全く怖い男である。
常々万斉は高杉晋助のことをそう思っている。
高杉という男をプロデュースするにあたって御しえると思った時期もあったがこの男と付き合っていく内にその底の見えぬ様が恐ろしいとさえ思えて仕舞った。
御するつもりが己が御されているのだから高杉には初めからこうなることがわかっていたのだろう。
攘夷戦争末期に鬼兵隊を率いて戦った男。
それが高杉晋助である。
その男の生き様や狂気の淵を見ると万斉はいつもぞくりとする。
それが歓喜なのか恐怖なのか未だに上手く自分で線引きはできないが、万斉に云わせると高杉とは怖い男だ。

怖い怖い。
くわばらくわばらと云いそうになる。
ほんの少し前にもそんな場面があった。
宇宙最大のシンジケート春雨と手を組んだものの使われっぱなしで、組織内にはまた子のようにそれに対して異議ではないが心配する声もあがっていた。けれども高杉は揺るがず、春雨と手を組むに至る。勿論万斉もそれを支持したのだから当然と云えたが、高杉が求める結果に些か興味もあった。
幕府と春雨が繋がっている以上、高杉達幕府を転覆させたい攘夷派の存在は邪魔であろう。
一体高杉が今後どうするつもりかと思っていたら、神威だ。
春雨の中でも異色の存在である、宇宙最強の種族である夜兎だけで構成された第七師団団長である子供。
奴の上には春雨を統括する阿呆提督と元老が居る。阿呆と繋がりを持つかと思っていたが、土壇場で高杉は神威に着いた。
大どんでん返しである。誰もあの二人が組むなど思ってもいなかったので大番狂わせも良いところだ。
阿呆が神威を謀略に嵌めて処刑するところで、高杉が神威に着いて仕舞った。最も神威を殺せば高杉も危なかったのだから当然の結果である。そして神威が新たに提督の位置に収まった。力が全ての春雨の中では、時に利害より力がものを云うこともある。
そう、高杉は神威を手にしたのだ。春雨の中で利害より興味や力を取る子供を得て仕舞った。
春雨にとって高杉がいずれ邪魔になったとしても、神威がそうはさせるまい。
こちらは神威の命を救ったと云う事実がある。
結果として高杉は自身にとって邪魔な障害全てを神威に着くことで覆して仕舞った。
それさえも計算の内なのかと一度それとなく高杉に問うてみたが、高杉は曖昧に煙管を吹かすのみで明確な答えを寄越さなかった。
怖い、男だ。一体何処まで読んでいたのか。
けれどもその神威との関係が万斉には意外だった。
否、意外な方向に天秤が傾いたのだ。

現在神威と高杉の仲は親密である。
よくもまああれ程仲睦まじくなったものだと、万斉は感心すらしている。
夜兎だという異種族の子供。神威だ。
高杉が神威と寝るのは承知している。
寝る寝ないでひと悶着あったとは高杉の身の回りの世話をしている男からちらりと聴いたが、けれども万斉はそれを一時の戯れ、或いは高杉の気紛れだと思っていた。
高杉は取引の為なら相手と寝ることも厭わない男だ。
嫌悪はある。高杉とて男が趣味なわけではないのも万斉は承知している。けれどもそれ以上に世界への憎悪があの男を突き動かしている。己の利益になるのなら男と寝るくらいなんでもないとその昔この男は云った。
だから神威との関係もそうなのだと思っていた。
その筈だ。
その為にあの子供と寝たのだと万斉は思っていた。
けれども時折それに違和感を覚える。
神威と高杉はまるで蜜月だ。恋人の様に寄り添う癖に互いにそれが何かを理解していない節がある。
否、高杉はそれを既に理解しているのかもしれない。
ならば理解していないのは神威か。夜兎という種族は破壊に長けている分、そういった感情には酷く疎いように思う。けれども今高杉と神威のその関係は蜜月だ。なのに互いにはそうは思っていない。
直ぐ飽きるのだと思っていた。それは高杉も同じだろう。
子供の興味、それに尽きる。けれども事態は思わぬ方向へ向いて仕舞った気がする。
神威だ。
神威と名乗るあの子供。
今までの高杉の相手と何が違うのか、万斉は慎重にそれを観察した。
( 距離だ )
そう、距離だ。
神威と高杉の距離なのだ。
彼等の距離は肉体的には恐ろしく近い。
誰しも蜜月であると出来上がっていると疑いを持たないほど近い。
そう思っていないのは本人達だけで、彼等は傍から見れば完全に出来ている。
あの高杉晋助がこれほど近くに人を置いたのは初めてだった。
まして神威は人では無い。天人だ。
憎むべきその天人を高杉は己の身近に置いている。
その珊瑚色の髪に指を通し容姿だけは酷く綺麗な子供を己の膝に寝かせて、それほどに近い距離に神威を許している。
万斉でさえ高杉は気を遣う相手だ。
賢く、カリスマのある地獄の果てに生きる狂気の男。復讐に憑かれた鬼。それが高杉晋助の筈だ。
闇を持つものを引き寄せるそれ。神威も確かに高杉に引き寄せられたのであろう。
ただ惹かれただけなのなら、一時的なもので終わるか、部下に成り下がるかしただろう。
けれども神威はそのどれもと違って見える。春雨第七師団団長、そして提督になった男。
強い男だ。戦力的には申し分のないそれ。高杉は目的の為だけに神威を許したのだと思っていた。
そう思いたいのに、高杉の神威へ向ける僅かな情に万斉は気付いて仕舞った。
( 全く面倒事は厭でござる )
万斉は胸の内でひとりごちた。面倒事、そう、面倒事だ。
神威は距離が上手い。
獣のように高杉との距離を絶妙に保つ。
そして常に高杉に対してアンテナを張って何処までが許されるか本能的に識っている。逆に云えば高杉が厭だとか煩わしいと思う事の一切を神威は決して高杉に問わなかった。
だから上手いのだ。
万斉が神経を遣って高杉に問い質さねばならぬことを神威は自然とやってのける。
神威は高杉の中に切り込む角度が絶妙だった。或いはそれこそが高杉と神威は合ったということなのだろう。
だからこそ神威は高杉に許されている。
そしてその白い手を伸ばし、まるで恋人の様に高杉に触れる。
( まるで幸せのようなそれ )
莫迦莫迦しい。
莫迦莫迦しいと思うのに、あの孤独な獣に身を窶した男がそれで癒されるのならもう少しだけそのままでいさせてやりたいとも思う。
子供が水遊びをせがむように、いつまでもそうさせてやりたいと思う。
その程度には万斉も高杉晋助という男に惚れこんでいるつもりだ。
けれども駄目だ。
神威は危険だ。
いつかあの恐ろしく力の強い子供が、力で高杉をこの地獄から攫って仕舞うかもしれない。
万斉達が闇の中に見出した光をきっとあの獣が奪って仕舞う。
あの子供は危険だ。
遊びなら好い、一時のものならば尚のこと。
けれどもその情がもし本物だったら?あの高杉晋助が万に一つも有り得ないが、神威が真っ直ぐに高杉に向ける感情と同じものを神威に抱いてたとしたら?名も知らぬ感情の筈なのに惹き合って離れない美しい何かが彼等の間にあれば?
それでも高杉は己の地獄から離れられないのだろう。それも万斉は識っている。高杉は自身の殆ど全てを失っても尚執念で生きている。憎悪と悲哀だけが高杉を生かしている。
だから高杉は変わらない。それが未だに万斉が高杉を大事にする理由だ。彼の掲げた御旗は燃え尽きようと折れない。折れるわけにはいかない。
けれども、あの子供だ。神威。恐ろしく強い力を持つ宇宙最強の種。
あの子供が高杉を奪ったら?あの子供だけが成せる暴挙を起こしたら?
高杉もその危険は承知の筈だ。だから直ぐに離れるのだと万斉は思っていた。だからこそ身体でも何でも状況が有利になるのなら繋げばいいと思っていた。
なのに、状況は万斉が思っていたものと違う方向へ向いている気がする。
厭な予感だ。
これが厭な予感だと高杉はわかっている筈だ。
( 獣に身を窶したと思っていた )
それを知りながらも神威を突き離せない高杉に僅かに残った情に万斉はあの男は未だ人間であったかと、場違いな感心をした。
( あの男は未だ人でござった )
万斉が部屋の襖を開ければ、人と獣がふたり重なっている。
それを見ないふりをしてただ淡々と万斉は高杉に向かって言葉を告げた。
「晋助、時間でござる」
( 人か獣か、獣と戯れるのは憧れか、郷愁か )
( 或いは )
考えてはいけない。考えてはいけないのだ。
万斉が部屋に入れば彼等は身体を離しそして高杉はゆっくりと身を起こした。
この地獄の最中一時の休息を遮るように、高杉は神威から離れる。
怖い男。
その筈だ。
怖い、こわい、底の見えぬ男だった筈だ。
けれどもこれは何なのか、或いはどこまでが計算なのか、透明に繋がるようなそれに眩暈がする。
できるならそれさえも計算であってほしいと万斉は眼を閉じる。
( そんな純粋なもの疾く捨てて仕舞えと云えればどれほど良かったか )

僅かに絡む彼らの指先に、万斉は気付かぬふりをした。


04:くわばらに立つ

お題「年下の彼氏」
※くわばら=地名。大宰府に流された藤原道真が憤死して雷を落としたと云われているが所領であった桑原には落ちなかったことから。こわいこと。それを避ける言葉。

menu /