不調に気付いたのは朝のことだ。 けれども僅かに怠いだけであったし、高杉自身然程気にも留めなかった。 空調を上げるように云うのも煩わしかったので結局高杉は通常通り、様々な指示を出し作戦を検討するに至る。 昼には少し怠さも和らいだように思ったから高杉自身も気にしてはいなかった。 事態が急変したのは夜のことだ。 散々要請されて止む無く神威の旗艦を訪れたのだが些か具合が悪い。 寒気がどんどん酷くなって身体の節々に痛みが奔るのだ。 これは本格的な風邪である。朝の段階で休んでおけば、とも思うが、それで高杉が納得する筈も無い。 大丈夫だと高を括っていたのは己である。しかも自分の船でなく神威の船でというのはどうにも間が悪かった。 夜兎ばかりのこの船ではどうにもならない。休もうにも休めるかどうか、幼いころから時々こうして具合を悪くしては一度拗れると高熱を出す傾向が高い高杉にとっては手痛い失敗である。 引き返すことも考えたが既に高杉を送った小型艇は離れている。戻したのは高杉自身である。今から連絡を取ってもよかったが何とも体裁が悪い。止む無く高杉は予定通り神威の部屋へ赴いた。 勝手知ったる神威の居室のロックを解除し高杉は部屋の寝台へ倒れ込んだ。 神威がいないのが幸いだ。 先程到着したときに、元老に通信で呼び出されたとあったので未だ暫くかかるだろう。 それに安堵して高杉は眼を閉じる。これ以上は起きれそうにない。寒いのだ。 ( 畜生・・・良くなりゃいいが・・・ ) 神威の前で不調を晒すことは避けたい。避けたいが最早動けそうにない。 後先を考えず高杉は己の不調に飲まれるように身体を縮めた。 * 高杉到着の報告を受けて神威は阿伏兎に向かって手を振った。 阿伏兎はもうどうにでもなれと云わんばかりで「あーあー、好きにしろこの色呆け」と悪態を吐いて神威を送り出す。 それさえも高杉の前には神威にとってはどうでも良いことである。 何せ三週間ぶりの逢瀬だ。散々高杉の鬼兵隊の為に神威が『個人的に』働いた見返りでもある。 逸る気持ちを抑えながら神威は己の自室に居るであろう高杉の元へと訪れた。 「高杉?」 見れば高杉は寝台に臥せっている。 常ならば煙管でも燻らせているが今日は違った。 それを疑問に思いつつも神威は高杉の上に覆い被さるように乗り上げる。 乗り上げても反応が無いので寝ているのだと思ったがこれも珍しい。 「あり?」 それを観察するように、神威は検分した。 ( 寝ててもいいや ) 高杉に飢えているのだ。触れさせて欲しい。あのとびきり気持ち良い快楽を味あわせて欲しい。 その欲求が先行して神威はそのまま高杉に触れた。 「・・・熱い・・・」 ところが手の動きが止まる。 熱いのだ。 ( 何で・・・? ) この熱さは情交の際に達するような熱とも違う。 あれは確かに熱い、汗が互いを伝い、息が上がり、そして快楽に呑まれる。そんな熱だ。 だがこれはどうだろう。 今まで感じたことも無い感覚に神威は少し焦り、それから高杉の頬に手を遣った。 「こっちもだ・・・」 神威が触っていることに気付いたのか高杉はうっすら目を開けた。 「どうしたの?高杉」 神威が問えば「何でもねぇ」とどうにか高杉が答える。 「暑い?空調冷やそうか?」 神威の提案は素気無く却下された。それも高杉が「寒い」と云ったからだ。 熱いのに寒いとはどういうことか。 これが正常な状態で無いことは確かである。 神威は直ぐ様立ち上がり、阿伏兎に連絡した。 『どーしたよ?団長?』 「阿伏兎、地球の医者だ」 『は?』 常に無く焦った様子の神威に阿伏兎は一瞬訝しむ。 何と云ってもいつもより上機嫌で神威は休暇を愉しむ筈で、今も楽しんでいる筈であった。 その神威が地球の医者だと云うのだから答えは一つだ。 奴さんが高杉の腕でももいだか、或いは高杉に何か不測の事態が起こったに違いない。 「早く!」 その言葉に弾かれたように阿伏兎は慌てて検索した。 鬼兵隊に連絡を取っても良かったがまずは医者だ。 一番近いコロニー経由で地球種を診れる医者を捜す。夜兎はこの手のことには疎い。幸いにもそのコロニーの宇宙港の乗客名簿に一人発見できた。コロニーと云っても幸いにも春雨の息がかかった場所だ。入国管理局に春雨の圧力をかけて連絡を取る。 そして部下を迎えに行かせ、それから神威に経過を連絡した。 * 「ただの風邪ですな」 医師の答えに神威は息を吐く。 高杉が寒いと云って震えるので布団を重ねてかけてずっと神威はそわそわし通しだった。 こんな事態は神威にとっても勿論初めてである。そもそも病気というものに罹ったのを母親以外で神威は知らないので当然であったが母親は結局その死病で亡くなった。だからこそ神威はその診察結果を疑わずにはいられない。 「本当に?嘘だったら殺すよ」 「間違いありません」 老齢の医者は夜兎に怯えることなく言い放った。 「少し弱っているので暫くは安静にして、水分の補給を怠らず、胃腸に優しい滋養に良いものを食べれば快癒します」 そう云われては仕方ない。 「水分って水でいいの?食べものって普段地球種が食べるもの?」 相手は夜兎である。少年とも青年ともつかぬ男が必死に問うので医師は止む無く必要なものを書きだし、丁寧に調理法まで示したものを渡した。熱冷ましの薬だけは渡してやる。そして種が違うが故にわからないであろうから、看病の仕方も懇切丁寧に教えてやった。あの夜兎が看病などとは想像もつかないが、彼らの尺度で物を測ると軽い風邪でも死ぬかもしれないという医師なりの危惧である。そしてその危惧は当たっているのでその点において医師は非常に慧眼であった。 コロニーに入ろうとすれば拉致も同然に連れてこられたのだから医師としては不本意であるが、患者がいると云われては仕方あるまい。地球出身の医者は少し溜息を吐いた。診た相手に心当たりがあったからだ。夜兎の子供が「タカスギ」と連呼しているので厭でも気付いたというべきか、様々な種を診れる医者になろうと宇宙へ出たものの、此処で老齢の医師からすると未だ若者と呼べる攘夷戦争に参加した高杉晋助にこのような場所で会うとは思いもしなかった。 けれどもこれを誰にも云うつもりは無い。通報するつもりも無かった。何せ相手は宇宙最強の夜兎の船である。医師が一度裏切り行為を働こうものなら彼等は医師一人殺すことなど訳も無い。それに患者は誰であれ平等に接するべきだ。眼の前に患者がいれば助ける。それが医者である。 テロリストに身を窶した攘夷志士が何故、夜兎の船に居るのかはわからないが、彼等は相応の報酬を医師に渡すだろう。 医師は鞄から薬を取出し、熱が上がるようなら服用するようにと言い含めて部屋を出た。 残された神威は必死である。 とりあえず命に別状はないものの、地球種のなんと脆いことか。 管理を怠っただけでこの様だ。 かくして神威は医師から渡されたものを忠実に再現すべく食堂へ向かった。 神妙な顔で粥を作る師団長の姿は見物であったが目が醒めた高杉は医師を無断で呼んだ挙句物々しい看病をする神威に呆れたのは云う間でも無い。 「もう大丈夫だっつってんだろ」 「いや、まだ熱があるって、この紙に書いてある」 「微熱だから問題ねぇ」 「まだ寝てないと駄目、それまではこの部屋から出さないし鬼兵隊にも帰さない」 なんとしても高杉が快癒した姿をみないと安心しないという神威の姿勢に高杉は結局、折れるのだった。 しかし心に誓う。 こうして甲斐甲斐しく粥を作って寄越す神威に苦々しさを覚えながら。 ( もう二度と不調を感じた時に此処には来るめぇ・・・ ) たかが風邪ごときでこうも大騒ぎされては敵わない。 神威にしてみれば病に罹るという事がとんでもないことらしいが、いちいち体調を崩す度にこれでは堪らない。 これならいっそ鬼兵隊の船で寝ている方が良かっただろう。 否、鬼兵隊にもそんな様を晒すのは御免だ。今度からはさっさと京の馴染みの宿にでも避難するのが良いだろう。 ( 最悪だ・・・ ) おまけに借りを作って仕舞った。神威はそう思っていないだろうが、高杉にとっては苦々しい事態である。 初めての看病に酷く甲斐甲斐しく高杉の世話をする餓鬼に溜息を吐きながら高杉は目の前に差し出された団長手製の粥を掬った。 16:初めての看病 |
お題「ルル三錠」 |
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