宿でのことだ。
然程世間スレもしていない地方から出てきたらしい純朴そうな男がいたので高杉は待ち合わせの時間潰しにと聲をかけた。
どうせ自分も部屋で銚子を空けていただけなので暇潰しには持って来いだと思ったのだ。
少し酔っていたのもあるが、一向に待ち人が来ないのでただ沈黙に待つというのも飽いたし、このまま放って帰るというのも考えたが万斉に連絡するのも面倒臭い。銚子を四、五本と空けた所謂酔っ払いの浮かれた心理ではあったのだが、試しに部屋で飲まないかと誘ってみたら男は高杉を見るや否や顔を真っ赤にするので返って高杉に妙な悪戯心が湧いて仕舞った。
「何でぇ?手前は男もイケる口か?」
そのようなことは!と必死に弁明するが、成程随分な朴念仁らしく、顔を真っ赤にしている様がいっそのこと滑稽である。
・・・朴念仁と云えば一人高杉にも心当たりがある。否、数名かもしれないが、とにかく今高杉が待っている男もその一人である。白い肌の異種族の餓鬼、奴の鈍さにも大概高杉は辟易していたがこのところの高杉の我慢強さが功を成したのか最近になって漸くまともな口を聞けるようになったと思っている。
そんな朴念仁のことはさて置き今は目の前の朴念仁だ。
どう弄ってやろうかと高杉が屈んで見せれば一層男の方は委縮して仕舞い、何を勘違いしたのか襲われることを期待しているのか、とにかくそんな様子なので、取って喰いはしないがそのフリくらいはしたくなった。
「まあ、そう委縮しなさんな、酒でも飲もうや」
銚子を杯に傾けてやれば男は必死にそれを受け取り下戸らしいのに飲む様に笑って仕舞う。
これはもう完全に高杉の暇潰しの玩具では無いか。
これ以上なく楽しい気分になって高杉はどんどん相手に酒を注ぎながら男の郷里について尋ね出した。
「へえ、それで義理の兄夫婦が金に困ってるってぇ?今から金を届けに行くと」
ええ、まあ、とドモる男に酒を返杯しながらも高杉はその裏を探る。
話を聴く限りではとんでもない義兄夫婦である。そもそも義兄の嫁であった男の妹は既に亡くなって後添えを貰っているというのにもかかわらず義弟にたかるという神経からして放蕩しているに違いなかった。
大工をしているという男の用意した金は多くは無いが男が調達できる手一杯なのだろう。銀行に振り込ませずに持って来させるところを見ると既に色んな金貸しに手を出して口座を動かせないに違いない。攘夷を語っているらしいが、ただのならず者である。
だんだん愉快になってきて高杉は奥にある布団が敷かれた部屋の襖を開けた。
それだけで仰天しそうなほど男ががちがちに身体をこわばらせるのも面白い。
さて此処まで遊んだのだからもう解放してやるかと思ったところで事態が変わった。
「・・・っ」
その朴念仁の男に押し倒されたのだ。
高杉は敷布の上に押し倒され男に乗り上げられた状態である。
「なんでぇ、ただの意気地無しってわけじゃぁねぇようだな」
そんな度胸があるとは思っていなかっただけに高杉は笑って仕舞う。
己の貞操の危機よりも男の勇気を賞賛してやりたい気分だ。
そのままこの朴念仁と雪崩れ込むことも一瞬考えたが、そういえばそろそろもう一人の朴念仁が来るな、と思ったところで背後から聲がかかった。

「他人の男に手ぇ出そうなんてどういう腹積もりだろうね、とりあえずあんた死ぬよ」

神威である。不機嫌を隠そうともせずに露わにするもう一人の朴念仁に高杉は哂って仕舞った。
この朴念仁の方は高杉の上に乗りあげた男と違って夜兎という凶悪な種族の出だ。
その神威が銃傘の引き金を引いているところを見ると本気である。
高杉は身を起こしそれから煙草盆を引き寄せ煙管を吸った。
男と云えば、ひいい、と情けない聲をあげて壁に張り付く始末だ。
「まあまあ、悪かったな」
高杉は男の肩をぽんと叩いてから神威を目線で促し「未遂だろ」と機嫌を取るように云えば漸く神威も銃を持つ手を下げる。
別に衣服が激しく乱れていたわけでも無いのだから酒の席の事故だ、と云えば不承不承と云った感じで引き下がった。
そして部屋を出る前に男の懐から先程の金の入った財布から男が郷里に帰れる分までを残して取り出した。
「また、次がありゃこいつのいない時にな、この金は俺が届けてやらぁ」
悪かったな、と部屋を出る様は完全に高杉がヤクザである。確かにヤクザまがいのものではあったが、どうせ攘夷だのなんだの謳っても放蕩するだけの金なら本物の攘夷に使ってやった方がマシだろう。それにあの男もこれで目が醒める。
真っ当な仕事に戻って、義兄夫婦なんざとは手を切った方がいいのだ。
そんな高杉の後ろを歩きながら、神威が溜息を漏らした。
「で、結局男と遊んで飲んで?巫山戯てたところに俺が来てさー、金取るなんてただの美人局じゃん」
しれっと神威が云うので確かにそうだったと高杉も思う。
「美人局なんて言葉知っていたとはな」
「そのぐらい知ってるさ、春雨でも小者がよく使ってる手だ」
それを聴いて高杉がひひひ、と聲をあげた。
確かに神威の云う通りこれでは完全に美人局なのだが、まあそれも悪くない。
宿を出て川辺を歩きながら程よい酔いが身体に渡って夜風が心地良い。

「高杉は酷いなぁ、俺が居るのに火遊びなんて」
「ばぁか、てめぇが火遊びなんだよ」
それに待たせるからだと高杉が云えば、神威は仕方無いと笑みを浮かべ「それなら」と言葉を足した。

「それなら、火遊びらしく酷いことしようかな」
「酷いことなんざてめぇにできるかい」
高杉が鼻を鳴らせば背後から神威の手が伸びて掴まれる。
「するかも、あんたをこのまま閉じ込めて犯して、謝っても逃がしてなんかあげない」
耳元で囁くそれが可笑しくて高杉は喉を震わせる。
「やってみろよ、クソ餓鬼、んで最後に俺に金を取られちまえ」
「ひっどい美人局だなぁ」
そうぼやく餓鬼の髪を引っ掴んで引き寄せる。
口付けを交わして舌を絡め誘ってみれば、ノってきたのか餓鬼の方から柳に身体を押し付けられた。
「此処でスんのかよ?」
「さァね、高杉がもっと可愛ければしてあげる」
股に足を突っ込んで、動けなくして鼻先が吐息が絡むほどに近付いて、どちらが先に陥落するかの一勝負だ。
「上等だ、クソ餓鬼、泣かせてやる」
高杉の挑発に神威は笑みを浮かべ、そして高杉の尻を掴み、その肌に噛みつくように舌を這わせる。
此処でスるのかシないのか、果たしてどちらが音を上げるのが先か。
( 火遊びなものか )
と神威は想う。
この性質の悪い男は酔っているらしい、酷く上機嫌に神威を誘う様は堪らなく煽られるが、それでもと神威は想う。

「火遊びかどうか、その身体に思い知らせてあげるよ」

その言葉に火が点いたように高杉が哂い、どちらともなく溺れるように口付けた。


12:火遊び

お題「ラブラブ」

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