※万斉と神威。威高。


高杉の船に居ると厭でも目に付く男がいる。その男を河上万斉と云う。
高杉の腹心であるらしいのだが、どうも神威からすればこの二人の間柄は上手く理解できないものであった。
そもそも腹心というわりに作戦中は別行動が目立つし、その上資金だけの提供というわけでも無い。表の仕事があるとかで地球に頻繁に降りているようだった。故に高杉が地球に降りている時、迎えに来るのは大抵この男だ。付かず離れずの距離を保ちながらもふとした時に万斉の距離は驚くほど高杉と近い。
そもそも便宜上高杉を立てているものの万斉と高杉の二人の立場は比較的同等に思える。実際はどうかわからないが、神威には時々そう思えることがあった。一度高杉にそのことについて神威が問うてみたことがあったが、「お前と阿伏兎みたいなもンだろ」と返されて仕舞っては言葉は無い。けれども神威と阿伏兎とは違う確かな何かをこの二人には感じることもあるのが事実だ。
一概に主従であるとは思わせない、そんな関係が神威にとっては不思議であり、また時折酷く苛つく原因でもある。
( だいたい高杉が悪い・・・ )
と神威は思っている。そうに違いない。
そもそも高杉の貞操概念が薄いという話なのだ。
紙のようにぺらぺらであるらしい男の貞操概念はその手のことに鈍い神威ですらそういった疑念を抱かせる。
或いは神威にそうした疑念を抱かせるということが目的ならば既に目的は達成されているだろう。
つまり、高杉は神威からすると目が離せないのである。
主に貞操概念的な意味で。
神威と関係を持った以上、それが高杉にとってどういうつもりであるにせよ、既に神威の中で高杉という存在は切っても切れない。
日ごとに大きくなる存在になりつつある。その主たる目的は神威にとって『高杉を知る』ことである。
この男が何を考えているのか、どんな強さがこの男にはあるのか、己を引き寄せる何かを持つ男。だからこそ神威は初めて純粋に戦うということ以外での興味を高杉晋助という地球種に覚えた。
その僅かな変化が今神威をこうして突き動かしているのだ。
( 来島とかいう女・・・は多分無い、あれは絶対ヤってない )
そもそも相手が女なら無問題である。種の問題は夜兎にとっても耳が痛い話であるし、高杉の子が居るのなら見て見たいというのが神威の本音である。問題は男なのだ。
たらたらと慣れた廊下を歩きながら神威は考える。既に神威の来艦に皆慣れたもので最初こそ仕事の手を止めて警戒したものだが今では誰も神威のことなど気にせず己の仕事に従事している。勿論神威に対する警戒は怠ってはいないが、高杉が神威を好きにさせているので皆それに倣っていた。
その中を神威はブーツを鳴らしながら歩く。
( じゃあ、あの武市とかいう男は・・・あれは・・・わかんないな・・・高杉ならヤっててもおかしくない・・・ )
( そもそも一番アヤシイのは万斉とかいう奴だ・・・ )
そう其処である。
神威とて高杉の過去を責めているわけでは無い。
寧ろ現在進行形で高杉がどこぞの誰かと寝ていても神威は然程気にはしない。思うところが全くないと云えば嘘になるが、想像力の乏しい神威はそれとわかる何かを見付けない限りは不快ではあるが、高杉の奔放さも神威が尊重している点の一つであるので己の範疇の外であるのなら好きにすればいいと思う。
けれども神威の眼の前でそれをされたら相手を殺す。それだけだ。
だが不意に思ったのだ。
この高杉の鬼兵隊の中に何人高杉の身体を知っている奴がいるか、と。
一度それに気付けばもやもやする。
もやもやするので神威は高杉に直接問うことにした。
通常の男はそういったことを口にはしないが神威は口にする。夜兎の考え方は直線的で且つ非常にシンプルだ。思ったことや疑問を直ぐ口にするので高杉に叱られることもあったが、わからないことは本人に訊くのが一番である。

「というわけでさ、寝たの?」
突然ドアを開けるなりそんな言葉を振られたので高杉は傍付きの者に指示を出し、下がらせゆっくりと煙管を燻らせてから灰を灰入れに落とした。
「藪から棒に何の話でぇ」
最もである。最もな話なので高杉は面倒だと思いつつも目の前の夜兎の餓鬼の質問の意図を探った。
「だからさ、この船の奴で俺以外と寝たことある?」
成程、そういうことか、と高杉は納得した。
質問した本人はわかっていないようだったが要するに拙い嫉妬まじりの独占欲の現れである。
高杉からすれば夜兎と云うのはこの上無く本能と破壊衝動が強い代わりに些か認識能力に欠けると思うことがある。
良く云えば無頓着、悪く云えば鈍い。他人の内面の機微に疎いからこそ逆に夜兎は相手が裏切っても然程気にしないのだ。嘘を吐いたり何かの工作をすることもあまり理解しない。夜兎は裏切られても平気だ。相手を非難することは稀であろう。そういった意味で非常に物事をシンプルに且つドライに捉えている種族だ。夜兎は嘘を吐かれようが、何かの罠を画策されようがその圧倒的な力で相手を捻じ伏せればいいだけのこと、捻じ伏せられなければ終わる。それだけだ。その単純さを高杉は嫌いではない。
神威はその中でも比較的物事の理解は敏い方ではあるが、それも獣の性故の警戒能力だと高杉は評している。
「どう思う?」
敢えて神威の望む答えはやらずに高杉はにやりと哂って神威を見遣った。
それに気を良くした神威は高杉に身体を寄せてくる。
この仕草だけならばまるで猫のようなそれ、それが可愛くないといえば些か嘘になるので口にはしないが高杉は内心愉快な気分になった。
神威が口付けをせがんでくるので高杉は応じてやる。
そんな高杉に内心気を良くしつつも、やきもきするのは神威だ。
顔を近付けて口付けをしてそれだけでは足りず、高杉を押し倒して密着して口付けを貪る。
息をもつかぬそれが神威は好きだ。
まるで世界に二人だけのようでこの男が己の手の内にある間は安堵できる。
神威ですら気付かない酷く子供染みた独占欲であったが神威にそうした感情を抱かせたのは高杉その人である。
時々神威を揶揄するように感じることもあるから高杉は確信犯なのだ。
「それで、結局寝たの?」
「てめぇはそれを訊いて満足するのか?」
そう云われると困る。再び高杉の唇を啄みながらも神威は折れた。
はぐらかすのは高杉のお得意だ。
何かにつけて都合の悪いことは曖昧にして相手に想像させるに留める。
核心的なことは口にしないのだ。

「ほんと、ずるいよね、あんた」
ずるい、狡いのは高杉の専売特許だ。
神威は些か不満に思いながらも高杉の身体を開く為に上に圧し掛かる。
「じゃあ、こっちに訊こうかな」
肌を直接撫ぞりながら神威が云えば高杉は愉しそうに口端を歪めた。
「好きにしろ」
いつもそうだ。いつもそうしてはぐらかされるが確かに訊いたところで高杉は答えまい。
ならばいいかと神威は高杉の肌の感触を楽しみながら快楽に興じることにした。



部屋を出れば万斉だ。
その男に目線を遣りながら神威は先ほどの質問を投げてみることにした。
高杉は暗に無粋だと神威には答えなかったが万斉に訊くなとも云われていない。
「あんたは高杉と寝たの?」
神威の問いに万斉は答えない。
「今まではいいけどさ、殺すよ」
その言葉を受け取り万斉は肩を竦め高杉に何事かを報告する為に高杉の部屋へと入った。

「というようなことを云われたでござるが、」
晋助、と咎めるような口調の万斉に高杉は「ひひひ」と聲をあげて笑った。
全く夜兎というのは愉快である。
はぐらかしたのにこれだ。それに莫迦である。
「あんな餓鬼に付き合ってたら他でどうこうする暇はねぇっての」
カラダが壊れちまう、と云いながら高杉は酒の杯を煽った。
呆れたように酒を注ぐ万斉に向かって高杉は酷く機嫌が良さそうに肩を震わせる。
万斉にしてみればとんだとばっちりである。
いっそ正直に、今はお前で手一杯だ、とでも云ってやればいい。
どうせ行き来できる距離に居る間は神威の方が高杉を離さないではないか。
だからこそ面倒だが万斉がこうして時間を調整したり予定を前倒しにしたりとあくせくしているのだ。
この二人に振り回される方は堪ったものでは無い。
悪戯に若い夜兎の拙い嫉妬を弄んで、晋助は性格が悪い、という言葉が口から突きそうになるが万斉は堪えた。
この男にそんなことを云えば、悪巫山戯が過ぎて敢えて神威の前で万斉を誘うやもしれぬ。
( 全く面倒な男でござる・・・ )
高杉のしていることは気に入りの玩具で遊ぶそれである。
そして今回その玩具の方が手に負えないほど凶悪なのだから性質が悪い。
一言神威に云えば済む話だ。高杉が神威に対してどう思っているかなど万斉は知りたくも無いが、少なくとも今万斉に云ったことを神威にそのまま云ってやれば神威の幼い悋気など直ぐに散らせるであろうに、高杉は神威には云わない。
云わないのだ。この男は。
万斉は高杉のそういった気質も愛していたが巻き込まれるのは御免である。
( 或いは、考えたくないが・・・云わないのでなく )
( 云えぬのかもしれぬ・・・ )
それが何を意味するのか、考えただけで万斉は厭な予感がする。
予感がするが、結局万斉は何も云わずに、その性質の悪い男に今後の予定を承諾させることに専念した。


15:云わない、云えない。

お題「疑い」

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