神威がその日高杉の部屋を訪れたのには訳がある。
特に此処最近は任務で方々へ飛んでいたので、夜以外で高杉に逢うことは稀であった。
その神威が久しぶりに昼間から堂々と高杉の居室に現れたので万斉は早々に部屋の隅で資金の為に新たな作曲作業へと没頭することにしたし、武市に至っては作戦を練ると云って出ていって仕舞った。また子はそれを見届けてからそれならば自分は、あまり片付けていなかった倉庫の方を片付けようと掃除用具を持って部屋を出た。
万斉が高杉の居室に残ったのは昼間から如何わしい行為をするなという神威への牽制も兼ねていたがこの夜兎には通じないのだろう。けれども高杉にその気が無ければ神威の不埒を止めることは出来る。何せ高杉はその気が無ければこの夜兎を言いくるめて裸で部屋を追い出すことも厭わない男である。一度その現場に出くわしてからは意外に神威が高杉にすり寄っているだけの関係では無いのだと万斉は場違いに感心したものだ。そんな野暮な事を万斉はつらつら考えたが、実際神威の用は別にあるようだった。
今、神威が手にしているのは大量の着物だ。
男物のそれは何処からか神威が集めた物らしく、襤褸のようなものもあれば中々に逸品も揃っている。
「高杉みたいなのいいかなって思ってさ、でも着方がよくわかんないから着せてよ」
成程、神威の目的は着付けを高杉にして欲しいとのことだった。
「着付けなら誰かを呼ぼう」と万斉が僅かにヘッドフォンをずらし高杉に問うてみようとしたが万斉が口を開くより早く高杉がそれを僅かに首を振って制して仕舞う。自分でやるという高杉の意思表示に万斉は黙って部屋の隅に座りなおした。

「よくもまあ集めたもんだ」
「そう?よくわかんなかったからお店にあるの全部貰ってきたんだ」
殺してるんじゃないかと一瞬思ったが、金を払っていようといまいと高杉には関係の無いことだ。
古着も混ざっているようだったが、神威の為にあつらえたらしいと推測出来るものもあるので恐らく支払ついでに店に在った小物から古着まで全部貰ってきたというところか。
店一軒分は軽くある束を前に高杉はやや呆れながらもひとつひとつ畳紙に包まれた着物を神威に取り出させた。
二十畳はあろうかという高杉の居室ではあったが、これでは直ぐに足の踏み場が無くなるだろう。
「服にこだわりはないけど、直ぐ駄目にするから沢山持つようにしてるのさ」
成程、云われてみると神威は洒落っ気がある。
こだわりが無いというのは本当だろうが、衣装持ちであるらしかった。
今も以前高杉と対峙した時に着ていたようなひらひらとした白いチャイナ服に黒のズボンという出で立ちだ。
「これ着てみたい」
神威が取り出したのは紺地の縞模様の着物だ。
「高杉みたいに派手なのがいいって云ったんだけど男物は地味だね、高杉は女物を着てるの?」
神威らしい疑問に高杉は少し笑みを零しながら、煙管の灰を灰入れに落した。
「別に普段からこんなのばかり着てるわけじゃねぇよ、」
あまり見ないというだけで高杉とて普通の男物の着物くらい着る。
気分で決めているのでこだわりは無い。
「ふぅん、ま、いいや、これ着せてよ」
早くと服を脱ぐ神威に襦袢を着るように云い、慣れた手付きで高杉が神威の衣服を正していく。
神威の云う着物を袖に通してやり手近にあった腰紐でとりあえず固定してやった。
「凄い、綺麗なもんだね、高杉はいつも着崩してるけど、やっぱり着心地悪いの?」
「黙ってろ」
全く子供と云うのはあれやこれやと質問攻めにしてくる。高杉は呆れながらも帯をどうしようかと周囲を見遣った。
帯ばかりを纏めて置いてあるところからいくつか取り出して合わせてみる。
「何でもいいんじゃない?」
「そういうもんじゃねぇよ、着合わせっつうのがある」
「ふぅん、そういうもの?」
「そういうもンだ」
高杉は新たに煙管に葉を詰め、火を灯し、いくつかの帯を神威に持たせてゆっくりと考えた。
さて、どうしたものかと思った時に不意に、帯の束の底にあるものを見付ける。
青から水色のグラデーションのあるそれを手にして、高杉は内心笑みを零した。
「結んでやるから後ろを向け」
「うん」
素直に後ろを向く神威の三つ編みが揺れてそれが余計におかしい気持ちにさせる。
片輪結びで結んでやれば完成だ。

「いいんじゃねぇ」
「そお?」
ひらひらと神威が着物を見せびらかすように高杉の前で回る。
その時タイミング良くまた子がお茶を手に高杉の居室にあがってきた。
「晋助様にお茶を・・・って、何スか、これ足の踏み場が・・・」
うわっと聲をあげてまた子が獣道になっている畳の隙間をぬって高杉の元へお茶を運んできた。
そして高杉が着付けてやった神威を見て爆笑する。

「うわっ何スか、帯!」
ぎゃははははと笑うまた子に神威はさっぱり意味がわからず高杉を見た。
高杉もさも愉快そうに煙を燻らせている。
これは何か謀られたのだと神威が口を開こうとしたときにまた子が神威を見て爆笑しながら云った。
「ちょ!晋助様!最高っス!それ子供用の兵児帯ッス!」
子供用。そう。子供用だ。
大人でも兵児帯はある。けれども高杉が神威に巻いたのは明らかに子供用とわかる鮮やかな色の兵児帯だ。
神威が動くたびにそれがひらひらと揺れるものだから、また子の笑いは止まらない。
思わず神威が部屋の隅の万斉を見れば、微かにその肩が揺れているのでこれは完全に高杉に嵌められたのだろう。
「子供用・・・」
高杉は愉快そうに絶句する神威の頭に手を乗せ云った。

「餓鬼にはこれで充分だろ」

ならば餓鬼じゃないところを見せてやると、神威が高杉を押し倒したのは直後のことである。


12:帯を締めて。

お題「着物」

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