※パラレル。妖怪もの。


世の中どうでもいいことばかりである。
神威は常々そう思っている。こうして往来を歩いているだけで因縁を付けられて路地裏に押し込まれてもその見解は変わらない。
「それで?」
何?と煩わしげに神威が問えばそれが一層相手を刺激したのか今にも襲い掛かってきそうな勢いだ。
数は五名。たいした数では無い。
「てめぇ、よくもウチの頭を・・・」
「頭って何処の?悪いけど多すぎてわからない」
挑発するように神威が云えば今度こそ相手が襲い掛かってきた。
神威の日常は此処にある。笑みを浮かべ衝動のままに神威が拳を揮えば殴りかかってきた一人が壁に飛んだ。
「神威ィ!」
激昂した男がナイフを取出し神威に向かってくる。
そのナイフを避けながら神威が相手の後頭部を掴み膝を顔面に入れた。
直ぐ様三人目が神威に向かってくるが腰を落して腹に向かって拳を入れれば相手がのた打ち回って地面に血と吐瀉物を吐く。
いつもの景色だ。何の感慨も無く神威はそれを見つめる。
正直飽きてきたところだ。少しは骨のある奴はいないのかとさえ思って仕舞う。
そうして骨のある奴を阿伏兎に探させては神威が叩き潰しているのだが、今回はその御礼参りということだろう。
四人目と五人目がナイフを取り出す。全く莫迦の一つ覚えかナイフだ。稀に銃を持ち出す莫迦も居たがそれも神威に傷を負わせることは出来無い。
そのナイフを避けながら神威が路地の奥に後退する。
この路地の奥は少し開けていて円状の空間がある。要するに其処の方が動きやすいのだ。
誘う様に奥へ移動しながら振ってきたナイフを神威は足で弾いた。
弾いた方向にふと神威は眼をやる。
突き出される拳を避けながらまるでそれはスローモーションのように見えた。
猫だ。
真っ黒な猫がナイフの落ちる先に居る。
まるで気付いた様子も無く、陽だまりの中で毛繕いをしている。
あ、と神威が思った時には身体が動いていた。
頬に痛みが奔るがそれも気にならない。
猫に落ちる寸前のナイフを素手で掴み神威は咄嗟に一人の胸を足で押し、それから身体を回転させて掴んだナイフを手にし相手に向けた。
「もう終わり?」
頬とナイフを素手で掴んだ為に掌から滴る血を気にも留めずに神威が悠然と微笑みながら問えば男達は慌てて逃げ出した。

「ふう」
神威はそれを見届けた後に地面にナイフを放り出し、なんとなく助けた猫に目を遣る。
何かの事故か闘争の末か猫の左目は潰れているようだった。試しに猫に指を差し出してみるが所詮は野良猫、懐く筈も無くつん、とそっぽを向いて猫は路地の奥へと消えて仕舞う。
別に助けたくて助けたわけでも無くただの気紛れであったがあまりのつれない態度に神威は肩を竦めた。
これでは助け損した気分だ。
神威がその猫を助けたのは偶然のことだ。普段なら気にも留めないただの気紛れ。
動物に見返りを求めても仕方無い。
神威は立ち上がり頬の血を袖で拭った後往来へ戻るべく路地を出た。

問題はその後である。
神威が下宿している町屋に戻れば見知らぬ男が居るのだ。
黒い濡れ羽のような髪に細い身体の酷く顔の整った着物の男。
「あんた、誰?」
まさかヤクザ者に手を出したかどうか神威はそんなことを頭の隅で考えながら少し警戒して男に問う。
すると男は神威に「高杉だ」と名乗った。
「高杉晋助、」
「それでその高杉が何の用さ?」
そう、別に名乗って欲しくて問うたのではない。此処は神威の部屋であり、この男の部屋では無い筈だ。
まして大家でも無い。高杉と名乗った男は完全に不審者である。
そしてその不審者には決定的に不自然な点がある。
「俺、猫耳萌えとか無いんだけど・・・」
ぴょこ、と男から生えているのは耳だ。
黒い耳。後ろを見れば尻尾もあるらしい。本格的な装備ではあったが神威にコスプレの趣味は無い。せめて女なら好かったが色男であっても相手は男である。どうしろというのだ。変態なのかと訝しげに神威が高杉を見れば高杉は居丈高に神威を見下ろし云った。
「無論、俺は猫だからな、これでも三百年生きている猫又だ、お前には先程助けられた、別の俺だけでもどうとでもなったがどうせ暇をしていたからな」
べらべらと高杉が語りだす。その内容は荒唐無稽にもほどがある。
「猫又?妖怪とかの?」
いかにも、と高杉は頷く。そして猫の姿に戻った。驚き神威が絶句していると目の前にはあの猫だ。成程確かに神威は先程黒猫を助けた。お蔭で神威は喧嘩で初めて傷を負ったのだ。
単なる気紛れであったが、まさか猫が訪ねてくるとは思いもしなかった。
「暇をしていたから何なのさ?」
そう、猫が暇だから何だと云うのだ。恩返しに強い相手でも呉れるというのか。
「礼に来たまでだ。俺がお前の伴侶を探してやる」
猫の姿で高杉が言葉を紡ぐ。たった今まで神威は猫が話せるなど知りもしなかったので思ったことを口にすれば「全ての猫が話せるわけじゃねぇ」と高杉に云われた。妖怪の類になるまで長生きしなければならないのだと高杉は云う。そして高杉は言葉を続けた。
お前の相は女に縁が無さ過ぎて血統が途絶える、と高杉は神威に告げたのだ。
正直余計なお世話である。
猫である高杉は耳をぴくぴくと動かし、尻尾を退屈そうに揺らしてからこれがさも己の役目と云わんばかりに神威を見つめた。
「・・・つまりあんたは俺があんたを助けた礼に俺の伴侶を探す為にわざわざ来たわけだ」
神威が確認の為に問えば高杉が頷いた。
暇潰しだという高杉の様は見るからに傲慢である。
その傲慢さがいつもなら鼻につく筈なのに神威はそれ以上に高杉への興味がそそられた。
神威が猫の姿の高杉に手をやれば矢張り最初に会った時の様に避けられた。
その様が誘うようで、奇妙な色気をこの猫に感じて神威は笑みを浮かべる。

退屈だ。
退屈なのだ。
これが居れば退屈も紛れるかもしれない。
「じゃあさ、なんか強い妖怪とか紹介してよ、叩き潰したいから」
「妖との婚姻を希望するか・・・仕方ああるめぇ、いくつか見繕ってやる」
その後に神威は結婚相手を探すと称しては強い妖怪相手に存分に力を揮い、高杉はその隣でそれを援護した。
神威が苦戦すれば助言をし、怪我をすれば傷を治す。一人と一匹のタッグの完成であった。
後に最強の妖怪退治屋と云われる神威の誕生である。
意図せずして神威は妖怪の間で伝説を築きつつあった。
以降、黒猫を連れた男には決して関わるなと妖怪世界でまことしやかに囁かれるのはその為である。

「もう俺高杉と結婚するでいいかもしれない」
何度となく神威は高杉にも戦いを挑んでいるが高杉は神威にとって遣り辛い相手であった。
強い相手と戦いたくて結婚相手を探すという名目で高杉に強い妖怪の在り処を聴いては飛び回る日々であったが、肝心の高杉とは戦ってもいつも引き分けるのだ。
それに高杉は心地良い。今では触れても逃げなくなった。高杉の黒い毛並みに指をやれば高杉は身体を摺り寄せる。
人間の姿になっても高杉は酷く神威の中にある何かを刺激した。いっそこれが傍にあればそれでいいとさえ神威は思っている。
あくまで伴侶を探すという名目で高杉が神威に着いて回ると云うのならいっそのことこの猫を伴侶としてはどうかと神威が云えば、黒猫は意味ありげに笑みを浮かべ、にゃーんと啼いた。


19:退治屋神威

お題「捨て猫」

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