高杉が眠っているところを神威はあまり見たことが無い。
神威とのセックスの際に高杉が気をやって仕舞って一瞬意識を飛ばすくらいで、それは眠っているとは云わないだろう。
確かに高杉は横になって眠っている振りをしていることがある。けれどもそれは肉体の休息であって真実眠りに落ちているとは云えない。神威も確かにどんなに深く眠っていても殺気を向けられれば直ぐ様目を覚ますが高杉の様に常に意識があるような状態では無い。
一度何故眠らないのかと問うたら、高杉は曖昧にそれをはぐらかした。
そして何度か高杉との夜を過ごすうちに高杉は一瞬眠りに落ちることがあることに神威は気付いた。
眼を閉じているだけだ。それが眠っていると何故気付くかと云えば決まって高杉が呻き聲をあげるからだ。
知らない誰かの名前を呼ぶ。悲鳴のような苦痛に満ちた呻き。聲にならない慟哭がそこにある。
高杉は夢の中で過去に居る。
夥しい量の血が流され、高杉を呪いの様に縛るその過去が其処にある。
神威は決まって床で高杉がそんな状態に陥ると目を覚ました。
常ならぬ高杉の様子に初めは苛立ち、そして唇を噛み締めながらその身体を抱きしめる。
抱き締めているとその内高杉の意識が戻ってきて彼は何も云わずに煙管を吸ったり、それから呻き声が酷い夜には再び神威を強請ることさえあった。
今日もだ。
高杉は神威の前で何度となくこんな様を見せていることに最初は不機嫌そうに舌打ちをしたが今ではもう開き直ったのか神威がそのことについて何一つ問わないのを良いことに平気な振りをする。
神威とて朝方に地球に着いたばかりだ。
此処のところ任務が続いていて肉体的には良い緊張が続いていたが、矢張り疲れは出てきている。
京に居ると云う高杉のところへ朝方向かえば高杉はあっさりと神威を受け入れ、褥で交わった後、神威がうとうととしていたら、呻き声が聴こえた。
「・・・っ」
「高杉・・・」
そっと神威は高杉を揺さぶる。
揺さぶっても目を覚まさない。
神威はその慟哭を聴きながら高杉を起こそうとする。
寝かしたくない。こんな叫び聲を聴くくらいなら俺が殺してやった方がいっそマシだ。
高杉はこのままこうして過去に永遠に捕らわれているのかと思うと神威には歯痒い。
歯痒いがどうにもできない。
それが悔しくてまた神威はそう思う己に驚き、そして高杉を抱き締める。

ふと、唄を謡おうと思った。
以前高杉の爪を切りながら謡った、唄とも呼べないメロディ。
母が昔歌っていた、歌詞など忘れてしまったがその旋律だけを神威は口遊む。
高杉の頭を膝に置き、神威は静かな聲で謡いだせば、不思議なことに、呻き声が止んだ。
高杉が起きたのかと思ったが、そうでは無い。
いつの間にか高杉は神威の膝の上で穏やかに息を吐いている。
神威が洩らす静かなメロディに初めてこの男は己の前で眠ったのではないかと、神威は眼を細めた。
その柔らかい高杉の髪を撫ぜながら神威が微かな聲でメロディを紡げば、高杉は穏やかな顔になった。
それだけだ。たかが唄ひとつ口遊んだだけなのに、高杉は眠って仕舞った。
僅かな隙間から差し込む朝の日差しを避けるように、或いは神威は高杉を陽の光に取られまいとするように腕に抱き込む。

「・・・唄が聴こえた」
「うん、邪魔だった?」
腕の中の高杉が身じろぐ、神威は高杉を陽から隠しながら問うた。
問えば高杉は否、と言葉を紡ぐ。
「悪くねぇよ、手前の聲はよく通る」
「そう、ねぇ、眠ってよ」
高杉は眩しそうに神威を見ながら云った。

「謡って呉れるなら」

乞われるままに謡ってやろうと思う。
この男に穏やかな眠りを与えられるのなら、そうしてやりたい。
或いは、この男がそうした眠りに落ちている時に、殺してやるのが一番良いのかもしれないと、一瞬そんなことが神威の頭に過る。
過るが神威はそれを実行しないのだろう。
その髪に鼻を埋め、謡う。
謡ってこの男に穏やかな眠りが与えられると云うのなら、いくらでも謡ってやろう。
そうしていつまでもこの男が己の腕の中で眠ってくれるのならそれでいい。
それがいい。
この感情は何だろうか、一体どうしてこの男にそんな感情を抱くのか何度となく己に問うてきたことだが神威にはそれがわからなかった。
そしてまたこの男もそんな弱さを見せる男では無かった筈だ。
けれどもこの男の強さの中にあるその脆さが神威には眩しい。
それを手にしたい。
或いは壊したい。そして己で全てを書き換えて仕舞いたい。
できればこの男が他の何も見ないように、神威だけで埋まればいいと思う。
その感情の名前を神威は知らない。
知りもしないが、まるでそれはこの唄のようだと、神威は想った。


04:金糸雀

お題「金糸雀」

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