「お邪魔するよ」
座敷にあがれば高杉が芸妓を共にして奥に座っていた。
吉原だ。珍しく高杉が吉原に顔を出したと聴いたので神威はわざわざ吉原に足を向けたのだ。
吉原は神威のものであったが、多くの遊女はそれを知らない。神威が何者か知っているものさえ少ない。ごく一部の裏の事情に通じた者しか知らない。知らないが、皆神威が何者か知っている者は神威を丁重に扱った。既に神威こそが吉原の王であるのだ。直接干渉はしていないが、今までの通例通り、その場所柄天導衆や春雨、つまり春雨で吉原を任されている神威への上納金は存在する。勿論鳳仙の時ほど露骨ではないが、吉原に対してのある程度の圧力を牽制する為にも矢張り吉原にこういった裏の根というのは必要なのだ。悪事の温床と云えばそうだが、此処で遥かに高度な政治的な話し合いもある。此処で決まったことがそのまま戦争なり物資の供給なりに繋がるのだ。一概に神威達のやっていることを悪だとも断定しにくいのは其処である。あらゆる思惑と犯罪が行き交うからこそそれに対しての力の拮抗が求められる。吉原の自警団では太刀打ちできないような高度な遣り取りもあるということだ。
故に神威は表には出ていないがそれなりの影響力をこの吉原に持ち合わせている。面倒なことは全て阿伏兎に任せたので内実は知らないし興味も無いが自分のものである場所に件の男が居るというのはまるで神威が囲っているようで悪い気はしなかった。
「よう」と高杉が杯を上げ神威を見遣った。酷く機嫌が良いのか三味線が傍らに置いてあって始終畏まった芸妓が手慣れたように神威が入ってくると同時に頭を下げ部屋を退出した。神威が来る時は常にそうだ。そのあたりは躾が成っていて地球人というのは遣り易いな、といつも神威は感心する。夜兎では中々こうはいかない。
神威は高杉の正面に座り高杉に酌をしてから己も高杉の杯を受ける。ぐい、と酒を飲み干してから神威はもう三日此処にいるという高杉に笑みを向けた。
「居続けすれば?」
吉原に滞在するには二つある。遊興で滞在し続けることを『居続け』と云い、滞在費が嵩み払えなくなって身体で働いて返すことを『居残り』という。勿論神威としてはいくらでもタダで高杉が居続けてくれても構わないが、払えなくなった高杉というのにも些か興味はあった。けれども高杉は余程の上客なのか夜王鳳仙の時代から馴染みとして顔が効くらしく、金銭の遣り取りは手持ちが無くてもツケで通るのだそうだった。成程、遊び慣れた男というのはこういうところまでスマートだからいけない。最も仮に高杉が払えなくなって居残りにでもなったら、あの煩そうな腹心が大金を抱えて駆け付けてきそうだなと神威は内心思った。
「いや、朝には戻らぁ」
「そう、じゃあ俺も朝まで居ようかな」
二週間ぶりなのにつれないことだ。けれども追い返さないところを見ると今宵の神威との褥は許可してくれるようである。いつもそうだが神威は無理矢理に高杉を己のものにしたいわけではないのだ。この男の気紛れな感情を見るのが神威は好きなのだろう。
高杉が三味線を取り鳴らしながら座敷唄を謳う。月が明るいからか今日は酷く機嫌が良いらしい。
神威の耳を擽るその音色と歌に聴き入っていると高杉がふいに手を止めた。
「おい、目が寂しいから舞ってみろ」
「舞うって・・・あの姐さんみたいに?」
暗に目でそうだと促されて神威はどうしようかと天井を仰いだ。
視たことはある。高杉と共に座敷遊びも一通り倣ったし夜王鳳仙にも少しは覚えろと一度見せられたが急に舞ってみろといわれても出来るものではない。しかも高杉の云う舞とは芸妓の舞だ。男の舞では無い。
「舞ったら朝まで付き合ってよ」
神威が本音を漏らしてみれば高杉が口端を持ちあげた。
「舞えたら考えてやる」
そう云われれば俄然やる気が出る。高杉とのセックスは貴重だ。それにあまり激しくすると叱咤される。
夜兎と地球種の人では力が違いすぎるのだ。だから神威は常に高杉との褥において細心の注意を払っているが、矢張りやりたい盛りである。一度思う存分やってみたいと思うのは男の本音であった。
ぶらさげられた目の前の餌に神威はどうしようかと考えたが、仕方ないので、神威は廊下に出て酒を持ってきた女に先程の芸妓を呼ぶようにと言伝た。
直ぐ様引き返した芸妓に高杉の要望を伝えるとからからと楽しそうに笑い、それから「ようござんす」と舞扇を取出し神威にもわかるようにとゆっくりと舞う。
その舞を一度見せてもらい、それから舞扇を借りてやろうとすれば高杉が芸妓に退出を促した。カンニングは此処までということだ。芸妓から借りた舞扇を持ち神威は動くがどうにもぎこちない。
「其処は逆だ」
「厳しいなぁ」
いちいち動作に指導を入れられて神威は内心舌を巻いた。
恐らく高杉は芸妓の動きの全てを記憶しているのだろう。
高杉は何処で覚えたのだろうかと神威は思ったが、教養の深い高杉のことだ。座敷遊びなど容易いのだろう。それに褥のこと、舞ったら考えてやると云われれば神威も少し意地になった。
芸鼓の舞を頭で再現し高杉の三味線に合わせてどうにか見よう見まねで舞うと高杉が喉を鳴らし「様になるじゃねぇか」と呟くので悪い気はしない。
女が男にしようと男が男にしようと誘っていることに変わりは無いのだ。
数度練習にと指導を入れられ、それからもう一度通しで、とやらされて、それからどうやら及第点を貰えたのか高杉は一度も茶々を入れずに神威の舞を見た。

「女なら最高だがな」
女物でも着てみるか?と高杉に云われて神威は舞扇を畳みながら肩を竦める。
「冗談じゃないよ、もう、高杉の所為で俺いらない知識が増えてる気がする」
思わず神威が不平を漏らせば高杉は酷く愉しそうに喉を震わせた。
「そう云うなよ、今度阿伏兎にも見せてやりゃあいい、卒倒するぜ」
その言葉に神威は笑みを漏らす。確かに阿伏兎なら卒倒しそうだ。その時なら高杉の云う様に女物でも着てやれば一層効果抜群だろう。それは悪くないな、と思いながらも神威は高杉に近付き高杉の手にある三味線を取り上げ畳の端へと追いやった。
「寝るならあっちだ」
奥の布団を指差されたが知った事か。
「此処で頂戴」
「仕方ねぇな」
空には月、冴えわたる孤独の闇に在る光。
煌々と照る月に見下ろされ、神威は高杉を組み敷く。
そして神威はその首に噛みつき首級をあげるように口付けた。
その首を奪おうとするのは神威か、或いは差し出すように首を晒しながら神威を捕える高杉なのか。


「ねぇ、いつか俺に高杉の全部を頂戴」


06:御首級をあげる

お題「愛のみしるし」

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