※桂高+銀時。攘夷時代。 そもそも桂が好きだったって話だ。 と銀時は思っている。 幼い頃から顔を突き合わせて、餓鬼の時分から世の中というものの暗い部分を見続けてきた銀時には上手く理解できなかったが桂やあいつと出会ってから銀時の価値観は変わった。 成長するにつれ桂が抱く感情が何なのか銀時なりに理解してきたつもりであったしお堅い奴のことだからその葛藤に動揺もしただろうし、苦悩もした筈だ。けれども言葉には出来ない流れのような出来事と、引き摺る様な想いの末に桂は何かを悟ったようにその想いを貫くことに決めたのだと、わかったのは戦争に参加する直前だった。 桂が好きなのは男だ。 名を高杉晋助と云う。 桂は銀時から見ればまあ腹が立つほどさらさらの髪にそれなりに美男だと云っても差支えの無い男で餓鬼の頃なぞ女だと思ったこともあったほどだ。中身が如何せん堅物で融通が利かない男であったので次第に顔がどうのと思うことも無くなったがとにかく顔は良いが少し面倒な奴と思っているのも事実だ。 そして高杉は良い処のおぼっちゃん。銀時とは別種の生き物だ。桂のようにあからさまに男や女に好かれそうな顔でも無いのに、妙な色気があった。それに惹きつけられる奴は惹かれる。そんな男だ。これも腹が立つからイケメンだとは認めない決して。 それはいい。今は桂だ。 桂は高杉に対して性がどうのこうのという感情とか、そういうのが目覚める前の餓鬼の時分に恋してしまった。 大人になるにつれそれがおかしいと思っても最早それはどうしようも無く、かと云って男しか駄目という風ではなさそうだった。 要するに桂は高杉で無いと駄目なのだ。 それを悟った時にああ、面倒臭いな、と銀時は思った。 あからさまな桂のそれは、長い付き合いの銀時や高杉にはわかってしまう。 高杉はそれを知っていて、桂には何も云わなかった。 トドメをさしてやるなり、実らない恋だと伝えるなり高杉が云ってやればまた違った結果になっただろうに高杉が桂の初恋が己だと知りながらも何も云わなかったが為に桂の初恋は殆ど永遠に確定してしまったようなものだ。 そういうの卑怯じゃねぇ?とは銀時も云えなかった。 云うには互いに大人になりすぎていたし、そしてそれを伝えるにはあまりに多くの物を失い過ぎていた。 何もかも失っていく毎日で、何も失わない日なんてのが無いのが戦争だ。 己は良い。己は生まれた時からずっと其処だった。その地獄で先生に逢うまでは育った。 けれども桂や高杉は違う筈で、共に攘夷戦争に参加したあいつらはそういうのとは無縁だった筈で、何も、何一つそういった昏い部分には生きていなかった筈で、だからこそ銀時は彼等を其処から遠ざけたかった。それが銀時の思い上がりだとしても、あいつらには、先生にはそうなって欲しくなかった。 此処は地獄だ。いつだって同じ地獄。 己は良い。修羅だ。修羅に身を窶したものが人の振りをしていたに過ぎない。銀時にとってこの風景は当たり前のものの筈だ。 けれども最早戦争は止まらず、戦いに身を投じ、多くが死んだ。幸せに成って欲しかったとは今更己に言える筈も無く、またそういった感情が己にあるのにも少し驚きながらも銀時はいつ終わるともしれないこの戦いの中補給にと借りた寺で僅かな休息を得ている。 季節は疾うに秋を過ぎ、寒い冬が訪れていた。 ちらちらと降ってくる雪は止む気配が無く、直にもっと重たくなっていくのだろう。ずっしりとした雪が、戦場に降ればまた多くの仲間が死ぬ。 生き残りたいのか、生き残りたくないのか、戦争に参加した時点で、或いは理想を掲げた時点で、既にそういう考えも無い。 少なくとも今は先のことなど考えられない。目の前の敵を叩き潰すので精一杯だ。 今日寝る場所に屋根があって、少なくとも飯が食べられて、僅かでも寝られたら上々だ。 桂と高杉は坂本の隊と作戦を練っている。難しいことは銀時にはわからないので早々に抜け出して仕舞ったが、後で桂か高杉かが銀時に指示を出すのだろう。それでいい。 そういう相手がまだこの戦場に残っているだけで何かが掬われているような心地がした。 篝火の前でそういうことをつらつら考えながら銀時は息を吐く。 「よぉ、風邪引くぜ」 差し出されたのは高杉の羽織だ。 予備のものなのか、未だ綺麗なそれに銀時は僅かながらに驚いた。 「ヅラぁどうした?」 「俺で悪かったな」 高杉の両目が銀時を射抜く。その度に銀時はいつも居心地が悪くなるような感じがする。 こいつは苦手だ。反りが合わない。高杉はいつも銀時の内にある海をさざめかせる。 「銀時、手前は明日は俺の隊と一緒だ」 「はいよ」 「気の抜ける返事たぁ余裕だな」 戦況は圧迫されている。このまま戦えば皆敗けて死ぬのだともわかっている。 けれどもやめられない。後は俺がやるからお前たちだけでもこの地獄を抜け出してくれと、云いそうになった。 高杉、と顔を上げて、銀時は口を閉ざす。 「・・・・・・」 云える、わけが無い。云えるもんか、こんな顔をした男にそんなこと云える筈が無い。 いっそ高杉を奪う様に遠くへ連れ去れば桂もついてくるだろうから、何処か戦争が終わるまで隠して、こいつらが助かれば、俺はいい。己はこの地獄で果てて構わない。今ならまだ抜け出せるのだと、云いたくなる。 口にできないことを、高杉を前にすると銀時は考える。 そんなことを想って仕舞う。 そして、銀時は高杉の顔を眺めながら、別のことを口にする。 これも気掛かりだったことだ。 「ヅラと寝たろ」 「わかったか」 「どうだった?」 野暮なことだが揶揄するように問うてみる。そうすると高杉は暫く考えるようにしてから一言「最悪だった」と零した。 桂が初恋を我慢できず迫ったのでは無いこともわかっている。高杉が誘ったのでも無いのだろう。 流れだ。そういう流れ。桂は高杉に手を伸ばしてしまったし、高杉は何もかも壊されたい気分だった。それだけ。 そして一夜明けて、その苦々しさに高杉は顔を顰めた。 「身体中、痛ぇし」 「このご時世珍しいこっちゃねぇよ」 銀時が高杉に零せば高杉は意外そうに銀時を見た後、少し口端をあげた。 高杉は笑ったのだ。笑っているのだと気付く。 この男らしい、気丈な感じで、少し勝ち誇ったように笑うそれ、昔はよくそういう顔が見れた。 「てめーにそういう気遣いができるたぁ意外だ」 「意外で悪かったな、」 「俺が楽になりたかったんだろうよ、ヅラを俺が利用したんだ」 桂の恋心を知って高杉は自身の狂いそうな、この戦いで疲弊する心を繋ぎとめるために利用したのだと云う。 それが痛ましくて銀時は僅かに顔を顰めた。 強がりが出来る程見通しは明るくない。今日死ぬか、明日死ぬか、そのぐらいの違いでしかないほどに酷い戦いばかりが続く。 その中で高杉は桂と寝た。 昔はそうじゃなかった。いつかそういうのも笑い飛ばせる気がしてた。銀時にとっての普通はこの地獄だけれど、高杉達は違う筈で、普通に結婚とかして、餓鬼とか作って、先生の塾通わせて、先生を支えて、そうして皆で生きていくのだと漠然と信じていた。 そういうの、そういう些細な幸せが、そういうのが夢だった。 夢は、夢で、現実は現実で、過酷な今の状況が、本当に笑えるくらい酷くて。 「変わるかと思ったが何も変わりゃしねぇ、寝たぐらいじゃ変わらねぇもンだなァ」 「ヅラが聴いたら泣くぞ」 「泣きやしねぇよ、あいつだって覚悟の上だろ」 桂が高杉と寝たのだと直ぐにわかった。 桂の表情が、それを銀時に悟らせた。身近な者じゃないとわからない。けれども桂の顔には何かを決めた感じがあった。 だからわかった。高杉の顔もそうだ。何かを決めた眼をしている。 それに嫌な予感がしたのは銀時だ。 「お前、」 まさか死ぬ気じゃないよな、と問いかけた。口にする前に高杉が銀時を見る。 緑の、綺麗な目、真っ直ぐなそれ。両目に光がある、まだこいつの目は死んでない。死んじゃぁいない。 「お前も俺と寝てみるか?」 悪戯に、そういうお前は、痛い癖に、あの日からずっと辛くて痛くて、涙なんてとっくに枯れて仕舞って、今だって必死で苦しい癖に、そういうことを云うから銀時は泣きそうになる。 ああ、本当にこの男を何処か此処じゃない何処か遠くへやって仕舞いたい。戦争も何も関係の無い場所で、こいつには、こいつらには本当にこんな場所全然似合ってなくて、思わず哂って仕舞う。苦しいのに、喉元にそれを押し込んで銀時は笑みを作る。 「ばぁか、誰が男と寝るかよ、てめーと寝るくらいなら右手擦ってる方がマシってもンだ」 はっきりと銀時が云えば高杉はその答えを知っていたように笑った。 今にして思うとその顔が、あいつが勝ち誇ったように笑うその感じがきっと好きだった。莫迦やって、喧嘩して、笑って、泥だらけになって遊んだそれが初恋だなんて認めない。認めてやるものか。餓鬼の頃、此処が安心できる場所だと餓鬼らしく信じて、その中で出遭ったこいつに、桂みたいに馬鹿げた想いを抱いただなんて思わない。 思わないが、俺はこいつと友達なんだと思った。 少なくとも、慣れ合いの友情なんかじゃなく、薄っぺらい何かでも無く、きっと言葉では表現できないような、そういう感情を抱いているのだと思った。 「銀時、手前は変わるなよ、そのままでいろ」 「たりめーだろ、ばぁか」 そして高杉の左目が失われた時に、この男は永遠に己が生まれた地獄と同じ場所に捕らわれたのだと、悟った。 ああ、そして、こいつらだけは、この地獄の風景の果てにある絶望を見据えることなく、ただ幸せに生きて欲しかったのだと気が付いた。それがどれほど傲慢でも、己の底にある地獄の中で、彼等と過ごした日々だけは確かに幸福であった証明だったのだから。 18:幸福の証明 |
お題「昔話」 |
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