「一週間寝てないんだ」
と云い放ち、窓から部屋に入ってくるやいなや高杉の隣に寝転び直ぐ様寝入ったのは神威だ。
京の隠れ家に降りていた高杉の居場所をどうやって突き止めたのか。
いくつもの潜伏先を持つ高杉を探すのはさぞ至難の業であったであろうと思うが概ねその苦労はあの見た目は粗雑だがそれなりに優秀な腹心の賜物であろう。
寝転んだ神威を見れば全身血塗れであり汚れていない場所が無いほどである。
やれやれこれは畳を替えなければならないと思うが、あまりの傷の酷さに高杉は寝転ぶ神威に手ぬぐいを差し出した。
「何を殺った?」
「鳥だよ、大きな鳥」
見れば神威のマントには羽が一枚突き刺さっている。
羽だけで神威の身体の半分はあるような大きなものだ。神威が仕留めたと云う鳥がどれほどの大きさか知れた。
「珍しい鳥らしくて、肝が欲しいだとかそういう話だったと思うよ」
「いい加減だな、手当はいいのか?」
「ああ、うん、平気。でも腕がもげそうだから固定するよ」
神威は億劫そうに高杉が差し出した手ぬぐいを受け取り横になったまま器用に包帯がわりに腕と肩を固定して丸まって仕舞う。
( まるで手負いの獣か・・・ )
野生のそれを連想させる仕草に高杉は気分が良くなる。
煙管に火を点け、その血の香りと共に煙を吸いこめばいよいよ心地良くなった。
思わず高杉が手を伸ばし神威に触れれば途端に神威は血塗れた目を開け周囲にぞっとするほどの殺気が満ちる。
普段は高杉に対してあまり見せないそれ。
こういう時この餓鬼は雄の獣なのだという確信が湧く。
「頭を乗せるだけだ」
手負いの獣は触れられると殺気を向けるのかとくつくつと笑みを零しながら高杉は神威の頭を持ち上げ己の膝に乗せた。
「今日は優しいんだ」
「俺ぁいつも優しいだろ」
砂と泥にまみれた神威の髪に指を通し、解してやれば神威は肩の力を抜いて高杉のするにまかせた。
瞼を切っているらしいのでそれも拭ってやる。神威が起き上がれるようになったら洗ってやらなければなるまい。
「ふふ、そうだね、高杉のそういうところ、俺はたまらないよ」
セックスする?と問われて高杉は笑みを洩らした。
「もう寝ろ」
夜兎である神威が食欲や性欲より睡眠を優先させる時は大抵傷ついている時だ。
そういう時神威はいつも高杉の隣で丸くなり眠る。
そんな神威を見ると獣の休息の様でそれに煽られないといえば嘘になる。
強烈な殺気を放つこの獣と媾いたい。
堪らなくこの男が欲しい。
殺し合いのような交わりをしてみたい。
けれどもそんな媾いより、今此処に横たわる静寂に高杉は眼を閉じる。
悪くない。
互いに欲望を押し殺しそうして此処にある静寂に身を委ね夜を過ごすのも悪くない。

いよいよ寝入ったかと高杉が神威の髪を撫ぜればぽつりと神威が呟いた。
「ああ、そうだ・・・鳥のこと・・・」
「鳥がどうした?」
「名前は確か・・・比翼の鳥だったかな」
「連理の枝でも持ってくるか?」
番いの鳥、空を飛ぶためには離れることのできない伝説の鳥。
「俺は二匹とも殺したよ」
二羽殺したのだと云う神威の言葉に高杉は言葉を返さない。
鳥は一羽残るより共に果てた方が幸せだったのか、どうなのか、共に果てたというのなら彼等の落ちた先には連理の枝。
離れることのないふたつの亡骸はその枝に刺さったのだろうと、そんなことを高杉は想いながら、この静かな夜に煙を燻らせた。


05:比翼の鳥

お題「手負いの獣」
※比翼の鳥=翼が一対の雄雌の鳥、飛ぶためには共に飛ばなければいけない。仲睦まじく離れられないものの例え。
連理の枝=漢詩「長恨歌」の一節。別々に生えた二本の木がくっついて一つになっている。

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