傷だらけの身体だ、と神威は想う。
高杉を求めて褥を許されてその身体に触れる時神威は、激しく情欲を伴った時とそうでは無く酷く緩やかな心地で触れる時との二種類があることに気付いた。
今日は後者だった。酷く緩やかな心地で神威は高杉と交わる。
何度も何度も高杉と交わって気付いたことだ。
一度その身体に触れてからは夢中になるように神威は高杉の身体に嵌った。元々高杉に対して自分が抱いているものが何なのかを知りたくて神威が始めたことだ。そしてそれを許したのは高杉である。
神威は高杉を知れば識るほど、わからなくなる。考えれば考える程その肉体に溺れるように深みに嵌った。
自分は一体この男をどうしたいのか。殺したいのか、犯して犯して自分のものにして閉じ込めたいのか、或いはその全てなのか。
( ・・・それとも、もっと別の何かなのか、 )
高杉を殺すのは愉しいだろう。これほどの手練れだ。神威とて無傷では済まない。あの銀髪の侍に感じたような、抜身の刃のような殺意がこの男を作っている。その男と殺り合い、傷を負いながらも最後に勝つのは神威だ。
そうして高杉を殺し、己の腕に抱き締めてその血肉を食べればいいのか、けれどもそれは駄目だとも神威は想う。
( 殺して仕舞ったら二度と手に入らない )
高杉が動かなければ意味が無い。だからこそ神威は己と高杉の間にあるものを知ろうとしているのだ。
これが女であればもっと簡単だったと何度も想う。多分、神威は高杉との間に無理矢理でもなんでも子を成すだろう。成せばそれが全てだ。けれども高杉は男だ。子は成せない。男で地球種の侍。神威とは何もかも違う別の異なる種。
常ならば戦って殺して終わりだ。なのに高杉だけは神威の興味を引いた。その興味がいつの間にか高杉をもっと知りたいという欲求に変わりついには身体の関係まで持って仕舞っている。
奪えばいいと、暗に阿伏兎に諭されたこともあるが、神威にはそれも出来なかった。
弱気では無い、神威にはそれが出来ないのだ。高杉と神威の間には何かがある。
( 俺と高杉の間にある透明なもの )
その透明なものの名前を神威は知らない。
でもそれは確かにある。
透明でうつくしい、きらきらとした何か。
それを壊せないが故に神威は高杉と己との関係の間でのみ酷く清廉で誠実だった。
一度でも不実になればその透明なものは壊れて仕舞う。そして神威の前から永遠に消えて仕舞う。
それこそが、かつての師であった男があの遊女に抱いた感情なのかどうか神威にはわからない。わかりたくも、無い。
なのに自分はどうだ?こうして高杉との夜に溺れこの関係に甘んじている。
( 殺したいのに、殺せない・・・不思議だ )
情事の跡が色濃く残る部屋の空気を入れ替え、それから起きているだろうが目を閉じたままの高杉に上着をかける。
高杉は眠らない。穏やかに眠って欲しいとも神威は思うが数多く高杉と褥を共にした神威でさえ滅多にそういった場面には出遭わなかった。
高杉が眠りに落ちる時はいつだって苦悶の表情を浮かべている。
地獄の業火に焼かれ続ける男。過去にしか生きていない男だ。
その男の身体にある無数の傷を神威は指でなぞった。
どうせ起きているのだから別にかまわないだろう。
触れても拒まないところを見ると、触っても良いということだ。
「傷、いっぱいあるよね」
高杉は応えない。
暗がりで眼を閉じたまま。
数多の疑問が神威にはある。この感情は何なのかと高杉に多くを神威は問う。
けれども高杉の答えは沈黙が多かった。応えたくない事には高杉は口を閉ざす。
その沈黙が、矢張り己と高杉の間にある透明な何かを肯定しているように思えることがあって、神威はそのうちそれを問うのを止めた。高杉が答えないのなら自分が探すまでだ。問わない。問いはしない。己で辿り着いてみせる。
殺したい、手にしたい、或いはこの世界に俺だけだと認めさせて、高杉を蕩かせて仕舞いたい。
( 満たされたい )
飢えがある。夜兎は飢える生き物だ。いつだって何かを求め闘争に身を浸しそれでも尚、枯渇する獣。
それが夜兎だ。だからこそ皆戦場を求める。戦場を求めて戦って闘ってそして、その果てに到達して死ぬ。
満たされたいという欲求だけが夜兎を突き動かす。その本質が何なのか神威は高杉に遭うまで考えたことも無かった。
( この男が俺を変えた )
そう、高杉が神威を確かに変えた。
この男の孤独な何かがが、地獄の中で猛り狂う嘆きにも似た咆哮が神威を揺るがした。
( ただ、傍に居たいだけなのかもしれない )
本当は、答えなんてとっくに出ていて、この孤独な男を一人にしたくなくない、ただそれだけのことなのかもしれない。
ぼんやりと神威は高杉の未だ汗ばむ肌に指を滑らす。
「俺は夜兎だから傷なんてないけど・・・」
ゆるりと指で脇腹の傷をなぞれば高杉の瞼が慄えた。
そしてその綺麗な眼が神威を射止める。
「擽ってぇよ」
さも億劫そうに神威の手を押し退け高杉が枕元にあった煙草盆を引き寄せる。
暗がりで手探りだったが夜目の効く神威には、はっきり視えたので煙管に葉を詰めてやり火を灯し高杉に手渡した。
「これは過去に高杉が誰かに付けられた傷なんだ・・・」
高杉の傷をなぞりながら想う。
誰かが、この傷を高杉に残した。
それが腹立たしいと同時に、羨ましくもある。
( だって忘れないだろう・・・アンタは、 )
その左目を奪った相手のこともこの身体の無数にある傷の、少なくとも大きなものは屹度、高杉の身体に記憶ごと残っている。
忘れない、忘れられない傷。高杉の中に残った疵。
「何が、云いてぇ?」
あまりにしつこく神威が傷痕をなぞるのでいい加減焦れたのか少し不機嫌な聲で高杉が口を開いた。
「ねぇ、俺に傷は残せないから、高杉が俺の腕をもぐか、それとも俺があんたに傷をつけさせるか、させてよ」
神威の素直な要望を気に入ったのか、高杉は「くくく」と酷く愉快そうな笑みを洩らし、それから「そういやてめぇの傷は疾っくに消えたか」と言葉を投げた。
「消えて綺麗に治った、痕も無いよ」
高杉に付けられた傷だ。
最初に出遭った時に、春雨のあの阿呆提督の謀略の中で、高杉が神威を斬った。
その傷はもう神威の身体には無い。
神威は恭しく高杉の腕を取り、それから高杉に在るその無数の傷に口付ける。
舌を這わし、隅々まで知らぬ場所は無いと撫ぞる。
すると高杉はいよいよ愉しそうに肩を震わせた。
そして神威に煙管から煙を吹きかけ「そのうちな」と殺意と情欲の混ざった聲を漏らした。
「どうせそのうち、厭でも地獄の窯が開く、殺りたきゃその時にでもするんだな」
「・・・楽しみに、しているよ」
高杉の傷を舐めながら、己の激しい熱を高杉に埋めながら神威は想う。
あの傷が残ればよかった。
高杉が最初に己を斬った傷。
己は夜兎だから直ぐに消えて仕舞う。
傷一つ無い身体のままだ。けれどもあの傷が残れば良かったと思う。
高杉と己の中の最初の傷、その記憶を永遠にこの身体に刻めれば良かった。

( 残っていて欲しいなど、未練がましい、俺が? )

それは透明な何かだ。
あの傷がそのきっかけであったように、切実に残っていて欲しい傷。

( 殺したいのか、壊したいのか、いつか消えてなくなるからこそ残っていて欲しいのか、 )

否、残っているのかもしれない。
神威の中にそれは強烈な何かを残した。
でなければこれ程この男に固執すまい。
舐め合い、馴れ合いの中で、その中でさえこの地獄の中、一人孤独に佇む男が神威に付けたただ一つの傷。
神威は高杉に口付ける。傷の代わりに己の記憶を植え付けるように、深く、息を呑むほど。
己を打ち付け傷を舐め合い、絶頂という疑似的な死を高杉に植え付けながら、そっと己の身体にかつてあったこの男が付けた疵の場所を撫ぞった。

( これは俺の中に残ってるアンタが付けた疵だ )

あの時、高杉晋助という男が神威につけた傷は確かに胸を抉り今も何かを残している。
それはちりちりと焦げるような、神威の身体の隅々まで行き渡り、ふとした瞬間一気に燃え上がる様な厄介な熱。
燃え上がれば激しく何処までも神威の魂を燃やし尽くすそれは、まるで煉獄のようだと神威は思った。


20:きずあと

お題「傷を舐める」

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