眠る神威の髪を撫ぜる。
用があって宇宙から京にまで下りてきていた高杉の後を追ってきた神威に強請られるままに連れ込み宿で身体を交わらせ、このところ戦闘に明け暮れていたのだと云う子供はあっさりと一度達してから眠りに落ちて仕舞った。
その神威の髪を解き高杉は手櫛を通す。
指からさらさらと零れる髪は手入れをすれば心地良いもので、高杉は神威が来る時は大抵自ら髪を洗ってやった。
夜兎だからか神威はそういったことに頓着しない。一応高杉に会う時は身形を整えてはいるらしかったが髪までは及ばない。
風呂に入ってもその三つ編みを解きもしないのだから普段から手入れをしていないのだろうと伺える。
見兼ねた高杉が神威の髪を洗うのが常だった。

何時の間にそれが当たり前になったのか。
この数ヶ月で、随分と様変わりしてしまった互いの関係に高杉は眉を顰めた。
求められれば拒めないのもわかっていた。神威は夜兎だ。宇宙最強だという戦闘種族の中でもとびきり強いという男。
その子供に力で求められれば高杉とて死ぬ気で挑まなければ拒める筈も無い。
だから神威が高杉の部屋に現れ高杉を組み敷いた時に高杉は身体の力を抜いた。
そしてその夜から幾度となく高杉は神威と交わった。
一夜限りの情のつもりが、ずるずると引き摺るように関係が続いている。
一度寝れば満足するかと高杉は思っていたが、それは誤算だった。
高杉は神威を見誤っていたのだ。
神威は高杉からすれば子供である。大人の高杉にしてみれば一夜の情のつもりでも子供の神威にはそうでは無い。
いわば盛りに火が点いたというやつだ。
それでも高杉が神威を受け入れたのは神威が夜兎らしからぬ辛抱さで高杉との行為に臨むからだ。
神威なりに高杉に対して配慮しているのか、神威は辛抱強く高杉に慎重に触れた。
ともすれば高杉が焦れるほどの丁寧さで神威は高杉と交わる。それでも十分一般の人間の尺度では乱暴と云えたが夜兎であるという種族の特異性を思えば限りなく神威なりに努力しているのがわかった。
神威は精一杯試行錯誤はしていたが、それでも及ばない。一度で終わりでは無いのだと悟った高杉が褥での作法を三度目の交わりの時に殴りながら神威に教え込んだのだ。
「俺とやりてぇならちゃんと手順を踏め」
そう高杉が云い放ってからは神威は高杉の好む遣り方で交わる方法を学習した。
まず強引にやってはいけない。神威は丁寧にやっているつもりでも高杉の身体への負担が大きい。
がっついてもいけない。神威が我を忘れて高杉を揺らしても駄目だった。
いくつもの高杉が提示するルールを神威は辛抱強く理解し、高杉に合わせた。
漸く高杉の好むようなセックスを神威が出来るようになった頃には、何度交わったのか両手で数えても数え切らない程にはなっていた。
途中で数えるのが莫迦らしくなって止めてしまったが一度で満足しないというのなら最後まで付き合うまでだ。
最早これは持久戦になりつつある。
そう、高杉はずっと神威が己に飽きるのを待っているのだ。

情が無いなどとは今更云わない。云える筈も無い。
確かに己はこの神威を嫌いでは無い。否、好いてすらいるのだろう。
決して絆されまいと思っていたのに、あまりにも神威が己に真っ直ぐな感情を向けすぎるので振りきれなかった。
甘さだとわかっていても感情を上手く理解しない神威がこれは何だと高杉に問うてくる度に、高杉はかつてあったいくつもの感情を呼び起こされる。常ならば不快な筈のそれが不思議なことに神威相手だと不快にならないのがまたいけなかった。
否、嫌悪はある。痛みと共に抉られるような苦味がそこにはある。けれども、高杉はそれを敢えて受け入れている。
何故なら神威は夜兎だからだ。神威は人間では無い。高杉が憎むべき天人であり、だからこそ神威は高杉の過去など歯牙にもかけない。高杉は己の過去を憐みや同情の視線で見られるのが我慢ならない。あれはそんなものではない。そんなものでは無いのだ。唯一己の生きた証である其処に誰も踏み込めはしない。神威はそうした高杉の生き様の外に位置しているからこそ己は神威を受け入れられたのだろうとも思う。これが桂や銀時であれば、決してこうはならなかった。其処に在る苦しみや憎しみの怨嗟が高杉を許しはしない。けれども神威は違った。高杉は既に己が天人を憎んでいるのか或いは世界をこうして仕舞った人間を憎んでいるのか、どちらなのかもうわからなかった。或いはそのどちらもなのかもしれない。
どちらも憎いのか、かつて在ったものは消え去りどれほど手を伸ばしても高杉には何一つ取り戻せはしない。
皆死んで仕舞った。皆高杉を置いて逝って仕舞う。良い奴から死んで仕舞う。
だから悪党になった。悪ければ誰も死なない。死んだところで気にもならない。その点で神威は高杉の理想的な相手とも取れる。
悪党で殺しても殺したりないほどの恨みを買う餓鬼。人間では無い、強靭な肉体を持った子供。
その神威に好かれこんな関係になるとは思いもしなかったが、いずれ飽きるだろうと高杉は思っている。子供は直ぐ結果を出したがるが、高杉は神威よりずっと大人だ。持久戦には長けている。
だからこうして時折情を絡ませながらも高杉はずっと来るべき別れを待っている。

「早く飽きろよ」
そう囁きながら高杉が神威の髪を撫ぜれば起きていたのか神威はぱちりとその青い眼を高杉に向けた。
そして神威は真っ直ぐに高杉にその眼を向ける。
その眼を見る度に高杉は己が浸食されているのではないかという心地に襲われた。
地獄、何処でも地獄だ。
世界を相手に喧嘩を売り、それを成す為だけに存在している己がこの子供に与えられるものなど無い。
与えられるとしたら精々この何も無い肉体の残骸だけだ。それだけしか高杉には渡すことのできるものなど残っていない。
神威の望むようなものを高杉は持ち合わせてはいない。
けれども神威は高杉に手を伸ばす。
一心に伸ばされる手は白く、眩しい。
その手を一瞬でも取ってやりたいとは思わなかったか。
或いは神威の手を取っても恐らくその先は地獄なのだ。
高杉が神威を拒めば神威はそのうち高杉を殺すかもしれない。そうなれば神威に依って死ぬわけにはいかない高杉は神威と戦争を起こすだろう。そして高杉が神威の手を取っても結局は同じだ。高杉は己の地獄の為にどんな手を使ってでも世界を壊す。
その為に生き永らえたのだ。だからこそ神威が高杉と共に在っても地獄に変わりは無い。否、既に高杉は地獄の只中だ。
あの人を失った日から、地獄は始まり、戦争の最中隊が全滅した時に高杉は全てを失くした。高杉の地獄は果てしなく広がりかつてあった光景は最早思い出せない。思い出せる筈も無い。かつてこの地獄には微かな光があった。けれど左目を失いその光さえも高杉にはもう見えない。まるで帰り道がわからなくなったように己は途方も無い場所まで流されて仕舞った。それなのに神威は違った。同じ地獄に居る癖に神威の目には違った地獄が映っている。そして神威は高杉が失った物を拾ってきては高杉にみせるのだ。
拒めればよかった。或いは莫迦なことをと哂い、何も感じなければよかった。
お前になど出遭わなければ、よかった。
「高杉、俺は」
その言葉の先を聞きたくないのだと、高杉は神威に唇を落した。
悪党らしく騙せれば良かった。何もかも情など無く身体を与えれば良かった。
その答えに高杉は気付いて仕舞っている。気付いているからこそ深く考えるのを止めた。
それは夢物語だ。今更の話。高杉には得られることの無いもの。
桂の初恋は高杉なのだという。いつだったか呆れ交じりに銀時にそう云われた。
それを気持ち悪いとも思わなかったが高杉には理解できなかった。
或いは先生をそう想っていたのかというとそれも違う。彼は高杉の光だった。
だからこそ今こうして高杉は此処に在る。ならばこれは初恋なのかと高杉は思う。
莫迦なことをと思いながらも、高杉はそれを哂えない。なんという無様か。
考えてはいけない。考えてはいけないのだ。
此処は地獄だ。地獄なら地獄らしく悪党は煉獄の炎に焼かれなければならない。
忍び寄るその終わりを高杉は知っている。だからこそ願わくば神威が答えを出さないようにと願いながら、高杉は神威に口付けた。


どちらを
選んでも生き地獄
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