海賊というのは奪うことが仕事だ。
銀河系最大のシンジケートである春雨はその名の通り巨大な組織だ。
そして高杉が褥で相手をしている男はその春雨の第七師団の団長であり、阿呆元提督に代わり提督の地位に就いた。
名を神威と云う。
神威の任務先で合流してからどうせ帰るのは春雨本部であると半ば強引に神威の船に乗せられた。
鬼兵隊の船も神威の船の直ぐ後ろを航行しているので問題は無かったが、本部に着くまでの間恐らく神威の部屋からは出られないのであろうことが想像でき高杉は僅かにうんざりした。
神威はそんな下降する高杉の機嫌とは反対に酷く機嫌が良いらしく、甲斐甲斐しく高杉の世話をあれやこれやと焼こうとする。
「食事は何が食べたい?何でも用意するよ」
「此処で食えるもんなんざ、あるめぇ」
高杉が神威のベッドに寝そべり煙管を吹かしながら答えると神威はあるよ、と言葉を返した。
「コックを一人連れてるからね、多分地球の食事もつくれるよ、夜兎じゃないから」
「ほぅ」
「お風呂も後で入れてあげる」
「随分、甲斐甲斐しいこったな」
感心すらぁ、と高杉が零せば神威は笑みを浮かべた。
「当然だよ、俺のお願いをきいてくれたからね、帰るまで高杉と一緒なんて夢みたいだ、いっそのこと船を遅らせようか」
「俺の鬼兵隊と戦争したけりゃすりゃあいい」
高杉が戻らなければ遠慮無く大砲を打ち込めと万斉に指示を出している。万斉は期限内に高杉が戻らなければ必ずやるだろう。
「冗談だよ、少なくともあと三日は高杉を抱けるんだ、今はそれでいい」
今は、と神威は云う。
その言葉に含まれた意図や願いなんてものに気付いて高杉は口を閉じた。
欲しいのだと、高杉が欲しいのだと、この子供はいつも云う。
真っ直ぐに、その想いが純粋なものだと神威は知りもしない。
邪なものが少しでも入っていれば高杉は神威を一蹴できただろう。
けれどもそうするには神威はあまりにも真っ直ぐすぎた。
悪党の癖に、神威は歪まない。
殺すことも奪うことも当然のようにやってのける強者の癖に神威は高杉を尊重する。
神威が高杉をことさら大事にするのは壊れると思っているからだ。
脆くて壊れやすい存在だと。確かに夜兎からすれば人は脆いのだろう。
高杉はそれでも壊れない。折れるわけにはいかない。身体がどれほど朽ち果てようと魂が燃え尽きようと成さねばならないことがある。
その為だけに高杉は生き永らえている。
もし神威が高杉を本気で奪うそぶりをみせたのなら、褥で睦み合っていようと叩き潰すだろう。
そう、互いはいつ殺し合ってもおかしくない状況の中で交わっているのだ。
「高杉、俺を殺したいって顔してる」
「だとしたらどうする?」
神威が高杉の杯に酒を注いだ。阿伏兎が隠していたとっておきだというそれの味は悪くない。
悪くないがいつも損な役回りばかりであの腹心の苦労が見えて高杉は内心肩を竦めた。
神威も己の杯に酒を注ぎ飲む。どれだけ飲んでも酔わないという神威に酒の味はわかるまい。
均整の取れた神威の成長途中の肉体は傷一つ無く綺麗だ。
未だに高杉は何故神威が己に固執するのかが理解できない。
高杉は神威からみれば年上でしかも異種族の男だ。
昔幼馴染の桂にも云われたように好みと云われればそれまでであったが、矢張り高杉には神威の執着が理解できなかった。
けれども神威の性質が悪いのは桂と違い、上手いのだ。
桂と同じく褥での手管などまるで無い癖、神威は高杉を怒らせるということをしない。不躾なくせして高杉に何を云ったらいけないのかのボーダーラインがわかっているかのように神威は高杉に対して慎重だった。
どちらかというと獲物を狙う野生の獣が距離を測っているようにも思える。
そのうちそれに慣れると今度はその人懐っこさが高杉を擽る。
力で迫れば高杉など簡単に手にできると云うのに、神威は長らくそれをしなかった。
そして交わってみれば矢張り神威は其処でも慎重だ。
常ならぬその様がいじらしくてその気が無くても僅かながらに神威に思うところはある。
だからこそ高杉は神威と寝ることを許容している。
こうして褥で酒を飲むことも互いの欲望を晒すことも許している。
神威は杯の酒を飲み干し、高杉の上に乗り上げた。

「もし高杉と殺し合いになるなら俺は勝つよ」
「随分な自信だなァ」
高杉は煙管の煙を神威に吹きかけ挑発するように神威の顔に近付く。
そうすれば神威は高杉の手から煙管を奪い上げそれを見せつけるように吸った。
「奪うのは海賊の仕事だからね、悪党らしくそのうち高杉も奪うかも」
高杉は俺のお宝だからさ、と云う神威に高杉は哂って仕舞う。
無謀なのは若さだ。神威とて高杉と本気で遣りあえば無傷では済まないとわかっている筈だ。
そして神威はいつもそうしたいと褥で交わっている時さえそんな素振りをすることがある。
けれども神威はそうしない。まるで高杉を壊すことを恐れているかのようにそうしない。
本能に身を委ねて高杉を奪うなり殺すなりすればいいのに神威にはそれが出来ないのだ。
それが出来ないからこそ、高杉は神威との関係を未だに清算せずにいるのかもしれない。
この関係は何処までも透明だ。
壊れないように、壊さないように、互いに此処に在る。
騙すような関係ならばよかった。一度きりならばもっと良かった。
神威の真っ直ぐさはいつも高杉を責める。そして高杉はそれに気付かない振りをして、神威を騙す。
「云ってろ、餓鬼が」
じゃれ合う様に神威が高杉に触れても高杉はもうそれを拒まない。
身体くらいは与えても罰は当たるまい。
どうせあと三日はこうなのだ。海賊の戦利品よろしく過ごすのが妥当だろう。
神威の形の良い唇が高杉の耳元で囁く。
指を絡めあって、その鼓動を感じて。
「いつか、今はまだ直ぐとは言えないけれど俺は答えに辿り着くよ、高杉」
いつか、辿り着くのだと神威は云う。
何処に辿り着くつもりなのか、その答えに高杉は気付かない振りをする。
神威が高杉に求めている答えの名を高杉はつけない。つけるまいと決めた。
互いに真っ直ぐに向くその感情の名を高杉は見ない振りをしている。
ずるいと罵られようとそれでいい。大人はずるくていい。
子供の様に真っ直ぐではいられない。真っ直ぐであるにはあまりにも世界は残酷すぎた。

「必ず辿り着くから、その時を楽しみに待ってて」

いつか、と云えるのは神威の若さだ。その無謀が高杉には眩しい。
けれどもそれにぞくりとする。
互いに足を絡め舌を絡め、溶けあうように混じりながらも、交わらない。
奪うか奪われるか、これはゲームだ。
神威が高杉を食うのか、それとも高杉が神威を食うのか、どちらにせよ結果は地獄だ。
ならば、と思う。そのいつかの為に己は精々罠を張っておこうかと。

「精々あがいてろ、餓鬼」

そして想う。神威がいつかに辿り着いた時、己はどうするのだろう。
この子供に渡せるものなど高杉には在りはしない。高杉に残っているのはこの憎しみと悲哀の成れの果てだ。
その残骸しか高杉には無いのだろう。その時この子供は高杉に失望するのだろうか。
或いはその抜け殻を抱きながら、辿り着いた答えの名を呟くのだろうか。
ならばこれは遊びで良い。遊びなら好い。遊びが良かった。
けれども子供の真っ直ぐさは高杉を射抜き、既に宝は奪っているのだと云えないずるい大人が見え透いた罠を張るしかないのだ。


16:大人の罠

お題「海賊」

menu /