「祭りっていうのも悪くない」 悪くない、と云いながら前を歩くのは神威だ。 神威は道々にある屋台で次々と菓子の類を買い込んでいる。 それを呆れた様子で殊更ゆっくり歩きながら後を追うのは高杉だ。 事の発端は神威の一言だった。 「祭りが好きなんだってね」 何処で仕入れたのかいつものにこにことした胡散臭い笑みでは無く神威は高杉の前では純粋な興味を示す子供のような顔で問う。 そうされると高杉は弱い。殺気を向けてくれればまだ対処のしようがあったが、この子供は高杉に対しては興味や関心といった類の感情を専ら向けてくる。そのうえ其処に慕っていると云っても差支えないような好意が介在しているのだから厄介だ。 そういう輩が高杉は嫌いではない。畏怖と尊敬の入り混じった感情を向けられることは常だ。高杉がこうして闇夜に光る灯となってからは常にそうだった。そうでなければ昔馴染みが高杉に向けるような後悔と懺悔と、輝きと苦味を含んだ何か、思い出にしかすぎない過去が高杉には付きまとう。けれども神威は違った。かつてあった何かのような眩しい感情を湛えて神威は高杉にそういう視線を寄越す。あまりに素直なそれに高杉は絆されつつあると自覚しつつも弱いのも確かであった。 「行くか?」 江戸であるという小さな祭。 夏は祭りが多い。今地球に用はなかったが、煙管の葉が無くなりそうだからと適当な理由を付けて高杉は神威と小型船で地球へ降りた。 ただ高杉の気が向いただけ。後で万斉が聴いたら呆れるだろうと思いつつも己の気紛れな行動一つに煙管の葉が切れたなどとつまらない理由を付けなければいけなかったことに高杉は内心苦味を覚える。 「面外さないの?」 「外すと面倒だからな」 高杉は狐の面をしている。 人に紛れるように面をする。これではまるで自分が異貌の者にでもなった気分だ。 否、己は既に異貌の者かと高杉は面の下で自嘲気味に笑みを洩らす。 じゃあ、と神威が手にしたのは兎の面だ。およそ愛らしいとは云えない類の面であったがそれを着ける。 食事をしやすい様に横にずらしてはいたが、何とも面妖な二人であろう。 まるで違う地獄に居る癖に今この瞬間だけはこの餓鬼と己は同じ生き物だという気がした。 「妙な二人ですね」 「ああン?」 山崎に云われて見てみれば確かに目立つ二人組が居る。土方は煙草に火を点け品定めをするようにそれを眺めた。 「確かに妙だがな、妖怪かっつーの」 「まあ祭りですから面を被った人も多いですし、」 そう云いながら山崎は祭りの男衆が着けたひょっとこの面を指差す。 成程、祭りだ。祭りなのだからそういう恰好も自然ではある。 「大丈夫じゃないっすか?普通に食べ歩きしてるだけみたいですし」 兎の面を着けた男が只管屋台のものを購入しては狐の面の男に見せている。 時折何かの相槌を打ちながらその二人が歩く様に土方は眉を顰めた。 警備の一環として真選組も駆り出されている。小さな祭りではあるがこれに乗じて悪さをする奴もいる。 主にスリなどの犯罪を取り締まる為であったが、妙な引っ掛かりを感じて土方は改めてその二人を見た。 「いや、やっぱり妙だぞ・・・」 「何がですか?」 山崎の呑気な回答に苛々しながらも土方は煙草の灰を携帯灰皿に落す。 「何がって云われると具体的には云えねぇがな・・・」 綺麗すぎる、と云いかけて土方は口を噤んだ。 そう綺麗なのだ。兎の面の男の方はどちらかというと子供染みているような仕草が多い。 綺麗な珊瑚色の髪を三つ編みにして透けるような白い肌が祭りの明かりの下でも目立つ。 その兎の面の男に付き合ってやっているのが狐の面の男のようだ。 男は粋な町男風の装いであった。商家の跡取りと云われればしっくりくるような雰囲気の男。 けれどもその男に土方は釘付けになる。綺麗だ。男に綺麗もクソもあるかと思うが、動作というかその男の動き全体が酷く洗練されている。そこから目が離せない。 妙だ、妙に何か惹きつけられるものがあの男にはある。 ただ綺麗なだけなら土方も気にも留めなかっただろう。どこぞの粋な若旦那が遊んでいるだけのことだ。 けれどもその綺麗さの中にぞっとするような何かがある。あの男を見つめるとまるで坩堝を覗き込んでいるような嫌な心地になる。 「おい、あいつら職質するぞ」 「ええー、面倒ですよう、藪から蛇でも出てきたらどうするンすかー?」 「その蛇を捕まえんのか俺らの仕事だろうが!」 山崎を小突きながら土方はその二人に近付いた。 それを笑顔で迎えたのは神威だ。 「悪ぃけどあんたら何処の人?」 「何?」 神威は面を着けたまま、口元だけが見えている状態だ。 目は見えないが隙間から土方達を目線で捕えている。 「あんた誰?」 「俺達は真選組だ。警察だよ」 「ふうん」 ふうん、と神威は言葉を返す。興味が無いように、目の前の屋台でりんご飴を買い求めた。 「それで、そのオマワリさんが何の用?」 「不審者を取り締まってるんですが、顔を見せて貰えれば・・・」 土方のぴりぴりした様子におずおずと山崎が言葉を足した。 その言葉に神威は「ああ、そういうこと」と頷き、宇宙最強の戦闘種族である夜兎にも近年配布された身分証を見せる。 海賊にも配布するというのだから呆れたものだが、職業の有無は関係ないらしい。絶滅危惧種である夜兎の数と生体を把握しようという腹なのだろう。宇宙の管理機構がそう決定したのだそうだ。最も他人が夜兎の何を決定しようと神威達夜兎はそれに一切の興味も関心も無い。邪魔なら潰すだけ。それだけのことだ。だから身分証など持ち歩く神威では無かったが出掛けるといえば阿伏兎が財布ごと寄越したのだ。こういった事態を想定したのか或いは手綱の代わりに寄越したのか全く出来た部下ではある。 「顔は見せられない、俺達夜兎が光に弱いのは知ってるでしょ?」 「夜兎・・・天人か・・・」 土方は神威の奥に控えて何も云わない狐面の男を見遣った。 先程から一言も言葉を発していない男はこの状況を愉しんでいるようにも見える。 「その男もか」 土方は高杉を指して問う。神威は笑みを浮かべそれに頷き「兄なんだ」と答えた。 「俺ぁ、夜兎を知ってるが、そいつはこの程度の光平気だったぞ」 土方が言葉を足す。不審を露わに面を取れと促す。 神威はそれも笑顔で交わした。どうせ地球にいる夜兎など限られている。鳳仙が死んだ今、神威のように流れて来たのでなければあとは一人だ。神威の妹である神楽である。 夜兎は希少だ。ましてこうして太陽のある世界で生活をするとなると有名にもなろう。 「それはこんな辺境の星に居るからじゃない?俺達は宇宙を流れてるから少しの光も慣れてないんだ」 「しかし・・・」 言葉を続けようとする土方を遮り神威は殺気を露わにした。 「これ以上そういう下らないこと聴くなら、管理局を通してから来てよ、俺達は別に殺し合いに此処に来たわけじゃない。偶々寄ったこの辺境の星の祭りってやつを堪能しに来たんだ、観光だよ」 観光だ、と笑みを浮かべる神威からにじみ出る殺気についに山崎が耐え切れず土方の袖を引いた。 「いえいえ、観光なんですね、すみませんごゆっくりー・・・」 「おい、山崎!」 叫ぶ土方を引き摺りながら山崎はそそくさと退場してしまう。 「あいつら絶対怪しいぞ!」 「怪しいですけど!相手は夜兎ですよ!土方さんだって夜兎はの万事屋の子だけじゃないって知ってるでしょ!前に地球に来た星海坊主だってそうですけど・・・!何かあったら俺達だけじゃ済まない、局長だって・・・!」 近藤の名を出されると土方は弱い。 怪しい。怪しいが今は捕縛できない。面を取らせることすら相手が夜兎では不可能だ。 あの背後の男は絶対に夜兎ではない。それが土方にはわかる。 山崎もそう確信しているのだろう。けれども暴けない。暴くためには手順を踏んで、こちらもそれ相応の人数を揃えて対処しなければならない。その為には踏む手順が多すぎる。こういう時役所仕事ってのは面倒だと、土方は舌打ちをする。 けれどもそうしなければいけない。そうしなければ近藤が辛い思いをするのだ。 目の前で人を殺したわけでも恫喝したわけでも盗みをしたわけでもない。怪しいと云うだけで手を出すには相手が悪すぎる。 兎の面の夜兎の男は土方達が背後の狐面の男に近付けば躊躇無く動いただろう。 土方達を阻止するためでは無く、殺す為に。 それがわかったから山崎は退いたのだ。 「天人ってのは俺達の道理が通じない相手もいる、それは副長だってわかってるでしょ、ありゃあそういう類ですよ」 わかっている。わかっているが釈然としない。土方は舌打ちしながら山崎の頭を強く小突いた。 「痛い!痛いですってば副長!」 「うるせぇ!」 屋台を抜けて神社の境内へと続く階段を上がる神威に高杉が言葉を漏らした。 「観光たぁな・・・」 「観光デショ、地獄巡りだけど」 振り返った神威は堂々と面を外している。 境内に上りきった頃には神威が高杉の面にも手を伸ばして、その顔を露わにした。 面も良いが高杉はこうして顔を晒している方が好ましい。褥の中ではその包帯の下も視れたが、それは此処では叶わないので神威はそうしたい欲望が疼くのを堪えた。 「殺した方が良かった?」 神威の問いに高杉は口端を歪める。 高杉がゆっくりとした動作で煙管に買ったばかりの葉を詰め火を灯し吹かせれば、ひゅる、と音が鳴り夜空に花火があがった。 「さぁな」 地獄。地獄だ。 こうして祭りの最中空に花火が弾けている瞬間でさえ、此処は地獄。 高杉も神威も地獄に居る。 地獄の中佇んでいる。 神威はその血の業故に地獄に立ち、高杉は全てを失ったが故にこの地獄に居る。 同じ地獄に居るのにまるで違う景色を見せるであろうそれ。 面ひとつで同じになった気でいても神威と高杉は違うのだ。 夜兎と人。 海賊とテロリスト。 戦闘狂と破壊者。 あちらの地獄とこちらの地獄。 地獄の彼岸と此岸。 違うのに高杉はそれを離すのが惜しいと思い始めてはいないか。 神威の真っ直ぐに向く透明なそれは高杉の地獄に何かをもたらした。 いつか終わる。高杉はこんな餓鬼に構っている余裕は無い。 その筈だ。認めない。認めるわけにはいかない。 けれども絡む。 指先が、そこから伝わる体温が、その情熱が、高杉を絡めていく。 「花火、綺麗だね」 言葉は返さない。 返せない。いつも真実などこの餓鬼に返せる筈もない。 この子供が求めるものを高杉は永遠に与えられないだろう。 だから理由が居る。煙管の葉が無くなりそうだから、気が向いたから、人肌が恋しかったから・・・。 理由は理由でしかない。結果は既に行動に出ているのではないか、けれどもそれを認めることが出来ない大人の自分に矢張り酷く苦味を覚えた。 けれどもつらつらと高杉はその理由を考える。いくつも、いくつも、自身に対しての苦味の数だけ、花火が見たかったから、夜風に当たりたかったから、祭りも悪くなかったから、いつか消えてなくなるものに何かを残したかったのかもしれない。 或いは、一瞬でもいい。この花火の様に、一瞬だけでも残したいものがあったのか。 絡めた指先から伝わる温度に溶かされるような心地に高杉は聲を上げる。 空には美しい花火、一瞬で消える儚い花。祭りの囃子に人の聲、その底に理由がある。 本当は、ただそれだけ、繋いだ指を離さないように、 「直ぐに弾けて消えらぁ」 08:その手から伝わる情熱が欲しかったから |
お題「夏と祭と打ち上げ花火」 |
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