とん、と降り立つ感覚に神威は一瞬ふらっとバランスを崩しそうになる。
けれどもたたらを踏むことなく神威は歩み出した。
久しぶりの地球だ。重力特有の重みは神威が育った星を彷彿とさせ、その重みが地面に立ったのだと神威に知らしめた。
人工的に作った艦内や衛星上に在るコロニーと違って本物の重力は矢張り違った感じがする。
その重力を感じながら神威は真っ直ぐに目的地へと足を向けた。
向かった先は勿論、この頃神威を夢中にさせている相手の場所だ。
阿伏兎に事前に連絡を入れさせておいたので訪れても問題ないだろう。
来るな、とは云われなかった。
江戸という首都に降り立つよりも実際の所、神威は京に降りることの方が多い。
京は高杉の潜伏先が多いからだ。攘夷だのなんだの高杉が抱える事情を神威が理解することは難しいが、高杉が居れば神威にとって何の不満も無いのだから無問題である。
「邪魔するよ」
いつものように京の宿に入れば女中が頭を下げる。高杉の潜伏先のひとつだ。周りが騒がしくない時は大抵高杉はこの宿の離れを使った。これも慣れたもので案内をしようとする女中を神威はやんわり手で制し見知った廊下を迷うことなく歩き、離れにある目的の部屋まで難無く神威は辿り着く、複雑に入り組んだ廊下も慣れればどうということは無い。
そして、襖を開ければ窓を開け放し酒を煽る男が一人。

「久しぶり」
その言葉に高杉は応えず、神威に目線を遣ったまま、無言で杯を差し出した。
これはもう癖のようなもので神威に習慣として染み着いている。高杉との逢瀬の数だけ遣った遣り取りだ。
神威は高杉の前に座り、作法に倣って高杉の杯に酒を注いだ。
高杉も無言で神威の注いだ酒を受け取り一息に呷る。どかりと神威の前に座る高杉は神威に空になった杯を神威に渡し、其処に酒を注いだ。今度は神威が注れた酒を一気に飲み干す。
これは合図のようなものだ。
神威と高杉との間にある無言の合図。
これが済んで高杉の機嫌が良いと大抵そのまま褥になだれ込む。
地球の良いところは飲み食いをした後すぐ隣の部屋に既に布団が敷かれているところだ。これは実に効率的で無駄がなくて良い。
神威は口端に零れた酒を舌で掬いながら高杉を押し倒した。
勿論スル為だ。高杉の機嫌からも駄目だとは云われないだろう。
ごく稀に駄目だと云われることがあったり邪魔が入ることもあったが、今日は大丈夫だ。
大丈夫に違いない。大丈夫じゃなければ殺す。そのくらいの気概で神威は高杉を押し倒した。
現に高杉は畳に押し倒されても愉快気に喉を鳴らすだけで神威の不埒を止めようとはしない。
それに気を良くして神威が高杉に口付ける。それに応えるように高杉が神威のものと舌を絡めた。
( 気持いい )
ぞくりとする。
そうこれだ。神威が夢中になっているもの。
高杉とのこうした行為は神威に覚えの無い感覚をもたらした。
無論神威とてそういった行為を全く知らないわけでは無い、無いが、高杉との行為は別だ。
この男は神威を惹きつけて止まない。殺し以外でこれほど惹かれたのも神威にとっては初めてのことだ。
互いの舌と舌をくっつけて絡め合い舐める。その唾液を呑みこむような口付けが神威の気に入りだ。
他の人間とこれをするなど想像もつかないが高杉とのこれは気持ち良い。
舌を合わせ、唾液を絡ませ、ゆっくりと普段は触れないような内側の肉に触れることがこんなに気持ち良いなんて今まで知らなかった。ただ熱を合わせている・・・それだけなのに神威はそれに堪らなく煽られる。
息が熱くなり、全身で高杉を欲する。その欲望のままに神威が高杉の身体を弄れば高杉は喉を反らした。
けれども性急に事を進めようとする神威の手の不埒を咎めることも無く高杉は下穿きに手を伸ばした神威に目を細め哂う。
そして高杉の方から口付けを一際深くし、たっぷりと歯列の裏までなぞって、散々神威を煽ってから唇を離した。
「悪ぃが、今日は時間がねェ」
「・・・嘘・・・」
高杉のものに指を絡めていた己の手を止め神威が顔を上げる。
神威の顔には『マジで?』とあるので高杉は非情にも現実を告げた。
「あと一時間もしねぇうちに移動だ」
タレコミがあったんでな、面倒が起らねぇうちに。と言葉を足す高杉に神威は絶望的な気分になる。
こちとら二週間もお預けを食らって今日こそはと思ったのだから当然である。そんなのあんまりだ。
それなら最初から無理と云われた方がまだマシである。こんな中途半端に煽られた状態で云われてはあんまりというものだ。
いっそ無理に犯すということも神威の頭の中に一瞬過るが後のことを考えると矢張り今それを行うのは望ましくは無い。
己とは違った奔放さを持つ高杉の性質をひっくるめて神威は高杉を好いているつもりだ。
この男の遣りたいことを捻じ曲げるのはまだ先でいい。
そのうちそういったこともやってみたいが、今では無いのは確かだ。
けれどもあんまりである。高杉の上に跨ったまま止まる神威を尻目に高杉は煙管に火を入れそしてゆっくりと吹かした。
「酷い、」
恨み言のように神威が告げれば、高杉は眼を閉じ「まあ俺もやぶさかじゃねぇ」と告げる。高杉の言い回しは時折神威には解り辛い。もう少し噛み砕いてくれと神威が目で告げれば、ぽんぽん、と高杉は神威の背を叩き、それから「挿れねぇならいい」とだけ云った。
成程、つまり挿入は駄目だが、馴れ合うのは良いということである。
「酷いなぁ、高杉は。俺を散々煽っておいてこれだもの」
「悪ぃな、急だった、手前が来る直前に連絡が届いたんでな」
ならば高杉もそのつもりで、今日は朝まで付き合ってくれる心積もりであったのだろうか?と問いたくなるがそれを訊くのは野暮というものだ。それに下手な問い方をすれば高杉は直ぐに臍を曲げて仕舞うので無駄なことは口にしない方がいい。
そもそも時間が無いと云っているのだからさっさと触るだけでも済ませてしまいたい。
それに触れるのも駄目だったというのなら高杉は神威が襖を開けた時に云うだろう。
つまりこうなったのは高杉もそうしたいということなのだ。
( 全く、素直じゃないなぁ )
これも口にしない。
口にしたら多分殴られて、またお預けだ。触れるのすらできないというのは今の神威には酷である。
もう何度目になるのかそうした互いの距離感を神威は充分に学習しているので此処で失敗はしない。
手早く高杉の下着を外し、それから己のものを取り出して擦り合わせるように優しく神威が指を添えれば高杉が「くぅ」と僅かに呻いた。場にそぐわないともすれば不意打ちのような高杉の聲に神威は直ぐ様挿入したくなるがそれは堪える。
こと高杉は煽る事に関してはとびきり上手いのだ。なのに神威には最後までするなとは酷いにも程がある。
意趣返しの様に神威は汗ばんできた高杉の肌をなぞるように舌で舐めその匂いを嗅いだ。
高杉の匂いは好きだ。こうして高杉の匂いを嗅ぐと神威は落ち着く。安堵するようなそれ。高杉のにおいだ。
高杉に染み着いた煙草の匂いが、僅かに汗ばんだその匂いが神威は堪らなく好きだ。軽くその肌を甘く噛めば高杉が咎めるように神威の髪を引っ張る。このまま高杉の肌を食んでいても時間は過ぎるだけだ。つまり早くしろということである。
高杉のそうした無言の要求に神威はくすくすと笑って仕舞う。
下半身の熱は確かに互いを迫り上げると云うのにこれではまるでじゃれているようだ。
「いたいよ」
「うるせぇ、こっちに集中しろ」
再び髪を引っ張る高杉に神威は身を起こし体勢を安定させた。
出来ないのは残念だが仕方ない。でもこれはこれで悪くは無い。
挿入を伴わない馴れあいではこういった軽いじゃれ合いのようなものも神威は好きだ。否、高杉とならなんだっていいのだ。己は。神威は高杉の肌を軽く噛みそれから下半身の熱を散らすように互いのものを握って高みへと昇る。
時間があれば余すところなく高杉の身体の隅々まで舐めて甘く噛んで、その肉体を味わったものを、こうも急く状況ではそれすらもままならない。だから甘えるように、或いは甘やかされるように、じゃれ合いながら互いのものを吐き出した。
神威が吐き出してから少し後に続いて高杉が自身のものを吐き出す。
汚れないように手拭いを取って直ぐに拭えば終わりだ。
互いの衣服を正して、何事も無かったように周囲を取り繕えばまるでそれを待っていたかのように迎えが来た。

高杉はそれに無言で頷き立ち上がる。神威もそれに続いた。
時間にして一瞬だ。まだ宵の口である。
勿体無いと思いながらも高杉の後ろを歩けば不意に高杉が神威に振り返る。
「江戸まで着いてくるなら考えてやる」
何を?って勿論ナニだ。下世話な話だが中途半端ではあったので、神威としては未だ身体は疼いたままである。
「続き?」
神威が問えば高杉は答えずに煙管から煙を吹かした。
少し時間がかかるが、と高杉が云うが、それこそ大したことじゃない。高杉の時間が空くまで待つのは慣れている。
大気圏上の旗艦に待たせている阿伏兎からしてみれば絶叫ものではあったが、それも神威の知ったことでは無い。
「なら江戸までお供するよ」
即答する神威に高杉は笑みを浮かべる。
「吉原で待ってろ」
「じゃあとびっきりの『遊女』に相手して貰おうかな」
揶揄するように云えば高杉は神威の頭を軽く小突き、「一丁前に云うんじゃねぇ、クソガキ」と言葉を足した。
それに笑みを浮かべながら、矢張りこのじゃれ合いのような時間も悪くないと神威は想う。
( 悪くない )
こうして馴れあうように互いを高めるのも、髪に指を絡め口付けるのも、舌と舌を合わせ熱を分けるのも、何もかも甘い。
激しい情欲の中に、甘さがある。その甘さを神威は今まで知らなかった。
この男に出逢うまで爪を隠し相手を傷付けないように馴れあうような遊戯を神威は知らなかった。
まるで子供の獣同士が遊んでいるような感覚に神威はたまらない心地になる。
( あんただけ )
そうあんただけ。あんただけだ。
こうして甘く肌を食むのも、馴れ合うのも。
或いは熱い熱に呑まれるように全てを奪いたいほど惹かれるのも。
( あんただけだ )
その熱は甘く、いつだって神威を蕩かせるのだ。


01:じゃれ合い

お題「本能」

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