外伝短編連作その後の小話たち。





阿伏兎の左腕が無くなったのは少し前のことだ。
事故だと聴いたが実際のところどうなのかは高杉にはわからない。
とにかく義手かなにかを調達できないかと無茶を云われたので今高杉と万斉は顔を突き合わせて相談している。
「やっぱりサイ○ーグ009みてぇなのがいいんじゃねぇのか」
「機械化するならコブ○の様に腕の中に銃を仕込むのが一番でござる」
男二人がするような話では無いが立派な仕事の話である。
神威はそれをソファから見遣りながら「何あれ?」と呟いた。
今日は丁度休みだ。だから仕事が忙しい高杉を食事に誘いに来たのだ。
「さぁ、俺に云われても・・・ニホン人にしかわからねぇ話でもあるんじゃねぇか?」
アニメなど見たことも無い阿伏兎と神威には到底わかる話では無かった。
阿伏兎の腕がどうなったのかはその後の阿伏兎のみが知る話である。





その日高杉は新しく建てた社屋の屋上で煙草を吹かせながら漸くその存在を思い出した。
「そろそろ連絡してやらねぇとな・・・」
幼馴染達のことである。
高杉は既に二年以上桂や銀時達と音信不通なのだ。
桂や銀時の携帯番号など覚えてもいなかったが桂の実家の番号なら覚えている。
桂が出ればそれで良し、出なければ縁が無かったとして忘れるだけだ。
高杉は覚えている懐かしい番号のキーを押した。
『もしもし』
懐かしい、聲が聴こえる。
桂だ。
「よぉ」
『その聲・・・貴様、高杉か!』
噫、と頷けば電話口から怒号が飛んだ。
「変わらねぇな」
懐かしすぎて涙がでらぁ。全く幼馴染と云うものはいつまでもこうだ。
逆にそれが嬉しくもある。
『貴様!二年以上も何処をほっつき歩いていた!』
「色々あってよ、今はマレーシアで起業してんだ」
高杉は事業をアジア全域に広げつつある。
裏社会と表社会を往ったり来たりしながら高杉はこの世界で名を馳せていた。
『む、そうか、マレーシアと云えば今KHTIカンパニーとやらが外資に進出しているようだな』
この会話に食らいついてくるとは流石にサラリーマンである。株価の変動には敏感だ。
高杉は笑みを洩らしながら「それウチのグループの系列だ」と答えた。
『そうなのか!?きな臭い噂が多々あるが・・・貴様妙なことに首を突っ込んではおるまいな?』
妙なことも何も高杉こそがその諸悪の根源である。
高杉は笑いたい気持ちを堪えながら変わらない幼馴染に言葉を返した。
「別に何もねぇよ、そっちはどうだ?銀時達は元気か?」
『元気も何も相変わらずうっとおしいくらいだ。坂本なぞは貿易に手を出して帰って来ておらん、ちょっと待て高杉、マレーシアの何処だ?次の休みに纏めて有給を取って銀時と行くからな!事業を始めたという事はどうせ其処から動けんのだろう、俺達が行くまで其処に居ろよ!』
物凄い勢いで桂に捲し立てられて高杉は苦笑した。
全く変わらない。
本当に。
そして今は高杉も表の肩書があるから会ってもまあ問題は無いだろう。
高杉はゆっくりと煙を燻らせながら、住所を教えた。

「・・・久しぶりーって・・・高杉サン・・・こんな人でしたっけ・・・」
「何を云う銀時!高杉はいつもこんなものだったではないか!」
苦笑いしながら銀時は目の前の男を見た。
二年ぶり、約三年に近い期間会って居なかった男は随分様変わりしていた。
何と云うか色気みたいな、そういう得体のしれない凄みが増している。
鈍感な桂にはわかるまいが、どう考えたって此処はおかしい。
銀時は居心地が悪そうに、如何にも値が張りそうなソファの上に座った。
ちなみにいつもそのソファは神威が高杉を待つ時に寝そべっているものだったが、銀時や桂がそれを知る由も無い。
ごく普通の一般人からすればヤクザの事務所よりもっとやばいところに居る気分だ。
デスクの其々で異国の言葉が時々怒号混じりに飛び交っていて居心地が悪いったら無い。
桂が高杉に差し出した、東京土産があまりにも場違いな気がしてより一層恐怖を煽った。
今銀時と桂の目の前にはなんか裏社会で大物になっちゃいましたみたいな高杉が座っているのだ。
何時の間に眼帯をするようになったのか。黒いスーツをきっちりと着てはいるが、煙草を吹かす様が似合いすぎていてどうにも笑えない。
「おう、久しぶりだな」
銀時達が高杉と話している間にもしきりに重要な案件なのか高杉に電話があった。
それにそれぞれ違う国の言葉で高杉は応じている。
昔から妙な色気がある男だとは思っていたが今はそれが全く異質のものに進化した気分だ。
多分ピ○チュウがフ○ーザに進化したみたいな・・・もうポ○○ンじゃ無いからね、それ!
そんな風に内心冷や汗を流す銀時に高杉はその片目を細め、滞在日数分の高級ホテルを手配してやり、仕事の合間に食事の世話から観光までガイドを付けて歓待し、土産を持たせて二人の帰国を見送った。

「あれが、幼馴染?」
神威はそれを遠くから眺めている。
「会わなかったのか?手前のことだから顔を出すかと思ったがな」
二人の見送りを終え、高杉が煙草を口にすれば神威も己の口に煙草を含んだ。
今は二人きりだ。
「干渉すると高杉の全部を奪いたくなるからね、遠くから見るだけ」
「へぇ、殊勝なこった」
餓鬼でも大人になるもんだと云えば神威は哂いながら煙草に火を点けた。
「あっちの方が良かった?」
不意にそんなことを訊かれて高杉は顔を上げ、それからその意味を理解して、神威に顔を近付ける。

「俺にゃ、こっちが合ってらぁ」
神威の煙草から火を貰い、高杉は笑みを浮かべた。





難しい商談があった。
仕事に忙殺される高杉は大きな取引に内心高揚したものだ。
内容が内容であったし、お互い裏社会に生きる身だ。
およそまっとうでは無い方法で高杉はその話を成立させた。
それが嬉しかったのか、仕事が終わり、浮かれたままホテルで神威と約束していたのがいけない。
つい、しこたま飲んで泥酔して仕舞った。
ホテルの最上階スウィートの床を見るも無残な状態に汚して、周囲に飛び散る異臭で高杉は我に返ったのだ。
( やっちまった・・・ )
久しぶりにやってしまった。己を見れば丸裸だ。人は何故同じ過ちを繰り返すのか。
下肢にこびり付く白濁の痕に頭を抱える。
けれども、まあ相手は神威である。これで違う相手であれば驚きだが、それならばその相手が殺されるだけだ。
それに直前まで神威と居たのだから相手は神威に決まっている。
高杉は重い頭をどうにか起こし、神威の姿を捜した。風呂にでも入れて貰わなければ、部屋も誰かに頼んで綺麗にさせなければならない。全く偉い身分になったものだと高杉は今の自分の状況を我ながら感心すらした。
そして暗がりの中、高杉が顔を上げれば大型テレビに何かが映っている。

『っ、だから俺はお前のものだ・・・っいいから、もっ』
これは誰だ?
高杉は眼を丸くした。
その片目しか無い眼を目いっぱい見開いた。頭の中が一気にクリアになる。
『・・・っ、神威!』
只管に画面の自分らしき男は神威を呼び求めている。
何だこれは?高性能なCGか?何時の間にこんなに技術は躍進した?
高杉が目を白黒させているのに気付いたのかソファに座っていた神威が振り向いた。
当然神威も全裸だ。ウイスキーをそのまま口に運びながら神威は云う。
「云ったじゃん、ハメ撮りするって!思い出したんだ、阿伏兎にカメラ持ってきてもらってさぁ」
にやにや笑う様が生意気だ。このクソ餓鬼。
「二年前から進歩ないよねぇ、シンスケ」
業とだ、神威は業と云っている。パートナーとも云える今の関係になっても神威は高杉のことをファミリーネームで呼んだ。
一度何故かと問うた時に、神威は「タカスギという響きの方が好きだ」となんとも外国人らしい回答を寄越したのだ。
だからファーストネームで呼ぶ時は決まってこうした嫌味を云う時に限られる。
高杉はなんとか立ち上がり神威が手にしているウイスキーの瓶の中身を神威の顔面にぶちまけた。

「うるせぇ、てめぇこそしこたま飲みやがれ、そんで俺にハメ撮られろ」
「えー高杉ってば積極的、上に乗ってくれんの?」
楽しそうに神威は顔を歪ませる。歪んだ顔さえ整っているのだからこの餓鬼は性質が悪い。
「殺す、てめぇみてぇなマセ餓鬼は腹上死でもしやがれ」
そしたら墓でも何でも立ててやるよ、と高杉は神威に跨りながら云った。
神威はにやにやと笑みを深くするばかりだ。
生意気な餓鬼はいつまでもこうだ。
「それはいいなぁ、でもその時は高杉も死ぬからね、俺あんたのことは地獄の果てまで持ってく気だから」
こうして巫山戯あうように睦み合うのに、神威の感情はどこまでも真っ直ぐだ。
それがまたいけない。
高杉はこの遣り取りの中に潜む本音に眉尻を上げた。
神威の本音に、その真っ直ぐさに眩暈がする。
これは酔っているのか、或いは別の何かなのか。
高杉は毒気を抜かれたように神威に向かって苦笑する。

「全く性質の悪ぃ餓鬼だよ」

そして諦めたように高杉は神威に口付ける。
なんともお互いに酷い有様だ。
全裸で、高杉は吐いたばかりだったし、神威は上から下まで全身ウイスキーにまみれてる。
なのに俺はこの餓鬼が好い。この餓鬼はいつまでも俺が好いと云う。
笑えるのに、笑えない。
莫迦みたいだ。
だからこうして俺達は火を分ける。
俺達はいつも互いの火を分け合っている。
この口付けに、飛び火するその感覚に、隅々まで満たされちりちりとした情熱を抱えたまま、俺達は此処で生きていく。


「いつまでも欲しがれよ」


勿論、という神威の返事は唇で飲み込んでやった。


その後のふたり
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