キスを強請るのは大抵神威の方からだ。
高杉との口付けを一度知って仕舞えばその距離に夢中になるように神威は高杉に口付けた。
所構わず口付けを仕掛けようとする神威を見兼ねてやんわりと人前では士気にかかわると高杉に苦言を零したのは万斉である。
高杉自身も流石に度が過ぎていると思っていたからこそ表情には出さないが万斉の苦言に内心苦味を覚えたのは事実だ。
少し甘やかしすぎたかと船の甲板に立つ神威を手で制しながら高杉は傍らの万斉に煙管の火を灯させた。
「もう仕舞ぇだ」
「えー、なんで?久しぶりなのに?」
久しぶりも何も此処は戦場である。
互いに仕事で来ているのだ。神威は春雨の任務で、高杉は春雨との取引の一環で。
第七師団が先に着いているとは聞いていたが、既に戦況は夜兎が圧倒しており、その中で一際目立っているのは明るい髪色をした神威だった。
神威も引き摺るかと思ったがあっさりと高杉から身を引いた。
今は目の前の敵を叩き潰す方に本能が刺激されているらしい。
行ってこい、と高杉が神威に目線を流せば神威は張り付けたような笑みを浮かべ傘を持って再び戦乱の中心に足を向けた。
「じゃあ、直ぐ戻るから待ってて」
そう云うやいなや神威はあっという間に行って仕舞う。直ぐ様あがる旋風のような血の雨を眺めながら高杉は甲板で煙管を吹かせた。

「流石、と云うべきでござるか」
万斉がそれを眺めながら鬼兵隊の隊士達に指示を出していく。
高杉達の仕事はこの後の事後処理と交渉にある。戦うことは神威達第七師団にまかせておけば良かった。
海賊とはよく云ったもので彼等はならず者の集団であったが成程、色んな星の利権に関わるだけあって莫迦ではない。
戦闘集団とそうでない交渉事などに長けた者の使い分けが上手かった。海賊業も頭を使うというわけだ。
場合によっては略奪や侵略だけでなく、護衛業も行うというのだから驚きである。
勿論夜兎が集まった第七師団は組織の荒事専門の師団だ。その強力な力で敵を叩き潰すことが可能であった。
万斉の言葉に高杉は鼻を鳴らした。
「夜兎ってのはぁ、いかれてやがる、ああいうもんだと思っちまえば納得はできるがありゃあ出鱈目がすぎらぁ」
夜兎は容姿が人型なだけに見誤ってしまいがちだが彼等を同じ人と思ってはいけない。
己達の物差しで測ってはいけない相手だ。
目の前の殺戮がそれを物語っているではないか。
殺すのは簡単だがな、と高杉が云えば万斉は肩をすくめ高杉に背を向けた。
「その夜兎と遊んでいるのは何処の誰でござるか」
万斉の呆れたような物云いに、常より小言が過ぎる様に相当高杉と神威との関係に不満があるのだと知れる。
控えめで察しの良い腹心らしからぬ苦言に高杉は肩を震わせて哂った。
「なんだァ、万斉、真逆拗ねてるんじゃあるめぇな」
クク、と高杉が聲を漏らせば今度こそ万斉は愛想が尽きたと云わんばかりの態度で指揮を執りに行って仕舞った。
高杉はそんな万斉を追いかけることもなく甲板の手摺に寄りかかりながらその殺戮を眺める。
片方しか無い眼でも神威はよく見えた。
今神威は己の身の丈の五倍はあろうかという巨人のような敵を叩き潰したところだ。
ドスン、と重たい音が鳴って周囲に砂塵が舞う。
あちこちから一斉に悲鳴と咆哮が聴こえ、それを機に一気に勝負は決した。
敵が弱いのでは無い。人型ではない高杉から見れば巨大な牛のような種族であったが、身体の大きさが違う。
それなりに数も居た筈だ。けれども相手が悪い。
夜兎の強さはそれを圧倒する。
大きさで向かっても勝てない。物量で攻めればいずれは勝てたかもしれないが、それでも神威一人でも圧倒できるだろう。
陽の光という弱点が無ければ夜兎という種族は間違いなく宇宙最強の戦闘種族であるのだ。
傘一本であらゆる戦場を渡り歩く夜兎は数こそは少ないが一騎当千の力を有している。

砂塵が収まって悲鳴が呻きに変わる。
高杉はそれを見ながら鬼兵隊の合図の煙弾を確認した。
交渉は成立だ。この星の全ては春雨の支配下に入った。
まるで地獄のような風景だ。神威と居ると高杉は決まってこの地獄の中をよく歩く気がする。
途中神威の腹心の阿伏兎の姿が見えたので、もう仕舞いだと、高杉が僅かに目線を流せば、阿伏兎は軽く頷きマントを羽織りなおして部下を纏めていった。その先に立つ神威はすっかり広くなってしまった更地の中で死体の山に佇んでいる。
空でも見えればもう少し違った気分に成っただろうが、生憎この星に注ぐ光はとても弱く厚い雲が空を覆っていた。
高杉が神威の背に近付けば神威が遠くを見つめながら高杉に問うた。

「キスしても?」
「悪ぃな、仕舞だ」
しないのだと高杉が云えば神威はわざと頬を膨らませて見せた。
それがあまりにも子供のそれらしくて、先程まで殺戮を愉しんでいたようにはとても見えないから神威は性質が悪い。
「酷いな、俺頑張ったのに、ご褒美を頂戴」
ずけずけと容赦の無い物言いに高杉は哂って仕舞った。
「よく云いやがる、手前の好きで殺し回ったんだろうが」
「あり、バレてた?でもさぁ、それってあんたのところの部下に云われたから?」
万斉に云われて駄目だと云う高杉に不満があるとあからさまに含ませる神威に高杉は肩を竦める。
「そんなところだ」
「ふぅん」
それに更に不満をあらわにしたのは神威だ。
折角高杉に逢えたのに触れるなと云う方が無理である。
その万斉を殺せば別に良いのではないかと思うがそうすれば高杉が困るだろうということは神威にもわかる。
だからこそ神威は不満に思いながらも内心を押し殺した。
高杉が駄目だというのなら駄目なのだ。
けれどもこの場合はどうだろう。高杉は人目につくところでは目立つから駄目だと云っている。
それが恐らく高杉達侍の常識なのだろう。神威はそれに興味も関心も無い。
神威はしたい時に己の遣りたいように振る舞うしこれからもそうだ。
けれどもよくよく考えれば神威も高杉のあんな色っぽい姿を人前に晒すのは御免だとも思った。
高杉は直ぐに誰かを引き寄せる。そういう独特の色気がこの男にはある。
神威はいつも我慢がきかなくて求めるままに高杉を求めるが、成程、誰かに房事の時のような雰囲気の高杉を見られるかと思うと今すぐ相手を殺して目を抉ってやりたくなる。
そうか、これはそういう類の感情かと神威は内に芽生えた感覚に唇を舐めた。

「ねぇ、高杉、それならこれは提案だけど」
提案だ。
神威は今高杉と口付けたい。そして高杉はきっとそんな神威を拒まないだろうという気がした。
それにこの男と秘密を共有するというのは酷く甘い何かがある。
とても魅力的だ。
それならば、と神威は高杉を引き寄せた。
死体の上、地獄の只中で、己の傘に高杉を隠し口付ける。

「隠れてすればいい、見えなければ、いいでショ」
そう云って神威は再び高杉に口付けた。
舌を絡めれば高杉の熱が伝染するようでたまらない。
死体の山で、戦場で口付ける。全く酷い現実だ。
なのにそれがたまらない。
高杉は喉を慣らし神威を誘った。
誘われるままに神威はその地獄でこの男に口付ける。
まるで映画のワンシーンのように、或いは美化される争いの歴史の様に。

「やっぱりあんたは最高だ」

現実はお伽噺よりも残酷で、そしてお伽噺より、ドラマティックだ。


14:お伽噺より

お題「口吸い」

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