を一刻も早く払拭して組織を纏めたい上の考えなのだろう。その茶番に神威は珍しく乗ってやったのだが、高杉から衣服がもらえるのは悪くなかった。
悪くなかったのだ。
そもそも衣装にはこだわらないが衣装持ちである神威であるからして高杉が初めて寄越してくれた食糧や消耗品以外での贈り物に神威は胸を躍らせた。普段はこだわらないくせに高杉に貰った提督服一式だけは大事に部屋に飾る始末だ。
故に、神威も考えた。そして阿伏兎を呼び出して命じたのだ。
「阿伏兎、俺も高杉に何か渡すから探してきてよ」
「何かってなンだよ?」
「何かだよ、何か高そうなの」
自分だけこんな凄いものを貰うのも何だか妙な気分で、だからこそ神威から高杉に何か贈って高杉を驚かせてみたかった。
神威にしては良い思い付きである。そして神威は自分の贈ったものに高杉が喜ぶと信じて疑っていなかった。

そして後日、阿伏兎が用意した高価そうなものを一方的に高杉の鬼兵隊宛てに送りつけては高杉からのリアクションを待っていた神威であったが、一向に返事が来ないので、久しぶりであるし、神威自らが高杉の艦に赴いた。
そして久しぶりに会った高杉にどうだった?喜んでくれた?と神威が口を開く前に珍しく高杉が口を開いたのだ。
「おい、てめぇいい加減にしろ」
「え?何かまずかった?モノはいい筈だけど・・・」
そう、神威が贈ったのは純金製の時計であったり、翡翠でできた置物であったり、何か凄そうな壺であったり、宝石で飾られた衣装箱だったりと多岐に渡る。この水晶で出来た煙管なんて神威はいいんじゃないかと思っているが、どうやら高杉の様子を見るとそうでもないらしかった。
高杉にしてみれば、実際の所、神威に贈った衣装は神威が強請る前に春雨から就任式に招待された時に発注していたものである。どう渡すかと悩んだが、高杉は一計を案じて、就任式に出られない詫びとして神威に贈った。何かを贈るのに言い訳が必要だったので丁度良かったのだ。
それに酷く神威が喜んだときいて満更でも無かったが神威はその返礼として何かと高杉宛てに物を寄越すようになった。
今までのように鬼兵隊と第七師団での物品のやりとりなら良かったが個人宛となると処分にも困る。
要するに神威の贈るものは皆、成金趣味というか、無粋なのだ。
こうなると口にはしないが物には煩い高杉だ。
最近では神威が贈ってくるものを開くという作業すら傍付きの者にやらせている。そして中身を確認した傍付きの者もあまりの成金趣味に、ぎょ、としているのが現状であった。
であるからして、高杉は少しの沈黙のあと云った。
「おい、神威」
「うん」

「次寄越す時は事前に俺に相談するか、でなけりゃ現金で寄越せ」
実に高杉らしからぬ直球、ストレートな切り替えしであった。



「・・・って高杉に云われちゃった」
「だろうよ・・・」
阿伏兎的にはそんな予感はしていた。
あの好みが洗練された高杉のことだ。いい加減に見えてあれは相当の教養がある。元来染み着いたものだ。テロリストなんぞになって地に堕ちても染み着いた生来生まれ持った気位や品というものがあの男にはある。
だからこそ夜兎如きが目利きをしたところで高杉の目に適うものがどれだけあるか、という話なのだ。
「まあ、じゃあ一応俺が贈ったものは貰ってくれるってことだよネ!」
「そういうのポジティブっつうんだぜ、団長・・・」
めげない神威であった。
そして神威は知らない。
こうして無駄だと、無粋だと云いながらも、かの隻眼の男はそれを棄てることは無かったことを。


03:可愛いひと

お題「かわいいひと」

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