戦場だった。
鬼兵隊が投入された戦場は春雨の元老直々の達しであった。
半ば強引とも取れる取引に万斉は酷く懸念していたようだが結果的に高杉はそれに応と答えた。
春雨に貸しを作るのも悪くない。相手の腹を探る上でも応じる必要があった。
どうせこれに応じなくても別のところで圧力をかけてくるのだろう。
或いは高杉達鬼兵隊を殺す為に策を講じて来るやもしれない。結局こういったものは、早い頃合いで元老の中の誰が意図しているのか誰が役に立ってどの一派の意思なのかを知る必要がある。だからこそ半分罠だとわかっていても高杉はその仕事を引き受けたのだ。
軽い護送だと聴いた。護送は護送だが物は希少鉱物だ。近頃軍事用に転用可能なことがわかってから値が跳ねあがったという代物である。当然それを守ろうとする星の者と或いはそれを奪おうとするならず者達から鬼兵隊は狙われ既にこの星でゲリラ戦のようなことを遣りながら十日も戦闘を余儀なくされた。天候が悪いのもいけない。雨が多く陽が殆ど射さない場所なのだ。視界は悪く、地面は泥濘、移動でさえ苦労する場所でこれ以上戦闘を続ければいくら訓練したとはいえ攘夷戦争を越えたわけでもない新設した鬼兵隊では些か厳しい。実際、諜報にと船に置いてきた万斉と来島は良いとしても傍らに立つ武市は先ほどから地図を睨みながら険しい顔をしている。
「雨に泥、視界も悪いと三重苦だな」
思わず高杉が口にすれば武市は小さく頷いた。
雨は体温を下げる上に地面の状態を更に悪くする。光も少ないので視界が悪い上に土地勘も無い。成程悪条件ばかりが揃っている。
「些か分が悪いですな」
やや重い溜息を武市が洩らしたが「しかし」と言葉を足した。
「勝算が無いわけでもありません」
武市が明かりを持ち地図を指した。
「成程、崖の間を抜けるか、ちぃと厳しいなァ、最初の崖は良いとしてもこのデカい崖で挟まれでもしたら一巻の終ぇだ」
「このまま平野を抜けるよりは良いでしょう、地面の状態は悪いのに見晴らしがよすぎる。これでは討ってくれと云っているようなものです、よく考えた物です」
良く考えたもの、と武市は称した。これは今回の事態を仕組んだ相手に対しての賞賛だ。高杉達を嵌めるつもりでも表立っては出来ない。邪魔だと考えているのはまだ一部の者だけだ。阿呆提督の一件で高杉達を利用しようと元老内での色んな派閥が聲をかけてくるが邪魔と思う者も居るのだろう。見知らぬ土地で不向きな仕事を持ちかけた。勿論高杉達は春雨では無い。だからそれなりの見返りのある仕事であったがそれも成功しなければ意味を成さない。
兵站もそれほど残っているわけでは無い。戦争に於いて一番大事なのは情報と補給である。兵士の数も大事であったがそれ以上に素早く正確な情報と補給が無ければ戦えない。ゲームのように無限に戦えるわけでは無いのだ。戦争では一見もっとも地味とも思える諜報や兵站の部隊が一番重要なのである。攘夷戦争の時に高杉はそれを厭というほど味わった。戦争は莫大な資金と人員と補給を必要とする。云うなれば戦争では物資と情報が断たれては一騎当千の軍勢でも無力だ。いくら綺麗事を並べても戦争の本質は結局、金と自尊心であるということを高杉は理解している。そして今この状況はまさしくその戦場を物語っていた。
物資も既に尽きかけている上に情報が足りない。斥候にやった数名は未だ戻らず戦況は不利だ。運んでいる物を放棄できればまだ勝算はあったがそれでは契約不履行になる。圧倒的に不利な状況だ。此処で死ぬつもりも無いが久しく感じていなかったギリギリの状況にこの状況を打破することはできないかと高杉は思考を巡らす。
( 夜兎でもねぇ限り・・・直ぐ様解決ってわけにはいかねぇか・・・ )
不意に思い出したあの明るい髪の男に高杉は顔を顰めた。奴等は出鱈目だ。高杉達侍とは種が異なる。高杉達にとって情報や兵站が重要でも彼等夜兎は一人の力が圧倒的だ。人間が何人かかろうとも夜兎一人で圧倒して仕舞う。それは宇宙に出なければ永遠に気付かなかったことだろう。それを思い出して高杉は眉を顰め、それから頭を振って意識を戦場に戻した。
このままのろのろと移動したのであればこの星の者か或いはならず者の戦争屋にでも補足されて仕舞う。攘夷戦争の時はそれでもまだ気概のある見知った顔が居たものだが、この鬼兵隊はそうでは無い。此処で全てを失うことは高杉とて避けたい。故に武市の提案した策に頷くしかなかった。高杉とて同じことを考えていたのだ。
挟撃されれば終わりだが、平地より地面の質が固い為に崖側の道の方が移動は早くなるだろう。細い道の崖下に万一足を滑らせて落ちれば終わりだったがそれでも早くこの場を抜けるに越したことは無かった。
高杉は手早く指示を出し、それからこの暗がりの中、降る雨を見遣る。
雨、雨と云えばあの傘を思い出す。先程、頭から追い出した子供の姿を思い出し高杉は再び自嘲気味に目を細めた。
( そういやぁ、奴にはとっときの環境だろうな )
ぼんやりとそんなことを思った矢先のことだ。
「敵確認!一時方向と四時方向に各一個中隊!」
「物を持て!移動するぞ!」
突然のことだった。既に補足されていたのか、見ればならず者では無くこの星の軍隊だ。
高杉は武市と護送隊を先行させた。
「殿は!」
しんがり、と発せられた言葉に高杉は咄嗟に聲を上げた。急がなければ囲まれる。
「俺が引き受ける」
「しかしそれでは!」
貴方を失うわけにはいかないのです、と珍しく武市が聲を荒げた。
その言葉に高杉は口端を歪め、刀を抜く。
「その程度で死ぬ奴ぁそれまでのことだろうよ」
早く行けと急かしながら高杉と残った幾人かのものが高杉を守るように立った。
敵は間近、計二個中隊、数にして四百近く。悪くない、悪くないと高杉は思う。
闘争の中でぎりぎりの命の削り合いをし、この天人だか何だかわからねぇもんを斬りまくって、血を浴びて、そして全て破壊してやっと高杉は息が吐ける。全てを地獄に変えることが高杉にたった一つ残った望みだ。
懐かしかった何か、美しかった何か、優しかった全てのものを置いて高杉が選んだ地獄だ。
ぎりぎりの遣り取りの中でしか最早己は呼吸が出来ない。
ひゅう、と高杉が息を張りつめ襲い掛かってきたものを斬ろうと刃を振り下ろす。
ところが、高杉が最初の一人を斬り捨てた時に轟音が鳴った。
突如地面が揺れ目の前にあった崖が崩れ去る。
そして砂煙と共に現れたそれに高杉は眼を見開いた。

「てめぇ・・・」
「こっちに来てるって聴いてさ、あんたんとこのほら、グラサンかけたお侍に」
「万斉か」
流石に分が悪いと判断したのか、それとも元老の中で高杉を消そうとした者に目星を付けたのか、万斉は第七師団という保険をかけていたらしい。突如現れた神威率いる第七師団に高杉の護衛に残った者達は歓声を上げた。
全く良いタイミングであるが、先程の高揚を邪魔された気がして高杉はやや拗ねたような心地になる。
「そう、それ、あとアンタを嵌めようとした奴はウチで殺っといたよ、まあこの前随分あんたの隊に金銭面で融通してもらったからその御礼ってとこかな」
神威の指示で動き出す第七師団の連中を見遣りながらも高杉は神威の内心を測った。
春雨とて一枚岩では無い。第七師団は第七師団で苦しい面もあるということだ。持ちつ持たれる、阿呆提督殺害以降、神威率いる第七師団と高杉率いる鬼兵隊とは上手く付き合っている。その上神威は提督に昇進したばかりだ。
こんなクソ餓鬼が提督とは世も末だと思うが、自分が地獄を作りあげるのだから世も末なのだろうと高杉は胸の内で納得し直した。
第七師団は流石に戦闘部族だけで構成されているだけあって動きが素早い。夜兎の強さを見せつけられたようでそれが殿を引き受けていた高杉を大いに煽る。土台戦力が出鱈目すぎるのだ。そもそも崖を崩してくる奴があるかと内心一人ごちながら高杉は刀を振るった。咄嗟に囲んで来た敵を高杉は切り捨てる。武具の間に刀を通すのは難しいが不可能では無い。僅かな隙間から高杉の刀が滑り相手を同時に三人程切り捨てた。
それに聲を上げたのは神威だ。高杉が面白いことになっている、と万斉伝手で耳にして直ぐ様今回の黒幕を粛清した後、こちらに向かった。成層圏に留まっている高杉の旗艦に居た万斉に話を聴けば現在の状況は非常に悪いが生きているということは確認した。
星の環境は幸いにも神威達に好条件だ。高杉達には悪条件でも夜兎にはこの上ない。この状態なら雨さえ気にならなければ傘も不要なのだ。これ以上の条件があるだろうか。夜目が利くので暗がりも苦にはならない。だからこそ神威達にこの仕事が回ってこなかった。敢えて上が高杉の鬼兵隊にその仕事を回したことに神威は内心苛立った。己の獲物を好きされるのは神威は好きでは無い。
まして相手は高杉だ。まだ借りを返したわけでも無い、高杉は一応は神威の命の恩人であるのだ。そしてその高杉は現在神威の最大の関心事だ。高杉と褥を共にしたのだって一度や二度では無い。その高杉に手を出されたのだから当然神威は面白くなかった。
不機嫌な笑みを浮かべる神威に焦ったのは阿伏兎である。元老側に圧力をかけて黒幕を切り捨てさせ、神威が粛清をし、そして混乱する組織をどうにか納得させこの星まで飛んできたのだ。文字通り飛んで。恒星間ワープを繰り返した所為で神威の旗艦のエンジンは火が噴きそうなのである。そして到着して状況を確認するやいなや神威は高杉が居るであろう地点を割り出し星に降下して最短距離で進路を取った。最短というのは勿論『最短』だ。文字通り山と崖を崩しながら神威は真っ直ぐに高杉の下へ直進したのである。
そうして出遭った高杉は汚れていていつもの雰囲気とまるで違う。十日も雨風に晒されれば髪は濡れているし、衣服も何もかも血飛沫に染まり黒ずんでいる。珍しく高杉はいつもの軽装では無く、裁着袴を着ている。黒い丸合羽はマントのようでそれが神威の興味をそそった。
こうして汚れていてもこの男は目に収める価値があるのだと堪らない心地になる。戦場で見る高杉はカクベツだ。
神威は喉を慣らし、それから先程まで不機嫌だった気持ちを少し上昇させ目の前にあった戦車を叩き飛ばす。
そしてその周囲にいた敵を掴み武器を奪いその武器で相手を刺した。神威が戦車と囲んできた五人を殺している間に高杉もどんどん殺していく。呆気ないほどに紙を斬る様に高杉の刀捌きに狂いは無く、見事だった。目で捉えられるが同じことを神威ができるかと云えば難しいだろう。そういう達人の技が其処にはある。
詰まらない筈だ。弱い敵。弱いやつばかりだ。
けれども高揚する。隣にこの男が居るだけで高揚する。
( やりたい )
今直ぐ殺したいのか、或いは犯したいのか。
本当に堪らない。神威が高杉を見遣れば高杉は挑発的に神威を視た後で、「死ね」と聲に出しながらまた敵を斬った。
それが己に向いたものなのか或いは目の前の敵に向いたものなのか。
叶うのならそれが己に向いていればいいと神威は想う。
高杉の殺意も、気紛れに在る優しさも何もかも己の為に在ればいいと神威は想う。
この感情が神威は何なのか知らない。知りもしない。けれども掴みたい。離したくない。
俺はこれがいい。

燃えるようだ。まるでこの身が端々から焦がされていくような感覚に神威は慄えた。

高揚する。
この上ない殺戮の中で、血飛沫を浴びながらこの男との地獄が此処にある。
これがずっと続けばいい、永遠に終わらないで欲しい。
詰まらない退屈な時間はもう無い。
この男を知ってからそんなものは吹き飛んだ。
そして目の前で敵を、兵器をなぎ倒す神威を視て高杉も喉を鳴らした。
喉はからからで、指先は慄え、唇も渇いている。なのに興奮して止まない。
圧倒的な力で敵を薙ぎ倒すその化物が良い。
夜兎。宇宙最強の戦闘部族の子供。
美しい化物。殺すことしか知らない純粋な生き物が愛おしい。
神威と高杉は互いに目線を遣りながら口端を歪めた。

全く以って最低だ。
この最低の地獄の中で、こいつだけはいつか己で殺してみたい。
或いは今すぐ交わりたいのかもしれなかった。

「全くあんたは堪らない」
「全くてめぇは堪んねぇや」

獣が二匹、交わる様に吼え叫ぶ。
火が点いたら最後、止まんねぇ。全くこれは、


04:堪んねぇや

お題「甘い囁き」

menu /