「戦場ってのは何処も同じ匂いがすらぁ」
トントン、とテンポよく金属製の舷梯を降りる高杉はいつものように気怠い仕草で感想を述べた。
それに「あー、そうかい」と相槌を打ちそうになったのをどうにか喉元に押しとどめたのは阿伏兎である。
今回は高杉の鬼兵隊との合同作戦だ。夜兎が中心の荒事専門の部隊である第七師団はどうにも繊細な作戦というのは苦手だ。
壊していいものと壊してはいけないものの区別がつかない。一つだけ壊してはいけないと云われればどうにか守れたがあれもこれもそれも駄目と云われると苦手だ。だからこそ今回はそういったことが得意な外部の下請けである鬼兵隊にお出まし願った。
元は他の師団に回る仕事だったのを急遽回されたのだ、鬼兵隊の手を借りても悪くはないだろう、と団長である神威の許可を経て阿伏兎が万斉を通して高杉にお出で願った。悔しいがこの男の頭は本当に良く回る。
阿伏兎が戦況を見て困り果てモニタに映し出されたデータを観た瞬間から戦場は高杉のものへと移った。
高杉に指示されるままに動けばあれよあれよと戦況は変わり、未だ致命的な破壊も無く戦場は進んでいく。
星の制圧であったが、資源に引火性のものが多く下手に動けない場所を高杉は上手く回していた。
それに気を良くしたのは神威だ。
「やっぱり高杉が居ると面白いよね」
にこにこと手を血に染めながら神威が口にすれば満更でも無いのか高杉も鼻を鳴らした。
眼の前には戦場だ。数多の死体の山とそして未だに向かってくる猛者を相手に神威は傷一つ負うこと無く相手を潰す。
高杉とて油断はしていないが、神威達第七師団に気を許したわけでも無い。
各地制圧の為に鬼兵隊の主だったメンバーはバラバラになっている。今此処で神威達が高杉に牙を剥けば一巻の終わりなのも確かだ。だから油断はしない。この地獄を愉しみながらも互いに睨み合うのが神威と高杉の正しい在り方だと互いに認識している。
けれどもそれは起こった。
油断はしていない。
が、予感はあった。
突如視覚で捉えられないような速度のものが高杉の横を過った。
咄嗟に交わしたものの頬に一筋の血が流れる。
「高杉!」
思わず近くに居た阿伏兎が聲を上げた。
続けて高杉に向けて二発目、三発目と撃たれるそれに咄嗟に近くに居た阿伏兎が傘で盾になる。
「・・・っ」
此処で高杉に何かあれば不味いことになるに決まって居るという阿伏兎の咄嗟の判断だ。
そしてその判断は恐らく当たっている。
嫌な方向で、だ。ちらり、と阿伏兎は前方に居る筈の己の上司を見遣った。
神威は阿伏兎の背後に立つ高杉を見据えたまま微動だにしない。
微動だにせずその弾を受けている。
当たり処が悪ければ再生が追いつかず死ぬかもしれないのに神威は動かない。
( あ、これはやべぇぞ・・・ )
じわじわと湧いてくる嫌な予感に今度こそ阿伏兎は眼を見開いた。
そして銃撃が止んだ瞬間周囲の味方に対して聲を上げる。
「総員退避!」
退避だ!退避しろ!とあらん限りの聲を上げる。
咄嗟に状況を悟った部下達が一斉に引いた。直後それは起こった。
「何だ?」
高杉が訝しげに阿伏兎に問うが、阿伏兎は巨大な敵を前にしたかのように警戒したまま動かない。否、動けないのだ。
そして細心の注意を払って少しずつ下がる。阿伏兎は傘を盾にしたままじりじりと高杉の身体ごと後退を促した。
常ならぬ阿伏兎の様子に緊迫した事態を察したのか高杉は何も云わない。
そしてある程度神威の背がどうにか見える岩陰まで後退したところで阿伏兎が息を吐きながら高杉の疑問に答えた。
「・・・スイッチが入ったんだよ」
「何のだ?」
「団長のだ!あんたもまずいぞ、早く此処からもっと離れねぇと・・・作戦なんざ中止だ、全部壊れる・・・!」
はああ、と長い溜息を零す阿伏兎を高杉は見上げそれから前方に居る神威を視た。
そう、視たのだ。
凄まじい音が鳴り土砂が崩れ、強固だった猛者達が崩れていく。
神威が血飛沫を上げながら断末魔の悲鳴を上げる男の首を折り、そして空いた手で別の男の頭を装備ごと潰した。

「ぎあぁぁあああっ」
悲鳴があがる。それが煩わしくて潰す。怒りだ。
怒りが神威を支配している。
頭が真っ白になって全てが赤に染まる。
高杉の血を視た瞬間から神威の全てが止まった。
沸騰するような怒り、これは俺のものだという怒り。
それまでは確かに楽しかったのだ。酷く高揚した。高杉と同じ戦場は愉しい。
この男との地獄は全く愉快だ。
だからこそ神威は高杉との地獄を愉しんでいる。高杉の地獄に遊び半分で神威が付き合うのはその為だ。
けれども以前と違うのは神威と高杉が褥でも交わっていることだった。
出遭った頃ならば高杉の傷程度気にもならない。ならなかった筈だ。
理性ではそうだ。今もその筈だ。
なのに今は駄目だ。絶対に駄目だ。
( これは俺のものだ )
( 俺以外が殺していい相手じゃない )
高杉は己のものだ。これを高杉に云えば一度寝たくらいでと鼻で哂われそうだったが、それでも神威には我慢ならない。頭が真っ白になって怒りで我を忘れる。その怒りのままに神威は目の前で動くもの全てを標的にしてしまった。
それを目の当たりにしたのは高杉だ。
思わず目を瞠る。
「・・・これが夜兎か・・・」
陽の光に弱いという致命的な弱点を持つ種族。けれども宇宙最強と云われるほどの戦闘種族だ。
夜兎の怖さは力だ。
純粋に力が強い、それだけでそれがどれほど恐ろしいのかを知る。
力が強いというのは単純に凄いことなのだ。神威が力を込めただけで骨があっさりと砕ける。手にした金属の武器が握りつぶされる。物を投げれば高速で飛び対象を破壊する。足で蹴れば大地が割れ岩が砕ける。
それは人には到底到達できない。
反射速度も力も何もかも違う。理性や本能の問題では無い。これで夜兎に知性が無ければまた別の末路を夜兎は辿っただろうが、残念ながら夜兎は知性を持った怪物なのだ。宇孤独に放浪することを運命づけられた宇宙最強の戦闘種族。
( なんてぇ、化物だ・・・ )
全身が総毛立つような感覚、ぞわりとする。
血飛沫を浴び咆哮するように空気を震わせ全てを壊す神威から目が離せない。
酷い感覚、まるで絶頂を極めるような迸りが高杉の身体中を巡る。
全身の血液が沸騰するようだ。
「おい、早く下がるぞ、団長が・・・!」
阿伏兎に引かれるまま高杉が下がろうとするが身体が動かない。
この美しい狂気から目が離せない。
あ、と思った時には『それ』が目の前にあった。
阿伏兎が何事か叫んだが聴こえない。
神威が高杉と目を合わせ、そして拳を振り下ろす。
咄嗟に高杉が身体を引いて刀を抜いた。本能的な行動だ。理性では無く互いに剥き出しの本能で向き合う。
研ぎ澄まされた空気の一瞬の刹那。高杉が斬る直前で、或いは神威が高杉の頭を叩き潰す直前で神威の拳が止まる。
「・・・っ、高杉・・・」
ぴたりと神威が止まった。
互いに見つめ合う。
そして状況が漸く呑みこめるほど見つめ合って互いに出した刃を収めた。
そして息を吐く、危なかった、あと一秒でも遅ければ互いに無傷では済むまい。
ひやりとした瞬間、神威が理性を取り戻した。
それに心底安堵したのは阿伏兎である。
( 危なかったー・・・ )
高杉に何かあれば神威の所為だと云っても阿伏兎の命は無い。その程度にはこの二人に振り回されているという自覚が阿伏兎にもある。そして鬼兵隊との関係もタダでは済むまい。戦争をしてしまえばそれで済む話ではあるが高杉を死なせては後味が悪い。互いの関係上、高杉が無事であることに越したことは無いのだ。

「瞳孔開いてたぞ」
「ちょっと我を忘れただけだよ」
「これがちょっとか?」
「いいじゃん、もう終わったんだし」
戦況を確認して、散った団員を集めて事後処理に入る。
戦場に不釣り合いな上司とその情夫の乳繰り合いは無視だ、無視と阿伏兎は半ば自棄になって指示を出した。
生ぬるい風が神威と高杉の間をすり抜ける。
硝煙の匂いと咽返るような血の香り。
高杉が神威の背後で不機嫌そうに死体を小突きながらぼやいた。
「全部殺りやがって」
「悪かったって」
暗に己の未熟を責められているようで高杉の咎めるような聲が神威には居心地が悪い。
けれども神威は後ろに居る高杉を振り返る。振り返れば未だ頬から血を流す美貌の男が居る。
思わず神威は高杉の腕を掴み己に引き寄せた。
腕に抱いた男の身体は熱い。高杉は生きている。
まだ生きて神威の腕の中に居る。
頬に滴る高杉の血を己の舌で舐めとりながら、神威は口にした。
「ねぇ、あんたを殺すのは俺だよ」
口にした高杉の血は何故だか酷く甘く感じた。なのに高杉はつれない。
「悪ぃが殺されてやるつもりもねぇ」
素っ気なく神威の腕から離れて仕舞う。お前になど殺されて遣らないという高杉が神威は憎らしい。
暗にあの銀髪の侍を思い出させて、事情こそ神威は知らないがこの男の事に関して知らないことがあるのは腹立たしかった。
「つれないなァ」
「手前くれぇ俺がいつでも殺ってやらぁ」
既に先程の神威の暴走など忘れたように言い放つ高杉に神威はやきもきする。
先に前を歩き出した高杉を追う様に神威はその背を追いかけながらそれでも、と想った。

( それでもアンタを殺すのは俺がいい )

この男を殺したい。
この男を誰にも傷付けさせない。
俺のものだ。
恐らく二度と手に入らないであろう至高の男。
神威の全てを揺るがすただ一つの存在。
これは大事な大事な神威の獲物だ。
神威のスイッチを入れるのも、止めるのもこの男だ。

( この男だけがいい )


09:誰にも渡すもんか

お題「遊び場」

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