※パラレル。八尾比丘尼の人魚の肉ネタ。


一月ぶりに再会した男は珊瑚色の髪をなびかせながら高杉の前に立った。
今ある互いの仕事で別々に行動していたがこの日だけは時間を空ける約束だ。
いつものように古めかしい時代遅れの傘を射して、既にテクノロジーは進化していて皮膚の下のチップに組み込まれた防護フィールドを展開すれば衣服に注意などしなくても太陽光を遮られるというのに、以前高杉がそのことを口にすれば「癖なんだ」と変わらぬ笑顔で云われたのを思い出す。
「便利なもンだ」
顔も簡単に視覚イメージで代えられて仕舞う世の中になるなんて誰が思っただろう。
生身の肉体を捨て別の身体に移ることさえ可能な時代だ。宇宙は広大で未だ拡大し続け、恒星間の新たなワープ経路がいくつも発見されて外宇宙にまで進出して、戦争は多々あるがそれでも社会は以前より整然と管理されている。
最もこの管理社会にも裏はある。どの時代でもならず者が減らないように裏の顔はある。そして高杉も目の前の男、神威もいくつもの顔を持っている。
「あれから何年だっけ?ええと、百五十年過ぎたあたりで数えるのを止めちゃったからなぁ」
神威がのんびりとした口調で云うので高杉は眉を顰めながらその疑問に答える。
「五百余年ってとこだろ、宇宙に出て」
「そんなに経つのか、じゃあ阿伏兎が死んで随分経ったんだね」
そう五百年だ。時間にして五百年という歳月が流れた。
これには理由がある。何も好き好んで高杉は五百年も生きているわけでは無い。
昔に、随分昔、何もかもがまだ高杉の手に少なくとも残っていた時代に死なない身体になった。
老いもしない、死んでもまた生き返る。その理由を探して漸く答えを見つけた時にわかったのは『人魚の肉』を喰ったからだという荒唐無稽な話だった。元の身体に戻ることも出来ず八尾比丘尼のように彷徨うことになった高杉の同胞と成った夜兎の男が神威だ。そして二人でこの永い年月を宇宙を放浪して過ごしている。
最初の百年が一番辛かった。皆死んで仕舞う。見送る事には慣れていたが高杉のこの身体のことを知った上で按じてくれた者達を想うと未だに胸が痛む。万斉も、そして神威の部下であった阿伏兎も最期までその後のことを心配した。自分達が居なくなっても遥か未来に居る高杉達を想ってくれた。
闘争はある。とても言葉では言い表せないようなことがいくつもあった。だがそれも高杉の中では既に遠い過去になって仕舞った。
( 五百年も生きりゃそんなもンか・・・ )
感傷に浸るのはこの場所の所為だ。
万斉は地球で埋葬したが、阿伏兎は夜兎らしく戦場で死んだ。

「阿伏兎は結局食べなかったなぁ」
「爺になっても頑張ってたさ、餓鬼ィどうした?」
「まだ絶えてないよ、阿伏兎の子孫。直系は頑固に阿伏兎の残した家訓とやらを守ってる。何代目か忘れたけど今の代のが阿伏兎にそっくりでさ、莫迦なのはかわんないよ、昔みたいによく俺とのパイプも繋いでる」

へぇ、と高杉は相槌を打ちながら煙管を燻らせた。
神威が傘を手放せないように高杉とて煙管と刀は手放せない。時代錯誤もいいところだ。
煙管や刀を作る職人などもういないから高杉はそれを自分で造って仕舞った。
何せ時間はいくらでもあるのだからその習得に費やした数十年など一瞬だ。
けれども高杉は変わらない。肉を食べたのは恐らく高杉が二十歳の頃だ。その時から何一つ変わらなかった。肉を食べる前に失った左目だけは再生できないが肉体はそのまま永遠に時を止めて仕舞った。肉を食べたあの頃と少しも変わらない若いままだ。そして神威も肉を食べたのは高杉の年齢を既に上回っていたが童顔なのか出遭った頃と少しも変わらない。未だに癪なのは高杉の身長を僅かばかり上回ってしまった点だがその点は腹が立つので黙殺することにしている。
己の隣に立つ男は伝説に成っている男だ。伝説の夜兎の王。
高杉は只の不老不死で済んだが、神威に至っては宇宙最強の戦闘種族夜兎の能力を有したままだ。
つまり肉体の最盛期に肉を食べて不老不死な上に驚異の再生能力と力を持つ文字通り宇宙最強の存在になって仕舞った。
そして五百年他の同胞を捜しながら放浪しているが未だに神威より強い存在を高杉は知らない。
「手前も少し落ち着いたか、莫迦話が減ってなによりだ。後始末する俺や阿伏兎の子孫の身になってみろ」
揶揄するように高杉が云えば、心当たりがあるのか神威が苦虫を噛み潰したような顔になった。
未だに二人の間ではよく話題にあがる。
神威は最初の五十年程は不老不死を公言していた。
眉唾だと云われながらもその内年を取らない神威を皆が不気味がった。既に夜王として君臨していた神威だ。誰も神威に手を出すことは出来ない筈だった。けれどもそうなった神威を欲しがる輩は居る。不死の解明を目的とする組織によって巧妙に仕掛けられた罠に神威が嵌り施設に閉じ込められ不死の研究の為の人体実験を半年に渡り受けた。
実験なんて生易しいものでは無い。何度も殺し、何度も身体を抉り解体し、それでも死なない神威のデータをあらゆる角度から検証した。悪魔の実験だ。
「あれは油断したんだよ、もうあんなことあるもんか」
高杉が神威の居場所を捜し出し厳重な施設の高度なセキュリティを破って辿り着いた頃には神威は陽の光に曝されて虫の息だった。
「死なねぇってぇのも辛ぇもんだな」
「普通夜兎は長時間、陽に曝されると体組織が破損して最終的に鳳仙の旦那みたいに灰になるけど、俺は再生し続けちゃうし死んでも数分で生き返るから地獄だったなぁ、いやあの時は流石にいっそ殺して欲しいと思ったくらい死ぬほど苦しかった」
「何回も死んでたろ」
ばぁか、と高杉が云えば神威はその整った顔を楽しそうに歪める。
「あの地獄は酷かったなぁ、リアル人体標本だったよね、いやーあれは参った、俺もやんちゃしすぎたよ」
全身血塗れで皮膚の再生もままならない神威を助け、結局神威が不老不死だと知る全ての機関を潰すのに高杉は膨大な時間と金を使った。
そして神威の身体の秘密を知る者とデータを全て消し去り、それが都市伝説になるまで高杉達はひっそりと息を潜めたのだ。
今ではどうやって身分を隠すか、どうすれば普通に溶け込めるかがある程度分かっているから昔ほど苦労は無いが、高杉も神威も痛い思いをしては修羅場を潜っている。
「まあ、俺も若かったからさぁ」
あっけらかんとした様子で放たれる神威の言葉に高杉は当時優に七十を超えていた癖にという言葉はどうにか飲み込む。
全くいつまでも気楽なものだ。
「それ助けたの俺だからな」
もう御免だと釘を刺せば神威はへらへら笑いながら「大丈夫」というから怪しいものだと高杉は煙を神威に向けて吹きかける。
身体が若い所為でいつまでも感性が餓鬼なのだ。

「それを云うなら高杉と何回か喧嘩して別れたりもしたっけ」
水筒の水を地面に掛け神威が云う。辺りはいつの間にか荒野では無く、瑞々しい草木が生えていて遠くでは家族連れがこの穏やかな景色の中で散歩をしていた。
「あったな」
云われて確かにそういうこともあったと高杉も頷いた。
一番酷かったのは空港で喧嘩別れをして五年程音信不通になり不意にばったりホテルで出遭った時だろう。
「・・・あれは燃えたね」
「・・・燃えた」
何が燃えたなんて決まってるナニの話だ。
箍が外れたのか莫迦みたいに犯りまくった。
「今日も頑張る?」
悪戯に問う神威に意味深な笑みを返し、高杉はぼんやりとこの身体のことを想う。
目的がある時は忘れているが、この身体だ。
死ねない、死なない、それが良いなどと思う輩の気がしれない。
ただ死なないだけ、老いないだけで腹は減るし、眠くもなる。何か特別な力があるわけでも無い。
特に高杉は神威のように夜兎では無いので尚の事、普通の人間なのだ。
痛みもあれば血も流す。なのに死なない。死ねない。
五百年目的も無く放浪するのは辛い。だからせめてもの目的として同胞を捜した。
この広い宇宙の中で人魚の肉を喰った他の同胞がいないのか捜した。
人魚の肉は食えば皆不老不死になるわけでは無い。
そう、阿伏兎が肉を最期まで食べなかったのもそれが原因だ。

不老不死になれる者は極限られた一部なのだ。

大抵はその強毒性の肉で死ぬ。口にして数分で全身から血が噴き出し死に至る。
でなければこの宇宙は不死だらけだ。つまりそういうことだ。
そのカラクリがあると気付かず、莫迦みたいに不老不死を求め喰って死んだ奴を何度も見た。
そして極少数の生き残った奇跡を手にした同胞に高杉と神威はこの五百年で三人に出遭った。
一人は世を儚んで結局太陽に船ごと突っ込んで逝った。残り二人はまあ生きていればこの長い永遠でいつかまた遭うこともあるだろう。どちらにせよ、『こうなって仕舞ったら』永遠に放浪する運命だ。
「結局、『これ』に成ったら子孫も残せないしね」
「機能は一緒だが種が死んでるんだろうよ、『これ』が簡単に『肉』なしで増えりゃもっと数が居るだろう」
「確かに、阿伏兎は俺が子を残せないと知ってから莫迦みたいに餓鬼をこさえたなぁ、あれは結局夜兎という種を存続させたかったみたいだけど、夜兎は既にレッドリストに瀕滅種として挙がっている。この五百年で固体数が疾うに千を切って仕舞った、あと百年程度で淘汰が進んで純血種は半分以下になるんじゃないかな。まだ昔の強さを持っているのは阿伏兎の直系くらいだし、あとは弱体化が進んで昔ほど強くも無いから捕えられて希少民族として売買されるような種になって仕舞ったよ」
「それを見付けては売買組織を潰してるのが夜王サマってか」
高杉の言葉に伝説の夜王である神威は笑みを漏らす。
「・・・夜兎は結局、滅ぶ運命だったんだろうな」
ぽつりと漏らす神威の言葉に高杉は眼の前の何も無い草を眺めた。
此処は小高い丘だ。
青い美しい空とさわさわと風がそよぐ楽園のような場所。
かつての戦場の荒野で阿伏兎の墓として作った塚はもう小高い丘になって仕舞った。
( 阿伏兎がそうしたのはてめぇの為だったんだろうよ )
口にはしないが、そう思う。
阿伏兎が死ぬ間際まで生に固執し、子供を沢山残したのは夜兎の為では無い。
きっと神威の為なのだ。この男を一人にしない為に。夜兎として神威に輝きを見出していたからこそ阿伏兎は子供を沢山遺したのだ。全ては神威の為に。かつて高杉の周りに居た者達が当たり前のように子孫を残したように。
そしてその子孫は今も尚、高杉と神威を支え続けている。
侍は既に死に絶え、本物の夜兎も衰退していったこの五百余年の中で夜王鳳仙が死に、神威の父が死に、強かった種が絶え夜兎は確実に絶滅に向かっている。

「それでもてめぇが居れば夜兎は滅びねぇさ」
「高杉が最後の侍のように?」

此処に二人が居る。
小高い丘に、疾うに滅んだ最後の侍と、最後の夜兎。
永遠に滅びない、最後の一人同士。

そう、神威がいなければ己は一人だ。
高杉は隣に立って昔を懐かしむ神威を見た。
昔と何も変わらない神威。変わらぬ殺意と愛を己に向けてくる高杉の唯一の同胞。
神威があの時肉を食べなければ己は永遠に一人で放浪することになった。それを思うとぞっとする。
苦しんだ。随分と長く、今も尚高杉は苦しみ続けている。
永遠に高杉は彼等が逝った場所へは逝けない。
本当に望む場所へは辿り着けない。
永遠にこのまま年も取らず子供さえできず、一所に長く居ることすらできず放浪する呪われた身体だ。
それでも高杉には神威が居る。
神威が変わらぬまま今も傍に在る。
死ねない以上同胞がいるという歓びに、傍らに神威がいるということに己はどれほど救われているか。
神威は高杉の身体の事実を知って戻す方法を捜した。それでも見つからなかった時に選択し、それを食べたのは神威だ。
そして神威は生き残った。
その神威が振り返る。
珊瑚色の髪に空の青さを湛えた瞳で、昔と何一つ変わらぬまま。

「死ぬ方法を探すのもいいけどさ、どうせなら生けるところまで往ってみようよ」
往ってみようと云う。神威の言葉。それに高杉はいつも眩しさを覚える。
かつて阿伏兎が神威を光だと云ったのが今になってわかる。
神威は何処までも真っ直ぐ前を見つめる。
だからこそ美しい、最後の夜兎。高杉の為だけの夜兎。
「何処まで?」
何処までと高杉が問うた。神威は高杉に手を伸ばしまるで愛しい者に触れるように優しく高杉の頬を撫ぜる。
その神威の手を握りながら高杉は息を吐いた。
「何処まで生きりゃいい?」
飽くほどに生きた。生きて生きて生きてそれでもまだ死ねない。
呪われた身体。それでも、と神威は云う。
「俺達にしか出来ないことだよ、晋助」
神威は云った。いつか成った時に云ったように。
昔と変わらぬ笑みで、あの輝かしい時代にかつてあった懐かしいものを湛えて、


「この宇宙と、世界が終わるまで」


10:噫、お前の
その言葉だけで
きっとこの永遠を
生きていけるだろう

お題「不老不死」

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