その年の瀬に地球に降りたのは神威の気紛れだ。
冬だというその季節は日差しが弱くて陽に弱い夜兎である神威にも幾許か過ごしやすい。
いつものマントをしてブーツを穿き傘を射して雪を踏めば地球の冷たい風が神威の頬を撫ぜた。
そして気の向くままに人通りの少ない道を歩きながら、僅かに空いている飲食店を食べ歩きながら神威は地球の散歩を楽しむ。
異なる文化というのは面白い。神威にはわからないが其処には営みがあり、生活がある。
それを羨ましいと思ったことは一度も無いし、脆弱な肉体に生まれたことを哀れにさえ神威は思う。
神威は生まれついての夜兎だ。夜兎として生を受けたことに一切の疑問は無い。
ただ強い奴と闘えればそれで良い。それが神威の全てだ。
その筈だった。

暖かい蕎麦を啜ってから神威が屋台を出れば、寺の前で何かが配られている。
人がまばらに集まっていたので暫く見ていたら配っていた男の方が神威に寄ってきた。
「兄ちゃん、これ持ってきな」
「お金?なんで?」
手に乗せられたのは五円玉だ。この星の通貨で、それほど価値はなかったように思う。
神威はお金の概念があまり無い。基本的に財布は阿伏兎にまかせきりだ。
こうして一人で喰い歩きをする時だけまとまった額を換金して、通貨がわからないので勘定を財布ごと渡して店の人間に任せて仕舞う。時々くすねられることはあったが、腹が立ったのなら相手を殺せば良いだけのことだ。
それに金などなくても神威にはいくらでも生きていける術がある。
「なんだァ、兄ちゃん天人か?こいつは五円玉ってんだ」
「うん、それで?」
「験を担ぐっていうのさ、御縁がありますようにって持っておくんだ」
「ご縁ねぇ・・・」
縁が舞い込むのだと赤い紐を通された小銭を渡されてもいまいち神威にはピンとこない。
それに神頼みのような非現実的な妄想に神威は興味が無かった。
どうせ縁があるというのなら闘争が良い。とびきり強い奴と殺り合えるのなら最高だったが、それならば自分でそんな相手を探した方がより現実的である。今直ぐ船に戻って星一つを落した方が余程わかりやすいのではないか。
この星ならばあの白髪の侍と殺し合えるのなら受け取る価値もあっただろうが、そううまくはいかないのが世の中だ。
神威はその五円玉を男の持っていた籠に戻した。
「いらないよ、それなら自分で探すし」
獲物は自分で狩りに行く方が好みなのだ。
だからいらないと、神威は男に背を向けた。
そして数歩歩いたところで神威は止まる。
ふと、思い立った。
縁だというのならば、あの男。
あの男ならそんな気紛れに願ってもいいかもしれない。

「あ、やっぱり頂戴、俺も縁が欲しい人が居たみたいだ」
「やっぱりな、兄ちゃん、縁は大事にするもんだ、袖振り合うも多生の縁ってな」
「どういう意味?」
「うーん、俺も学があるわけじゃねぇからなぁ、まあこうして俺が兄ちゃんと話しているのも何かの縁、前世やそのまた前世で会ったかもしれねぇってことだ」
「ふぅん、前世ねぇ、俺にはそういうの無いと思うなぁ、でもまあ貰っておくよ、縁っていうの、面白そうだから」
男に手を振り神威は手にあるその五円玉をしげしげと眺めながら雪道を踏んだ。
赤い紐の先に金色をした小銭を吊るして一体何になるのか、けれども偶には良いだろう。
こういう気紛れも神威は嫌いでは無い。
その小銭に気を取られて歩いていたから神威は周りに注意を払っていなかった。
年の暮れだという往来は既に人気は少ない。
だから何も考えずに歩いていたら角から出てきた相手にぶつかった。

「手前・・・」
「高杉・・・」
ばったりだ。
本当にばったり。
だって今日は高杉が地球に降りてきているなんて神威は知らなかった。
笠を目深に被って高杉は神威の前に居る。いつもの着物では無く、僧侶のような恰好だ。
高杉の黒い着物が白い雪の中に映えて神威は眼を瞠った。そして思わぬ偶然に笑みを漏らす。
「これのお蔭かな」
「五円玉がどうかしたか?」
暇ならついて来いと云われて神威は高杉の後に続く。
白い雪を踏みしめばまるで今この世界には高杉と己のふたりしかいないようだ。
くすぐったいようなその心地に神威は喉を鳴らした。
白い雪が降り積もる。その中で、神威はたった一つを見つけたような感覚に胸の奥が熱くなる。
「袖振り合うも多生の縁なんだって」
「ほう、手前がそんな言葉ぁ知ってるたぁな」
己は夜兎だから、前世も来世もきっと未来永劫高杉とは交わらないだろう。
けれども、もしそんな縁があるというのなら、この赤い紐で高杉と離れないように繋いでしまいたい。
願わくばこの縁がそうであるようにと神威は想いながらその背を追った。


03:袖振り合うも
多生の縁

お題「袖振り合うも」

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