房事でのことだ。
神威の居室だった。特定の住居を持たない神威の根城は春雨第七師団の旗艦にある。
その日の褥は高杉の居室では無く神威の居室であった。
房事の殆どは高杉の部屋であったが神威の部屋の時もある。
タイミング的にそうなったとか、神威が引き摺り込んだとか、そういった理由で今回もそうだった。
故に神威の部屋でも煙管が吸えるように神威が取り寄せたと云う煙草盆も置かれている。
時折それを神威が吸っているかと思うと似合わなくて笑みを洩らしそうになるが、神威のその素直さを高杉は嫌いでは無い。
嫌いでは無いので今もこうして神威の部屋のベッドの上で交わっているわけだったが、今日はどうにも勝手が違いそうだと高杉は神威を受け入れながら目を細めた。
神威は今高杉の上に覆いかぶさっている状態だ。
高杉の脚を抱え己のものを高杉の中に穿っている。
痛みはある、行為の中に常に痛みはあったが高杉はそれを嫌いでは無い。
その痛みが心地良い。どんなに甘美な言葉を並べられようと、どれほど尽くされようとやる事は同じなのだ。
生々しいそれ。男が男に、気が狂っているとさえ高杉は思っている。
時代の所為か、宿業か、高杉はそういうことに人生で出くわした。行為に嫌悪はあるが必要ならば別に厭わない。
これはただの手段にしかすぎないと割り切っている。勿論相手が女であるに越したことは無いが、金のあるイかれた年増の婆と寝るのと年端も無い美少年に犯されるのではどちらも高杉にとっては大差は無い。
大差は無い筈であった。その筈だ。
なのにどうして何度もこの子供と寝るのか高杉は考えあぐねている。
否、考えるのは危険だから行為に逃げるように思考を止めているに過ぎない。
神威は不思議なほど高杉に対して誠実であった。
かといって神威は高杉に愛を囁くことも、高杉を乞うこともしない。どちらかと云えば迷っている。高杉と己の間にあるもの、その根底を探すように神威は高杉に触れた。近すぎず、遠すぎず神威は高杉との距離を保つ。
ずけずけと高杉の内に土足で入り込んでくる癖に、高杉を奪わない、欲しい癖に我慢する。そして高杉に慎重に触れるのだ。あまりにもアンバランスなそれ、神威のその様に気を取られていつの間にかこうして高杉は神威と寝る回数が増えた。
その矢先のことだ。

ふと殺気を感じ高杉が目を細めた。
その前に神威が動く。
「何、覗いてんのさ」
天井から繰り出された槍を掴み神威が高杉の中から己を抜いたのはほぼ同時だ。
灯すには少し暗い室内灯が不安気に揺れる。
「仕損じたか・・・第七師団団長、神威」
暗殺の手合いか、敵である。
暗い天井の隅から姿を現したそれを見据えながら高杉は羽の枕に背を沈めそして煙草盆を引き寄せ煙管に火を点けた。
「邪魔・・・しないでよね、いいとこなんだから」
揺らりと室内灯が揺れた。
神威は先程までの機嫌とは打って変わって顔に笑みを浮かべ殺気を露わにする。
高杉は手持無沙汰に煙管を燻らせそれから脚を立てて神威を見た。
「おい、どうするのかは手前の勝手だがさっさとそいつを殺るか俺と犯るかどっちかにしろ」
鬱陶しそうに高杉が目線を投げれば神威は笑みを浮かべたまま詫びた。
「ごめんごめん、直ぐ再開するからさぁ、ちょっと待ってよ」
正直高杉にとってはどうでもよい展開だ。
先程から一族の恨みだのどうのと男が云っているがそれも天人のこと高杉にとっては膜の向こう側の話だ。
どうでもいい。
神威もそうなのだろう。殺した相手を一々覚えているような餓鬼では無い。
その男は生き延びてただ神威を殺しに来た。それだけだ。
勝敗は一瞬で着いた。
男が剣を抜き、そして一瞬の内に神威がそれを折り男の頭を叩き潰して終わり。
血飛沫が部屋の壁に飛んだ。
神威はその血を床に脱ぎ捨てた衣服で拭きながら高杉に向き直る。
「さ、再開しよ、それともこれ片付けた方がいい?誰か呼ぼうか?」
笑顔のまま問うてくるその餓鬼が堪らない。
裸で血を拭いベッドに上がってくる餓鬼に高杉は口付けをしたくて堪らなくなる。
「手前は地獄に居る時が一番イイ顔をしやがる」
それなら、と神威は笑みを浮かべながら高杉に唇を寄せた。
耳元で囁くように、餓鬼が秘密を告げるように。

「なら、その地獄で天国魅せてよ」

室内灯が揺れる。
揺れる影はまるで蝶のようだ。ひらひら、ふらふら何処へ逝く。
逝く先は地獄か天国か、それさえもどうでもいい。
必要なのはこの熱だ。
燃え盛る熱に呑まれるように高杉は再び己に穿たれる灼熱に喉を鳴らした。


16:密事ひとつ

お題「夜の蝶」

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