※連作の方の設定に乗っているので神威が童貞だった設定です。


神威からすれば高杉晋助という男は『初めて』である。
何もかもが初めての男。
神威が戦闘以外の理由で他人に対してこれほど関心を持ったのは初めてであったし、他人を知りたいと思ったのも初めてである。そして己の内に芽生えたあらゆる感情を神威が理解したのも初めてであった。口付けも、セックスも何もかも最初の男。
それが高杉である。
けれども未だに神威は己の内にある感情の答えを識らない。
それが何なのか余裕ぶって見せているが実際のところ必死に手を伸ばしてそれが何なのかを知りたいと思っている。
高杉を殺せないのは何故なのか、どうして高杉を知りたいのか、高杉を手にしたいのか・・・何故この男なのか。
或いは高杉をこの手に捕えて高杉を攫って仕舞えば満たされるのか・・・けれどもそれは駄目だ。
それはしてはいけない。
神威は有りの侭の高杉が良いのだ。
だから壊せない。鬼兵隊という組織の長、最後の侍、世界を壊したい男、そのままの高杉でなければきっと駄目なのだ。
あの孤独な男、悲哀と憎悪の苦しみの中でもがくその様が好い。高杉はそうでなければならない。その苦悶こそが神威の知る高杉なのだろう。その苦しみからさっさと解放して己の地獄に高杉が来れば良いとも神威は想う。けれども今はまだその時では無い。
いつか神威の手で殺すのか、それとも高杉は別の場所で死んで仕舞うのか、どうせなら己の腕で果てて欲しいとさえ神威は思っている。
己の身に初めて露出したその執着に神威は矢張り驚いた。
高杉と居ると驚くことばかりだ。何もかも新鮮で退屈しない。
だから神威は常に高杉の様子を伺う。獲物を狙う肉食獣のように高杉の動作の一つ一つから目を離さない。
一瞬でも隙が出来れば奪うつもりで、高杉を知ろうとするのだ。
それでも高杉は油断ならないもので神威が一瞬目を離せばふらりと何処かへ行って仕舞うのが常だった。

「いない?」
「先程までは居られたのですが・・・」

神威が高杉の居室を覗き込んでも何の気配も無い。
わざわざこちらは任務を終えて高杉の船が停泊していたので報告もそこそこに飛び出してきたと云うのにあんまりである。
不貞腐れながら高杉付きの男に自分で探すと伝えそれから神威は勝手知ったる高杉の旗艦の艦内を歩き出した。
「高杉の行きそうなところ・・・」
高杉と遭遇した場所をいくつか覗いて見ても高杉の姿は無い。
食堂を覗いて見ても美味しそうな匂いがするばかりで矢張り高杉の姿は無かった。
腹心の万斉は地球に降りているらしいから何かの相談中という線も無い。
ならば、と神威は甲板に上がってみた。
ドッグからでも見上げれば宇宙だ。他の船の出入りも多い。神威の第七師団の船三隻も停泊してあった。
不意に気付く。高杉だ。
旗艦の屋根の上に居る。
甲板を軽く蹴って其処に飛び移れば高杉は神威の姿を一瞬見たあと己の手にある酒瓶から猪口に酒を注いだ。
「捜したよ」
「呑むか?」
差し出された猪口はまるで神威が来ることを想定していたように最初から二つある。
「高杉には敵わないなぁ・・・」
猪口を受け取り神威は高杉の隣にどかりと座り注がれた酒を一気に煽った。
「きついぞ」
「本当だ、いつもより濃い」
高杉がちびちびと舐めるように酒を啜っているのはそういう訳の様だ。喉越しが良いというよりは口に含んだ時にかっとなるような酒だ。どうせ直ぐに体内で分解されて仕舞うので夜兎である神威にとっては酒の濃い薄いはあまり関係の無いことであったが、それを口にすれば高杉に風情が無いと云われるだろうとこの高杉との付き合いの中で察しはついているので神威は黙って注がれる酒を受け取り今度はそれを少しだけ口に含んだ。
「月は無ぇんだな」
「ああ、地球の衛星だっけ?母星があるとそういうことを想うんだ」
神威にはわからないことだ。故郷を捨て戦場から戦場へと放浪する夜兎にはその概念はあまり無い。
懐かしいのだろうと推測はできるが、矢張り高杉達侍の考えや感性は神威にとっては程遠いものであった。
「月がそんなに恋しい?」
「俺の星じゃ兎が住んでるなんて云われてたな」
「兎ねぇ、俺達みたいなのかな」
「・・・さァな」
高杉は不思議だ。こうして会うといつも新鮮な気持ちになると共に当たり前のようにこの場に馴染んで仕舞う。
まるで飢えて枯れていたものが満たされる感覚に神威はいつも苛立ちと安堵を覚える。
「高杉はどうして夜兎じゃないんだろう」
同じであれば良かった。高杉はいつも何処かへ行って仕舞う。
夜兎であれば共に放浪もできただろうが、高杉は地球種の人間でサムライだ。
侍は侍である為に信念や理想が必要らしい。そしてその誇りを持って戦うのだという。
神威にはまるで理解できぬそれ。けれどもそれを高杉らしいとも思う。
この男にはこの男の領域があってその地獄は高杉にしか作れない。
ひらひらと蝶のように着物をなびかせ高杉はそのうち逝って仕舞うのだろう。
それを想えば捕えることはできずともこの男に首輪の一つも着けたい心地に駆られる。
「髪洗ってよ」
高杉の癖だ。高杉は神威の髪によく指を通す。撫ぜられるそれが心地良いから神威はいつも高杉の好きにさせる。
だから高杉が神威の髪の手入れを気紛れにすることも多かった。神威はそれが嫌いでは無い。
この手がいつもあればいい。いつまでも此処にあればいい。
あらずとも、首輪があれば高杉の居場所がいつもわかるのに。
紐を辿って直ぐにこの男を見付けられる。
( でもそれも我慢 )
してはいけない。
実力行使に出ればこの男と己の均衡が崩れて高杉は神威を見限るだろう。
神威の敏感な嗅覚は本能的にそれを悟っている。
それならば首輪をつける前にこの男を力で奪う以外に神威には選択肢が無い。
このぬるま湯のような関係は終わって仕舞う。
( それも勿体無い )
それが惜しいと神威は想っている。
此処には神威が探し求めているものがある。
高杉に求めているものがきっとある。
だからまだ壊してはいけない。
こうして宇宙の最中、高杉と酒を交わす今この時を堪能したい。
( 奪ってはいけない )
この手が、その指が己に絡むこの瞬間だけで満足できるように。
口付け舌を絡め、その身体を貪ることで己の衝動を誤魔化しながら、我慢する。
( 殺したいのか、犯したいのか )
己は一体この男の何が欲しいのか。
己の指で舌で高杉の肌をなぞり神威は想う。
高杉に指を絡めながらそっと目を閉じる。
沸き上がるのは情。透明な尊い何か。
この男と口付ける瞬間いつも感じる透明なうつくしいもの。
それが、欲しい。
( 俺はこれが欲しい )
切実に願うのに、手にする方法がいつもわからない。
ならば奪えばいいのか、殺せばいいのか、或いは他の方法があるのか。
でももしそれを手にできるのなら、この男の全てを手にできるのなら矢張り首輪を着けよう。
それができたのならどれほどいいか。
「ねぇ、いつか俺のものになってよ」
答えは無い。
答えは無いが、代わりに男の唇が神威のそれに重なった。
それに満たされながら神威は想う。
いつかこの男に、誰の物にもならぬこの至高の男に首輪を着けられるのなら何色が良いだろうと、そんなことを想うのだ。

けれども神威は知らない。
その後神威と互いの仕事で別れて一人廊下を歩いている時に高杉は己の着物に付いた珊瑚色の長い髪を一筋見つけて、それに指を絡めたことを。
そしてその髪にそっと唇を寄せたことを神威は知らぬのだ。


11:髪一筋

お題「傍に居て」

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