※家庭教師パラレル。12歳差。


物心つく前から決まっていた。
何がって勿論己と高杉のことだ。
神威と高杉は12歳差のお隣さん同士である。
元々高杉の家があった隣に越してきたのが神威の家だ。
母は神威を産んで直ぐに亡くなったが、神威はこれといって寂しい思いをしたことが無い。
勿論それは高杉のお蔭だ。隣に住んでいる男の名を高杉晋助という。
その高杉が神威は幼い頃から好きで好きで仕方なかった。
此処が己の安全圏であると疑わなかったほどに高杉の傍に居た。
おかげで父は神威が行方不明になったら隣の家に駆け込み嫌がる神威を連れて帰るのが常だった。
高杉も高杉でファーストインパクトがベランダの柵に顔を突っ込んで取れなくなっているところが切っ掛けだったので神威からなんとなく目が離せなくなってしまい結局面倒を見続けて今に至る。今では夕飯から朝食も高杉家で摂るのだからどれほど一緒にいるのか察してほしい。
そんな調子で育ったものだから神威が小学校六年生の時に読んだ将来の夢というテーマの作文はこうだ。
「俺は将来大きくなったら海賊王になって高杉をお嫁にします」
「ウン、神威くん、高杉って誰かな?」
「高杉は高杉だろ、黙れよ」
そして卒業式を終えた夜に高杉の部屋に訪れて神威は迫った。
「俺とセックスするか、俺の嫁になるかどっちがいい?」
選ばせてあげると云った神威の首根っこを掴み高杉は呆れた聲で外に放り出す。
「酷い!俺本気だよ!高杉!」
「うるせぇ、そういうのは大人になってから云え」
「12歳の年の差くらい気にしないでよ」
「俺が気にするだろうが、お前は俺を犯罪者にしたいのか・・・」
そういうのは女にしろ、とすげなく云われて噛みついたのは神威だ。
「だいたい高杉は童貞じゃないんだろ、そういうのフェアじゃないじゃん、つか俺が追いつくまで童貞でいてよ」
「アン?12の餓鬼が何云ってやがる」
「だいたい高杉が童貞じゃないならいつ捨てたのさ!俺が生まれる前?生まれる前ならどうにもできないけどそん時高杉まだ12より下だよ!?」
「手前も12だろうが、まあ一応答えてやるが、手前の生まれた後だ」
「・・・酷い!俺があんなに張り付いてたのに高杉が童貞じゃないなんて!いつだよ!」
処女でもないんだろう!と罵られて眉を顰めたのは高杉だ。最近の餓鬼は進んでやがる。
「手前が保育器に入ってた頃かな・・・」
「もっと早く保育器を出れば良かった!そもそも高杉だって12で捨てたんだろうが!このびっち!」
うわあああ、と神威が部屋を飛び出しその足で繁華街に赴き仕事帰りのお姉さんと致して童貞を捨てたのは奇しくも高杉と同じ12の話だった。
そういう思春期を迎えて、神威は成長した。
物凄くナナメに成長した。
外見だけならいわゆるイケメン、美形、童顔であるので美少年に分類されるであろう神威は中身がいかんせん残念なのである。
何せ高杉以外に興味が無い。見向きもしない。アウトオブ眼中。高杉オンリーワン。



そして現在神威はいわゆる大学受験の局面にあった。
「・・・ねぇ、高杉・・・これ本当にやるの・・・」
「家庭教師しろっつったのはてめぇだろうが、」
神威の前には問題集の山である。
確かに高杉に青春どころか人生を燃やしていた為に神威は勉学が疎かである。
疎かでも己は肉体派であると思っていたので対して気にもしていなかったが高杉だ。
てっきり院を卒業して普通に何処かに会社に就職するのかと思っていたらそのまま大学に就職して仕舞った。
こうなれば神威は高杉と同じ大学に行きたい。が、それには大いなる障害があった。
高杉は神威が幼少の頃から張り付いていたにも関わらず他人の子供の世話をしながら有名大学をストレートで入学してしまったほど賢い男なのである。
その高杉と同じ場所に居たいのは神威としては当然である。
苦手ながらも嫌々その問題集を開いた。
「うえー・・・」
「基礎からやり直す必要がありそうだな・・・」
煙草に火を点けながら云う高杉に、神威は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ペンを握る。
「ご褒美ある?」
「てめぇが教えろっつったんだろうが」
「じゃあ、俺が一発で合格したら高杉、俺と結婚して」
「まだ覚えてたのか・・・」
小学生の頃の話だ。あの後神威はぎゃあぎゃあ騒いでそれから翌朝には大人になって帰ってきて仕舞った。
今にして思えば大人げなかったが神威はやるといったらやる餓鬼なのだ。そのあたりを熟知していた高杉としては簡単に頷けない。
けれども神威の成績を見ればこれでは相当難しいだろう。
いい加減神威は高杉のことなど忘れもっと自由な人生を謳歌するべきだとも高杉は思っている。
見た目だけなら相当に良いのだ。まるで作り物の様に綺麗なその顔を見る度に高杉は勿体無いと思って仕舞う。
だから高杉は言葉を足した。
「一発で受かればな」

その後の神威の苦労と努力は口にするまでも無いだろう。
春、入学式を終え高杉の所属する研究室にやってきた神威はこれ見よがしにこう云った。

「俺、高杉の旦那ね」

迂闊だった。
迂闊だった。こいつには出来まいと思っていた高杉の敗北だ。
窓から逃げようとする高杉の肩を掴み、引き寄せ口付けてきた子供の手はいつの間にかこんなにも大きくなってしまった。
舞い散る桜の中、今度こそ観念したように高杉が目を閉じる。
同僚のはやし立てる聲が聴こえるが知った事か。
生まれたときから知ってる餓鬼に食われるなんざ、全くなんて人生だ。

「莫迦だな」
「莫迦でいいよ、高杉」
降る口付けに、舞い散る花びらに常春の予感がする。
ああこれは桜の花咲く季節のことだ。


03:桜の花咲く季節のはなし

お題「春」

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