「高杉はさ、煙草は吸わないの?」
唐突に褥の中で云われて高杉は僅かに微睡んでいた意識を上昇させた。
動くのも億劫だったが喉が渇いている。高杉は少し身を起こし傍らに置いてあった膳の上に残った酒を口に運んだ。
「煙管にこだわりでも?」
神威は裸だ。程よく付いた筋肉にしなやかな肢体を隠しもせずに高杉に問う。
ほどけた珊瑚色の髪がさらさらと神威の肩を滑りそれが餓鬼らしからぬ男の艶気のようなものを魅せていけない。
高杉がもう一度酒を煽り、傍らの煙草盆に手を伸ばそうとしたところで神威はやんわりとそれを阻んだ。
「何が云いてぇ?」
どうせよからぬことを考えているのだろうと高杉が看破すれば神威はばれたかと肩を竦ませ脱ぎ捨てた衣服の中から何かを探った。
「煙草?」
「云、どうかなって、珍しいものらしくて阿伏兎が凄く喜んでたけど俺にはよくわからないから、高杉と吸おうと思って」
「餓鬼が、くすねてきたのか」
「今頃阿伏兎叫んでるかも」
くすくすと笑う様は充分に子供らしかったが何分この褥での遣り取りは子供のそれでは無い。
神威は高杉に乗り上げるように肌を寄せてそれから煙草の封を開け、中身を取り出した。
「あ、火忘れちゃった」
「だろうよ」
どうせ神威の事だ。己と吸うことで頭がいっぱいで忘れたのだろう。
高杉は呆れながらも煙草盆を神威に取らせ、火入れから火を取った。
「吸えよ」
火を点けてやれば神威は煙を吸う。
時々神威は高杉の煙管を吸っていたし今更だ。餓鬼だからもクソも無いだろう。
神威が吐き出した煙は成程確かに香のような独特の香りがする。異邦のものらしいが、嫌いでは無い匂いだ。
ゆっくり神威が煙を吸う。二度ほど吐き出してから、神威は一本を高杉に差し出した。
吸えということなのだろう。
高杉はそれを受け取り火入れから火を灯そうとした。
けれども神威がそれを阻むように高杉の頬を両手で捉える。
己の火から取れということなのだろう。
了承したように高杉は神威の煙草の火の先端に己の口に咥えた煙草を付けた。
そして神威の火を奪うようにゆっくりと吸う。
程無くして高杉の煙草に火は灯り、煙が上がった。
ゆったりとした儀式のような仕草だ。
「悪くはねぇな」
「そう、良かった」
神威は高杉の上から退き、その代り高杉が寝そべりやすい様に膝を寄せる。
遠慮なく高杉はその膝に頭を乗せ煙を吸った。
静かな夜だ。
褥での激しさとは裏腹に、この何度目かの交わりで、高杉と神威は互いに時間の使い方がわかってきた。
セックスを今更拒んでも仕方あるまい。一度明け渡したのなら、二度も三度も同じだ。
一度限りだと高杉は思っていたが、そうではなかった。神威の中の火を高杉は灯して仕舞った。
力で来られればどうせ殺し合いでもしない限り夜兎を拒めないのだ。ならば明け渡すしかあるまい。
それにこの子供と寝るのは悪い気はしなかった。
性的には実際のところ高杉は淡泊な性質だ。あまり快楽を感じることも無い。
まして相手は男である。女ならまだしも男なのだ。遊女遊びは好んではいたが、男で遊ぶ趣味など高杉には無い。
望まれればそういうこともあったが、高杉自身が望んでいるわけでは無かった。
けれども交わるというその行為がもたらす痛みが高杉は嫌いでは無い。
必要であれば誰とでも交わる。交わってはいたが神威との行為はまたそれとは違ってもいた。
この行為に高杉は答えを出すまいと決めている。
答えを出してはいけないことだ。考えても詮無いこと。
だから高杉は火を点す。己の内にある炎を、身を焦がすようなその火を分け合うセックスも、煙草も悪くは無い。
浮かされたような熱に呑まれる感覚が好かった。
それをもたらすのがこんな餓鬼だというのは癪ではあったが、それでも高杉はそれを気に入ってはいるのだろう。
神威を見れば外の月を見ているようだった。
月明かりに白い肌が照らされていっそ幻想的ですらある。
その肌の白さが目について高杉は己の着物を神威の背に掛けてやった。
蝶の柄が映えて神威が煙を吐く度にゆらゆらと煙が天井まであがる。
出来の良い綺麗な人形のようなそれ、その癖神威の中身は凶暴な獣だ。
肉食獣を飼っているような心地に高杉はその片目しか無い眼を細めた。
それに気付いたのか神威が膝上にある高杉の髪に触れる。
その髪の奥に隠された高杉の左目の痕を神威は優しく指で撫ぞった。
神威のするままに高杉は身を任せながら己の煙を吐き出す。
灰を捨てる場所が無いので、高杉は先ほど煽った酒の猪口の中に灰を落とした。
神威の灰は高杉より多かったがぎりぎりのところで落ちていない。
神威が煙を吐き出す度にさらさらとその長い髪が揺れる。
その髪に手を伸ばしたのは高杉だ。
そっと撫ぜながら、この沈黙の中に横たわる何かに触れる。
互いに答えは出さない。この沈黙で良い。
この沈黙が良い。
崩そうと思えば簡単にくずれるそれ。まるで今神威が口にしている煙草の灰のように一度触れれば簡単に崩れるそれ。
けれども崩れない。崩れないのは神威がその中で微妙なバランスを取っているからだ。
餓鬼の癖して神威は本能的にどうしたらいいのか悟っているようだった。
時折沈み込むように何かを考えては高杉が欲しいと漏らすが、それでも神威は未だに答えを出せないのか、考えあぐねているようだった。
そして高杉はいつもそれに気付かない振りをする。
振りをするのだけが上手くなってしまった大人の卑怯だ。
この関係に甘えているのは高杉なのか、神威なのか、そこにある何かに気付かない振りをしながら高杉はその煙を吸った。

「でも高杉にはやっぱり煙管がいいかな」
ひとしきり吸った後に高杉が灰を捨てている猪口の中に神威は煙草をねじ込みながら云う。
「何故」
神威は愉しそうに云った。さも可笑しいのだと云う風に、高杉の煙管を手に取って、己は新たに煙草を燻らせながら云った。

「あなたには俗っぽすぎるよ」

その言葉に高杉は聲をあげて哂った。


01:煙草

お題「煙」

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