神威と寝るのは最初こそ骨が折れたが慣れてくると他の感覚が高杉を刺激した。
それが何なのか深くは詮索しない、チリチリと胸を焦がすような何かが其処には横たわっていたが高杉はそれを見て見ぬふりを決め込んでいる。そうして何度も逢瀬を繰り返すうちに身体の方が神威に馴染んで仕舞った。
思えば高杉の身体を折ることなど簡単に成して仕舞うであろう宇宙最強の種族である神威が高杉に慎重に触れる様があまりにも不安定で、或いは健気だったのか物珍しさだったのか、そうした興味からこの関係をずるずると続けて未だ清算できずにいる。
高杉の腹心である万斉は勿論あまりいい顔はしないし、神威の腹心である阿伏兎とてそうだ。互いの利害関係で力を貸し合うのは良くてもその頭目同士が褥でどうこうなっていることなど考えれば高杉がその立場なら頭が痛いに違いなかった。
けれども未だ清算はしない。
もう少し、もう少し、とずるずる関係を引き摺るのは神威の所為だ。
来なければ高杉から出向かうことなど一切無いものを、神威は足蹴く高杉の元へ地球だろうが、宇宙だろうが通い、そして時折今のように己の艦に引き込んで、それが無ければとっくに神威と高杉は一夜を過ごしただけで終わっていただろうに、クソ餓鬼の方が高杉の元から離れない。故にこの関係は続いているとも云えた。
それが力尽くで奪うだとか、或いは高杉に意に沿わぬとか少しでも妙な真似をしたら直ぐ様、互いに殺し合いに成りかねないというのに、神威はその欲を孕みながらも未だに実行には移さなかった。明け透けに見える願望がある癖に神威は高杉に触れる時、酷く慎重に触れる。獣のような神威のそれ。全てを直ぐに壊せるからこそ壊すまいという警戒。簡単には馴れない獣の本性。その様に気高ささえ感じるが故に神威の獣の性から高杉は目が離せないのかもしれない。
( その癖、手管が全くねぇときたもんだ・・・ )
ゆるりと高杉は神威の寝台に寝そべりながら神威が用意した煙草盆から煙管に火を入れ煙を吸い上げる。
ふう、と吐き出せばゆっくりと煙が天井に向かって伸びていった。
神威はと云えば早々にシャワーを浴びに添え付けの浴室へ行ったらしい。
高杉が来るまで浴室がなかったというのだから驚きである。初めて神威の艦を訪れた時に事後に水しか出ない艦内のシャワー室に入れられて其処から一度も艦に赴かなくなったことから、神威の方から小さくはあるが船の自室に浴室を用意したのだ。職人をわざわざ地球から呼んだらしく小さいながらも檜の湯船に浸かれるというのは有り難い。そういった神威らしからぬ細かい努力があって、こうして互いの関係は続いているとも云えた。最も高杉とて妥協に妥協して、だ。あの夜兎の餓鬼が此処まですることがどれほどのことか少なからず理解しているからこそ情のようなものも湧いてしまっているのかもしれない。

「風呂入る?」
不意に聲があがったので高杉は目線を移動する。
神威だ。
高杉が起きたことに気付いたのだろう。煙管を燻らせていたのだから当然である。
「入れようか?」
湯を溜めるかどうか神威が問うてくるので頷いた。
どうせまだあと数日は神威の船である。数万光年先のステーションで鬼兵隊の船と落ち合う手筈になっていた。
神威が湯の操作をして、それから程無くして通信が入る。
神威の腹心の阿伏兎だ。
既に高杉の存在には慣れたのか寝台の上に寝そべる高杉を一瞥してから緊急の任務が入ったことを知らせた。
「何処で?」
「短次転移(ショートカット)を使って三十分で指定座標に到達だ。春雨の機密レベル5のデータベースに入ったんだとよ、流出する前に殺せと元老から緊急の達しだ」
「ふうん」
場所の座標を確認しながらも神威を見れば下半身にかろうじて下衣を纏っているものの上半身は裸である。
よくよく見れば神威の肉体は酷く均整の取れた芸術的な身体だ。
傷一つ無い白い肌に絹の髪、程よく引き締まった筋肉は高杉程度なら重さも感じないほどに強靭な肉体。
そして成長途中の雄々しい若さがある。身体中何処をとっても瑞々しい神威のそれは時に高杉からすると眩しくさえ見える。
云うなれば色欲とは無縁の神々しささえ感じる肉体。
その神威に褥での手管を最低限仕込んだのは高杉自身なのである。
己が身の為とはいえ、誰かに寝技の手管を仕込むなどと思いもせずそれを考えただけで苦味が胸の内だけでなく口内にまで去来するような思いで、はあ、と高杉は息を吐いた。これを無様と取るかどうか未だに胸中ではどちらなのか判断に尽きかねる。
そもそも高杉と寝るような相手はどう見積もっても同年代かそれより年上が多い。金銭や渡りの都合で様々な相手と寝ることも高杉にはあった。それを汚れているとも今更思わない。必要ならば寝る。テロリストに身を窶してから反吐が出るほどこの身に馴染んだ行為だ。高杉にとって寝ることとは手段である。相手が女だろうと男だろうと、年増の女だろうが皺がれた爺であろうが、或いは馴染みの遊女であろうとも、いずれも皆それらは手段であった。
( だからこいつとも手段だ )
力を利用する為の。
その為に必要な行為だ。少なくとも其処から始まった。
では、今は?
( 何の為に・・・ )
何の為だというのか、肉欲を追って手管も何も無かったクソ餓鬼に抱き方のいろはを教えて?
何度も何度も媾って?
既にその度合いを越してはいまいか。或いは溺れているのはどちらなのか。
( 莫迦な・・・ )
莫迦なことを、あってはならないことだ。
これは手段であって高杉にとって必要なだけだ。
それだけ。
クソ餓鬼を見れば用意すると頷き放り投げられた衣服を拾い身に纏い始める。
阿伏兎に指示を出して全艦に転移命令を出してから神威は高杉を振り返った。
「御免、高杉、ちょっと用事が出来たけど二時間くらいで戻るよ」
そう云って慌ただしく衣服を正す神威に湧き上がる衝動がある。

( 駄目だ )
やめろ、と思うのに悪戯心の方が勝る。
神威の意識が己に向いていないからこそ気を惹きたくなる。
俺を見ろと、普段はそんなこと思いもしない癖に、己も随分ヤキが回ったとさえ思うが、それも一時のこと。
戯れと想えばいい。
( 本気じゃねぇさ )
本気なものか。こんな子供に莫迦らしい。
本気じゃない。こんなことは少しも本気では無い。
ただその肉体に触れたくなっただけ。
若いってぇのは悪くない。莫迦みたいに体力だけはあって、本気になられると心底面倒だったがつまみ食いには堪らない。
( 溺れろ )
( 溺れちまえ )
無茶苦茶にして、欲しがって、ただあの快楽に堕として欲しい。
「来いよ、神威」
驚いた神威の青い眼が見開かれる。
その神威に機嫌を良くして高杉はその一つしかない目を満足げに細めた。

( そうだ、てめぇはそうして俺に振り回されてろ )

湯はとっくに溢れてる。
神威は呼ばれてる。
それもどうでもいいかと高杉は神威に向かって唇を寄せた。


10:誘う

お題「若い肉体に嵌る」

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