「今日は星が降るから航行は出来ないって」
面倒だよね、と笑みを浮かべたのは神威だ。
高杉は神威に目線を遣りながら煙管の煙を天井に向けて吹きかけた。
高杉と神威が滞在しているのは春雨の拠点の一つである南星ステーションと呼ばれる場所だ。
補給と星図の確認の為に寄った先に神威が居た。珍しく引き留めるから何事かと思えば成程、神威はこの流星群のことを事前に知っ ていて高杉を引き留めたのだろう。
これで一昼夜は高杉を此処に逗留できる。あのまま神威が高杉を引き留めずに出れば無事出航できてこうはならなかった筈だ。
「知ってやがったな、クソ餓鬼」
高杉が揶揄するように神威に目線をやれば、神威は愉しそうに微笑みそれから高杉の機嫌を取る様に酒を取り出した。
「阿伏兎のとっておき、くすねてきた」
「ひでぇ上司だ」
高杉がそれを受け取ると神威は高杉に向かって杯を差し出した。
どうせなら星を眺めようと神威の旗艦の展望デッキに案内され、其処で酒を交わす。
神威にしては気が利くその様に高杉は漸く溜飲を下げる。
足止めは癪だがどうせまだ宇宙だ。この星の世界に高杉は身を留めなければならない。
次に地上に戻るのは万斉が今進めている話に折り合いを着けた時である。
ならばこの時間も然程無駄では無いかと高杉は思い直し神威に付き合うことにしたのだ。

「地球ではどう見えるの?」
地上で降る星を見たことが無いのだという神威が問う。
宇宙を放浪し続ける夜兎らしい質問であったが、それをどう伝えればいいのか、高杉は言葉に躊躇した。
流星群が降る。
幾つもの星が流れるのだ。
幼いころにも一度今は遠くへ逝って仕舞ったあの人と観た。
餓鬼らしく歓声をあげて皆で見上げた夜空に線を描いた流星をただ眺めた。
花火よりも細やかでまるで地上に落ちる光のようなそれ、いくつもの光りを放ち筋が流れ落ちる。
その時間は永遠の様だった。
今はもう届かない過去の話だ。
「ただ夜空に筋がいくつもあるだけだ」
大したことじゃあるめぇよ、と高杉が云えば神威は肩を竦めた。
「まあそんなものか、ただ宇宙の塵や星の残骸が飛び交ってるだけだしね」
あっさりと云う神威の言葉に高杉は口を閉ざす。
口を閉ざした高杉を気にも留めずに神威が更に言葉を紡いだ。

「でも俺は高杉と此処でそういうのを一緒に観れるっていうのがいいのさ」

ただの下らないこと、星の残骸が飛び交うだけ。
けれども神威はそれが良いのだと云う。高杉と共に在るからそれが良いのだと。
その言葉に高杉は僅かに視線を揺らした。
神威はいつもそうだ。
いつもそうして高杉が仕舞いこんで戦場に捨ててきたものを拾ってくる。
こうして懐かしい過去の残滓を見せてくる。
滅び去ったいくつもの過去を、苦しみと後悔と憎悪ばかり残るその中で僅かに光っていたものを高杉に見せる。
星の中には既に滅んで無くなった星もあるのだという。
地球に届くのは何億と云う途方も無い時間がかかって、滅んだ星の光は滅んだ後も地球から見えるのだ。
ならばこれは何なのか、過去にあった光は疾うに潰えたと云うのに未だにそれが高杉を動かす。
この光は既に失くしたもの。高杉が遠い昔失った筈のものなのに、未だ光は此処に届く。
その光が此処にある。
神威がこうして無邪気に高杉に言葉を告げる時、こうして高杉の指に触れる時、その光が在る。
眩しい程の強さと雄々しいほどの若さを以って神威は高杉に近付くのだ。
辛かった時代に確かに在った優しかった何か、懐かしくも美しい日々の欠片を高杉に見せ、これは何だと高杉に問う。
その感情が何かを知らない癖に、否、知らないからこそ、神威は純粋で無垢な感情を向けて、問うてみせる。
それが眩しい。
高杉は時折神威と居ると息を呑むような苦しさと眩しさを感じる。
光だ。
それは光、その名前を高杉は知っている。
知っているがそれがこの餓鬼だなんて高杉は認められない。
認めるわけにはいかない。
「今日は何の話をしようか?」
謡うように子供に紡がれる言葉はまるで千夜一夜のようだ。
夜毎彼は彼の見つけた輝かしいものの話をする。世界中の美しいものを集めてはしゃぐ子供の様に。
星の光の下で、陽の光を浴びれぬ二人が夜を過ごす。
ならば、と思う。

「お前の話を」

感情を知らぬ子供が高杉に触れる。
触れる先から伝わるものは何なのか、その答えを高杉は確かに知っている。
出遭わなければよかった。お前など知らねば良かった。
騙せれば良かったのだ。
そうするにはあまりにも互いに真っ直ぐすぎた。
酷い生き方ばかりを互いにしている筈なのに、何故こうも此処だけが真っ直ぐなのか。
その透明で純粋なものを高杉は穢すことが出来ない。神威もそうなのだろう。穢せないが故に、互いにこの関係においてのみ酷く清廉で誠実だった。
いつか裏切ることが解っているが故に、或いは汚すことが出来ぬのかもしれない。
裏切っても、その感情だけは本物であったと揺らぎなかったとする為に。
これが千夜一夜と云うのならこれは全てを失った者と力しか知らぬ子供の話。
例えば千の夜があれば此処に在る何かを癒せるのか、或いはこの子供が傍に居ればそれが取り戻せるのか。
全ては遅すぎたこと、何もかも手に入らないものの話。
手にした砂がさらさらと零れ落ちるように最早己には何も手にできぬのだ。
けれども想う。せめてその零れ逝く砂を握り締めれば、一握の砂がこの手に残るのではないかと。
残った砂は高杉の手の中できらきらと輝くのだろう。
紛れも無くそれは真実であったのだと、知らしめながら、その残った砂だけがこの想いを知るのだと高杉は想いながら降る星の海を見上げた。


20:その光はきっとお前なのだろう

お題「千夜一夜」

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