高杉は長風呂である。 勿論攘夷戦争中はそんな贅沢など味わえなかったが、テロリストとして身を窶した今でも潜伏先だろうが、何処であろうが時間が許せば長湯をするのが常であった。 その長湯に最近連れが出来た。 神威である。 幾度か高杉が見兼ねて神威の血塗れになった髪を洗ってやる内に身体の関係を持つようになり、結局こうして風呂も互いの時間が合えば共にするようになってしまった。否、神威が勝手知ったるという風で高杉に着いてくるだけとも云えたが、何にせよ、何かあっても何もなくともこうして二人でぬるい湯にだらりと浸かるのが心地良く悪癖となって仕舞ったのは確かである。 高杉が風呂に入ると云えばまた子が気を利かせて酒と少しの軽いつまみを盆に用意したものだから今日も長湯となるのは確定であった。 高杉が神威を連れだって艦内の大風呂に向かうのは既に周知のことだ。 最初こそ高杉の側近が騒ぎ立てたものだが今ではそれも無駄と察したのか、或いは高杉が何かを云ったのか、こうして高杉の後ろを神威が歩いて共に大風呂に向かっても誰も口を挟まなかった。 そして二人、風呂に籠れば一時間でも二時間でも出てこないというのだから下卑た勘繰りではあったが中で一体何をしているのかという非常に下世話な憶測が躊躇いがちに誰が云うでもなく連想されるのは致し方ないことであった。 何せ神威という異種族の男は宇宙海賊春雨最強の白兵戦部隊第七師団団長であるばかりかこの度阿呆元提督の騒動により提督の地位に上り詰めたばかりだ。見た目こそ少年であったが神威の強さは計り知れない。その神威が高杉に入れ込んでいるというのは既に誰もが知ることである。そんな前途華々しい若い男と鬼兵隊の頭である高杉が始終同じ部屋に居て尚且つ風呂まで共にするというのであるのだからただ親しいというだけでは既に誤魔化せまい。 当事者である二人は実際互いのことをどうにも思ってもいなかったが、周りはそうではない。この二人の距離はとにかく近いのだ。 その近さ故に完全に出来上がっていると思うのも仕方の無いことであった。彼等の無自覚な恋は周囲から見れば既に蜜月なのであった。 けれどもその日は運悪く、その疑惑の風呂場を目撃した者が居た。 攘夷浪士としては未だ日が浅く古参の者に比べると軽んじられる立場ではあったが、これも信念の為、地球を離れ慣れない宇宙での春雨の仕事もこなしその合間に掃除をする。そういった生真面目さを備えた若者であった。 風呂掃除の時に次の作業で必要なデータが入ったメモリを忘れてしまったのだ。 いつもは首にかけているが邪魔だったので脱衣所で外して仕舞った。高杉も使うとは云え風呂場はこの艦内には此処だけだ。 他の者も使う。まさか高杉が入浴しているとは思わず、彼は使用されていないだろうと脱衣所の扉を開けて仕舞った。 すると風呂場から話し声が聞こえるではないか。 目当てのものを見つける前に状況が理解できなかった若者は今我らの頭目が入浴中なのだと悟った。 まずい、と思いながらも足が動かない。 極度の緊張と、僅かに空いた浴室への扉から漏れる湯気に、その奥から聴こえる会話に釘付けになった。 「おい、手前んとこの人数少し貸せ」 「いいけど、欲しい人数云ってくれたら後で寄越すよ」 静かに響く聲は高杉、そして少し高い聲が神威である。彼等が常々何をしているのか、何を話しているのかは折に触れて主に酒の席で皆の関心を集めたものだが、多くは謎であった。その謎が今若者の前で明かされているのだ。 「あと元老が厄介な事を云ってきたんだけど、ほらあの前に落した星のこと衛星だったかな、その資源の話で面倒があって」 「想像は付く、簡単なことだ、お前が一言云ってやりゃあ収まるだろ」 浴室から漏れるのは皆が噂するようなものでは無い。 何のことは無い延々とビジネスの話をしているのだ。 作戦や今後の展開を、金銭がどうとか、期間がどうとか、介入するにはどうしたらいいかなど、彼等はその話をしている。 つまりこれはトップクラスの会談なのだ。 成程と若者は納得した。 此処ならば誰にも聴かれない。高杉が居ると知れば誰も入って来ないだろう。 これはお二方の作戦であったか。 若者は音を立てないようにそそくさと脱衣所を出た。 細心の注意を払って静かに戸を閉める。 出たところで廊下で河上万斉に出くわした。 「河上さん・・・」 「風呂に用であったか?今は晋助が居る筈だが・・・」 「忘れ物を取りに参ったのですが、今は邪魔をしない方が良さそうです」 「・・・であろうな、此処で見聞きしたことを漏らさぬように」 「心得ております」 若者は頭を下げてそそくさと去った。あの様子だと完全に誤解しているようだ。 万斉は深い溜息を吐きながら風呂への扉を見遣った。 こうなるのならいっそ高杉の部屋にも風呂を付ければ良かったと僅かばかりの後悔が残る。 ある意味神威という子供は高杉にとって最良のビジネスパートナーと成り得るだろう。 けれどもあの二人は距離が近いのだ。 そして疾うに万斉は気付いているがあの二人は素っ気なく風呂を出た時ほど中で致している。 致しているというと勿論ナニをだ。セックスに決まってる。 普段あれほど神威が高杉の周りをうろついているのだからわかるというものだ。 余所余所しい時ほど、致しているに決まって居るのだ。 さて今日はいつものように距離が近いのか、余所余所しいのか、果たしてどちらか。 「ほとほと、晋助の長湯には困ったもので御座る」 「ね、高杉、触ってもいい?」 「よくねぇと云っても触るんだろ」 「御名答」 降る口付けに舌を絡めながら高杉はふと浴室の扉を見遣った。 先程誰かが居たがこちらを邪魔する気は無いようなので捨て置いたのだ。 神威も気付いていたが無視した。 それが去ったので浴室でも勤しもうという腹か。 不埒に動く神威の指を好きにさせながら高杉は手にした酒の杯を煽った。 10:結果は余所余所しい。 |
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