苦境である。しくじったな、と高杉は不機嫌を隠そうともせず眉を顰め舌を打つ。
高杉は珍しく苦境に陥っていた。
賭博場だ。春雨の仕切る違法な賭博場は各星系のあらゆる賭博が行われている。
勿論人の生死から人身売買まで含まれるような場所だ。
如何様をしているのはわかっていたがそれにノったのも高杉である。
高杉の着いた卓にはサクラと思しき者とディーラー、それから己を含めたカモが数名。
この手の如何様に勝つ方法を高杉は知っていたし、大きく稼がなければそれなりに遊べる代物だ。
高を括っていたのも悪かった。
そろそろ引き揚げ時かと席を立とうとしたところで仕込まれた。
離席を阻まれ高杉は相手を睨みつける。
「俺ぁ、そろそろ帰りてぇんだが」
煙管を吹かしながら云えば「もう一勝負しましょう」と云われる。態度こそ穏便ではあるが有無を言わせない強さで云われ得心した。成程奴等は此処で高杉が頷かなければ帰すつもりが無いのだ。
それほど稼いだとも思わなかったがどうやらディーラーに課せられた許容分以上の金額を既に前の勝負で高杉は稼いで仕舞っていたらしい。それにしたって相場で考えれば随分ケチくさい金額でどやされるものだ。
斬っても良かったが面倒は御免だ。それに面倒になったらなったで揉み消しが面倒臭い。
次の勝負はカモられるのは確定している。高杉がどう賭けても敗ける勝負をやらされるのだ。
莫迦らしくなってその前に通信を入れさせろと高杉が云った。
五分という時間を与えられ高杉は滅多に使わない通信を万斉に送るが通じない。小型艇に待機している傍付きの者を呼んでも良かったが今更自分と傍付きの者二人でどうこう対処できる問題では無い。何度かコールさせてそういえば万斉は今週はお通だかなんだかのアイドルのツアーで忙しいと云っていたかと思い出した。こうなると武市だが、武市に連絡しても結局隊の金を使うだけであるし春雨の上に掛け合うにしても時間がかかる。万斉に連絡が付けば二つ返事でいくらかのポケットマネーを直ぐ様送金するのだろうが、身から出た錆であるので後のことを考えると高杉は僅かに顔を顰めた。
酒の入ったグラスを寄越してくるウェイターは暗にさっさと勝負をしろと急かしてくるしで既に全員斬って此処を出ようかと思ったところで、そういえば・・・と奴の連絡先が目に入る。
「おい、今何処だ?・・・近ぇな、今直ぐ来い、場所は転送する」

そして勝負は敗けた。高杉の勝った分の倍の額をきっちり敗けこまされた。
如何様なのだから当然なのである。高杉が敗けるように仕組まれている勝負だ。わかっていたことだが高杉は舌打ちする。
随分と莫迦らしいことをしているものだと哂いたくもなる。
「悪ぃが持ち合わせがねぇ」
払う気もねぇが、と高杉が一言云えば見るからにヤクザ者とわかるような者が高杉を囲む。
斬り合いならそれなりに楽しめるかと腹を決めたところで聲がかかった。
「そこまで」
神威だ。第七師団の数名を率いた団長自らが迷うことなく高杉の所まで来る。
夜兎だ。誰が見てもわかる特有のそれ。
白磁の肌に厚いマント、そして傘を持つ集団。第七師団だ。
夜兎が通る場所は間違いなく草の根一本生えない場所になるという、印象が先行しているのか辺りが緊張に戦慄して、支配人が慌てて神威の前に出てくる。
「ったく、タイミングがいいのか悪ぃのか・・・」
「あり?何人か殺ってからの方が良かった?」
なら今から殺る?と嬉々として訊いてくる餓鬼に高杉は舌打ちする。
呼んだのは己なのだから仕方の無いことであったが、にこにこと哂う餓鬼に毒気を抜かれて結局、高杉は殺気を引いた。
そんな遣り取りをする二人の前に慌てた様子で聲を上げたのは支配人だ。
「第七師団団長殿が何故こちらに・・・」
先程の高杉に対しての高圧的な態度とは大違いである。媚びへつらうように神威の前に立つ男を神威は僅かに一瞥した。
「そりゃ呼ばれたからでショ」
「呼ばれた?」
支配人が其処で漸く高杉を見た。春雨第七師団団長の繋ぎがあるなどと想定していなかったらしく内心は酷く焦っていることだろう。
高杉が煙管を取り出すと即座に師団の連中が火を灯す。誰が云ったわけでも無いが、神威の部下である連中の何人かを時々鬼兵隊で借りることもあったので鬼兵隊で学習したのか、神威が命令を下さずともいつの間にか高杉が煙管を持つと誰かが火を灯すようになっていた。これも常のことではあったが、こういった場所で使うとそれがどれ程効果的なのか高杉は心得た上で煙管に煙を燻らせる。
「で?いくらなの?高杉の敗けた分」
「い、いえ、御代は結構で・・・」
金など貰えない。命があれば万々歳だ。何せ相手は春雨の雷槍、第七師団団長である。その上この賭博場は如何様だとはっきりわかっているものだ。それとわかっていて性質の悪い遊びに興じたのは高杉であるが、神威は不遜に言い放った。
「払うさ、如何様だろうが何だろうが、俺が高杉に来いと云われたんだ、払わなきゃ俺の面目が立たない」
「斬っても構わねェんだがな」
高杉がさらりと云えば支配人が凍りついた。
神威は背後に居た阿伏兎に指示して鞄を放り投げる。
どさっと投げられた鞄からは札束だ。明らかに高杉が敗けた分の倍はある。
「それでいいでショ、じゃ、精々如何様頑張って」
促されるままに高杉も神威と共に退室する。
後ろで口々に第七師団、鬼兵隊などという単語が飛び交っているが気にはしない。
廊下を師団に囲まれて歩きながら高杉は煙管の煙を吐き出した。

そしてドッグの入口で神威は止まる。
「で、高杉、俺の船に来るよネ」
矢張りそう来たか。
神威を呼んだ時点でその覚悟は出来ていたが借りを作るのも癪だ。
神威の第七師団団長という肩書を使うだけならば大きな借りでも無かったが神威は『支払い』をしたのだ。
そう敢えて高杉に金銭的な借りを作らせる為にだ。
その打算が見えるからこそ高杉は眉を顰めた。
想定内の展開ではあるが素直に頷くには癪ではある。
( 餓鬼の癖に知恵つけやがって・・・ )
そう、問題は神威が金を払ったことだ。
有耶無耶にするだけでよかったものを、神威が無理矢理支払いをしたことで高杉の立場が若干常より弱い。
のらりくらりと交わすことも出来たがわざわざ己の為に飛んできた餓鬼を想うと苦々しくもなる。
何度も云うが呼んだのは高杉なので文句は云えないのである。
「あんたの旗艦まで送り届けるのに三日はかかるんだけど、いいよネ」
莫迦を云え、一日の距離である。小型艇でも自動航行で一日もあれば着く距離に旗艦を置いているというのに神威の要求は三日である。高杉はやや渋面しながらも目の前のクソガキを見た。
三日だ。三日神威の褥に付き合えと云われている。
神威が支払った額は地球円にして三千万。
一日一千万の計算である。
「答えはどっち?はい?YES?」
「どっちも同じだろうが・・・」
呆れて高杉が返せば神威は笑みを浮かべそれから言葉を足した。
「じゃあ、了承、許可?喜んでってのもあるけど・・・」
意地でも高杉に承諾させたいらしい。
にこにこと笑みを浮かべるクソガキに根負けして結局、高杉は大きく溜息を零しながら答えた。

「喜んで」
「決まりだ」

ドヤ顔をする神威の後に続きながら、高杉は小型艇に待機する部下に先に旗艦に戻るよう指示と第七師団の船に乗る旨を伝え、それからカラカラと下駄を鳴らしながら前を歩く師団に続いた。


07:YES or YES!

お題「YES!」

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