神威が食事の類を作るのを見たのはその時が初めてだ。
夕方乞われるままに神威の居室で逢瀬を愉しんだ後、神威がお腹が空いたと漏らすので常の様に食事を頼めばいいと高杉が云えば、料理人は今不在なのだと返された。そもそも夜兎には効かないが、あるウイルスを艦内に持ち込んだのが原因らしく、現在は除染済であったが、料理人は夜兎では無い。必然的に感染して病院だということだ。
「飯はどうしてんだ?」
「こっちに戻ってきたんだから春雨の厨房に頼んでるよ。航行中は交代でつくってるけど、っていうか食べたい奴が作るって感じだけどさ、元々前はそんな感じだったし」
作った端から奪い合いになるのだという夜兎のそれを安易に想像できて高杉はややげんなりした。
略奪品以外、夜兎の艦のほとんどは食糧である。
その夜兎の食生活を一手に担っていた料理人が不在とあればさぞ苦労しているものと思ったがそうでもないらしい。
「手前も作れんのか」
「まあ、作れるね、滅多にしないけど」
作ってみろ、と興味を示した風の高杉に神威は重い腰をあげた。
高杉との逢瀬を少しでも長く楽しんでいたいがお腹が空いたのも事実だ。
誰かに作らせようかと思っていたけれど、高杉が望むのならやぶさかではない。
「いいよ、高杉が作って欲しいなら作ってあげる、でもあんまり美味しいものでもないよ、地球の食べ物みたいに繊細でもないし」
常ならば高杉は神威の居室から動かないが、今回は勝手が違った。
何を作るのか見てみたいという興味もある。
神威の後に続いて高杉は艦の厨房に向かった。

「大したもんだ」
そう、思ったより神威の動作は慣れている。
大味な感じではあったが、手早く半俵の米を研ぎ、艦の大釜で炊きはじめ、それから粉を取出し練り始める。
一連の動作に無駄が一切無い。
「そお?まあたまに実家でご飯とか作ってたしね、鳳仙の旦那、あ、俺の死んだ師匠だけど、其処でも最初は作らされたし」
あっという間に形を作って寝かせている間に、肉をぶつ切りにして香草と調味料と共に炒めはじめる。その間にも神威は鍋を揺すりながらミンチにしたものは先ほど寝かせた生地に包み、蒸籠で蒸し始めた。
たん、たん、たんと小気味良く包丁が動かされていくのは悪くない。ただ神威のそれは料理と云うよりはさながら格闘技でも観ている気分であったが。
中華はスピードと云うが、正にその通りである。
高杉がそれを厨房で見ている間にあっという間に出来て仕舞った。

「食べる?」
神威が差し出してきた酢豚と中華饅頭を高杉は小皿に乗せさせた。
「一口」
箸を取り、口に運ぶ。
大味ではあったが悪くは無い。想像したよりもまともなものだ。
「折角作ったのにー」
「手前らの食欲に合わせてたら身体がもたねぇ」
腹ぁ減ってンだろ、と神威に云えば、そうだったと神威は物凄いスピードで食し始めた。
盥の飯を一つ食べきってから神威が顔を上げる。

「あ、そうだ、高杉、ならお願いがあるんだけど」



「こらァ、どういうこった・・・」
食堂には団員が何人か詰め寄っている。
美味そうな香りがするから誰かが食事を作ったのだろう。それにありつく為に死闘でも繰り広げられそうな喧噪だ。
阿伏兎が食堂に顔を出せば意外な人物が中に居た。
「団長・・・はいいとして、アンタなんで・・・その恰好・・・」
「ああ、着ろとよ」
そう高杉だ。神威が入れ込んでいる鬼兵隊のあの男。
その高杉がいつもの着流しでは無く神威のチャイナ服を着ている。
それはそれで違った色気があって何処に目をやっていいのか迷うところであったが何分シチュエーションに疑問がありすぎる。
どういうことだ、と阿伏兎が高杉を見れば高杉はいつもの煙管を口に含みながら肩を竦めた。
「料理してみろっつったんだが、まあ悪くねぇ、だが人が集まりすぎらぁ」
「団長が?」
今の言葉を訳すと団長が、あの神威が自ら厨房に立ったというのだ。高杉が望んだからと。
有り得ない。阿伏兎が知る限り神威が厨房に立ったところなど一度も見たことが無い。
料理人が来る前は若い衆の仕事であったが、神威は指図するばかりで手伝ったことさえ無いのだ。
今の今まで神威が料理を出来たことさえ阿伏兎は知らなかった。
( 全く、怖ぇ御人だよ )
うちの団長を軽く顎で使う男など高杉くらいのものだ。
けれどもタダでは無いらしい。高杉のこの格好はその対価というところか。
しかも事態はどうやら違う方向へ向かっているようだ。
「したら郷土料理自慢みてぇなことが始まってよぉ、手前のとこの若い連中がやってらぁ」
「それでこの騒ぎか・・・」
神威はその輪の中心で食べ比べをしているらしい。
呆れたように肩を竦める高杉は帰るかと思ったが意外なことに食堂の入口の横の壁に背をつけたままだ。

「まあ嫌いじゃねぇよ、こういう莫迦騒ぎ」
何処か懐かしいような、そんな風に云われて阿伏兎はそれがこの男の中にある過去の記憶の風景に近いのだろうと悟った。
失って仕舞った過去。神威が奪いたいという過去だ。
神威が何をしてでも手にしたいと願う男は過去に捕らわれている。
気質こそ悪くない、強さもある、カリスマも危ういほどに在りすぎる。けれどもこの男は駄目だ。
( 駄目だぜ、団長 )
阿伏兎でさえ想う。そんな風に喧噪の端に身を置く男に酒瓶と杯を差し出して云って仕舞う。

「なら一杯付き合わねぇか?総督殿」

云わずにはいられない。この男はあまりにも失いすぎている。
独り哀愁と絶望の暗闇を孕みながら、懐かしい何かを手にするように、だからこそ阿伏兎でさえこの男に思わず手を差し伸べたくなって仕舞う。この男がそれを望んでいないとわかっていながら。
( 相手が強すぎらぁ )
それでも差し伸べずにはいられないのだ。
そしてこの男は云うのだろう。少し人を喰ったような目線で、そうされて当然と誘うように。


「美味い酒が呑めるなら」


19:飲茶と美酒

お題「飲茶」

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