「もっと何か変わるんだと思ってた」
「だから餓鬼だってんだよ」
高杉が辛そうにしていたので、神威は離れ難く、ずるずると高杉の部屋に居ついて仕舞った。
気付けば朝だ。
夜型の夜兎には眠い時間であったが、どうせ此処は宇宙だ。昼も夜も無い。
そういったことに左右されるのは高杉達くらいなのだ。
規則正しい侍の生活は怠惰に過ごしているようにも見える高杉にも適応しているらしく、朝に成れば高杉の身の回りの世話をする男がきっちりと部屋にやってきた。
そして高杉の姿と部屋に居る神威に一瞬ぎょ、とするような顔をして、それから、何も云わずとも察したのか風呂の用意をしますと部屋を退出した。
「セックスしたら変わると思ったけど案外普通だね」
「その程度で変わるものなんてありゃしねぇよ」
それがどうしたと煙管を燻らせる高杉は辛そうだ。
充分注意したつもりだったが、高杉が辛そうなのは神威には堪える。
無理に奪ったのは神威なのだ。半ば力付くで高杉を犯したのは事実だ。それを受け入れたのは高杉だったが受け入れられなくとも神威は高杉を犯すつもりだった。どうあっても結果が変わらないのだから、高杉が「無駄なことはしない」と云ったのは既にそれを悟っていたからなのだろう。
程無くして風呂が沸いたと聲がかかり高杉が立ち上がる。
「おい」
聲を駆けられて神威は顔をあげた。
「手前も来い、身体でも流して行け」
高杉に云われるままに神威は風呂を共にした。
此処は高杉の旗艦ではあるが、風呂までは高杉の部屋についているわけでは無い。
道すがら高杉の部下達に奇異な眼で見つめられながらも神威は高杉の後に続いた。

「それでこうなるんだ・・・」
呆れたように神威が云えば高杉はさっさとしろと神威を促した。
高杉の背中を流しているのだ。疲れたからそのぐらいしろとのお達しに神威は拍子抜けしたような、或いはその言葉にくすぐったいような何かを感じながらも羽根に触れるように優しい手付きで高杉の背中を流した。
神威の力で高杉の身体を擦ると骨が折れてしまう。肉を削ぐのも簡単だ。
だからこそ神威は高杉を傷付けないように昨夜彼を抱いたような慎重さを以って高杉の背を流した。
傷だらけの身体だ。
夜の暗闇の中でもわかる傷は風呂の明かりの下だと尚のことはっきりと見えた。
「身体他の場所も洗おうか?」
「マセ餓鬼が、風呂にでも入ってろ」
高杉はもういい、と神威を湯に促し、それから己は慣れた手付きで身体を洗った。
散々神威が中に出したのだから当然のように其処も洗う。
神威はそれを湯船から眺めながら高杉を見つめた。
結局高杉は最初に一度神威が手で達せさせてから達していない。朝まで神威が高杉の身体を好きにして、中に精を放った。
男なのだから孕むわけも無いし第一女とは入れる場所が違うということも神威はわかっている。
わざわざ中に出さずとも良かったがけれどもそうせずにはいられない。これは本能だ。
いっそ高杉が女であれば良かったのにと神威は場違いなことを考えた。
そうすれば答えは簡単だった。夜兎らしくもっとシンプルに事が済んだ筈だ。
けれども実際の高杉はそうでは無い。高杉は侍で男だ。
夜兎ですらないのに、神威を惹きつけて止まない光がこの男にはある。
暗闇の中でしかわからない光だ。ちょっとしたことで見失って仕舞うようなひかり。
なのに神威はその光に抗えない。手を伸ばさずにはいられない。
高杉の洗う手付きを見て改めて神威はこの男の最初が自分では無いと思い知らされる。
その度に腹の底に何かどす黒いものが溜まる気がして嫌になる。
或いは高杉はこれを見せつける為にわざわざ神威を風呂に呼んだのでは無いかと思うくらいだ。
「高杉、俺は上手かった?それとも下手だった?」
突如そんな言葉を口にした神威に高杉は僅かに眉尻を上げた。
「俺は好かったよ、高杉が最初で良かった。あんたの最初が俺じゃないっていうのは癪だけど」
「意外に古風だな、それなら何処ぞでイイ女でも捕まえて来い」
「厭だよ」
いやだと神威は云う。神威は高杉に手を伸ばし、高杉が、あ、と思った時には湯船に引き入れられていた。
背後から神威に抱き締められる。抱き殺すこともできるクセして夜兎の莫迦な餓鬼にしては高杉に気を遣っているのか神威は酷く丁寧な手付きだった。
「俺はあんたがいい」
神威の言葉はいつだって真っ直ぐだ。
悪党の癖して、酷く真っ直ぐなそれに高杉はいつも揺らされる。
欲しいと強請られれば高杉はこの餓鬼に、神威に己を与えたくなる。
己に与えられる物など何も残っていない癖に、それに応えたくなる。
このままでは駄目だ。そう高杉は思う。いつもそうだ。
駄目だとわかっているのに今もこうしてこの餓鬼を振りきれないのが答えだ。
高杉はそんな己の無様に哂った。
そして神威を振り切るようにその顔に湯をかける。
「出るぞ」

風呂を出れば、神威の衣服も綺麗に用意されていた。高杉の部屋に再び戻ると直ぐに朝の膳が運ばれて来る。
勿論神威の分もある。神威はそれに感心した。高杉が何か命令したわけでも無いのに全く高杉のところの部下は躾が行き届いている。
夜兎のような野蛮な集団に高杉を入れては直ぐに身体を壊すのではないかとさえ神威は思った。
高杉は丁寧に扱わなければならない。
そうしないと損なって仕舞う。壊すのは一瞬だ。保つ方が難しい。
高杉を抱けば何かが変わるのかと神威は漠然と思っていた。
けれども変わらない。
高杉と風呂に入りこうして朝食を摂りながら、思う。
何も変わっていない。肉体的には交わっても神威と高杉の地獄は同じでは無い。
( 歯痒いのは同じか・・・ )
神威は早々に食事を止めた高杉を眺めながら想う。
高杉と居ると神威は考えてばかりだ。
膳を端に寄せ、神威は高杉に近付いた。

「疲れた?」
「ああ」
煙管を燻らせる高杉の匂いにいつから安堵を覚えるようになったのだろう。
この鼓動がいつかは止まるのだろうか、そう思うと神威は震えた。
今直ぐにこの男を己の手で殺さなければいけないような気にさえなる。
神威は高杉の頭を優しく抱きしめるように己の胸に埋めさせた。
「寝てよ」
「俺ぁ眠らねぇ性質だ」
「じゃあ目を閉じて、眠ったふりしてよ」
高杉は何も云わずに神威の膝に頭を置いた。
高杉の煙管を彼の手から奪って神威はそれを燻らせる。
その頭に手をやりながら、神威は天井に上がっていく煙を見つめた。

「俺をこうしたあんたを殺してやりたい」
高杉は応えない。
眠ったふりをしてくれと頼んだのは神威だ。それでいい。
高杉を殺したい。それは最初から同じだ。けれども高杉は神威の知らないことを教える。そうして神威を少しづつ変えて仕舞った。
初恋なんて、冗談じゃない。叶わないのなら高杉をこの手で殺してしまいたい。
殺したい程想っている。飢えて飢えて気が狂いそうなのに、高杉を前にすると神威はそれを実行できない。
その感情の答えを神威は知らない。
ずるい、大人だと思う。それでも神威は高杉がいい。高杉だけがいい。
この壊れかけた男に、過去に縛られて他の何も欲さない獣に身を窶した男に、他のものを見せてやりたい。
世界には高杉が固執するもの以外にも他のものがあるのだと教えたい。
けれども神威はそれを上手く高杉に伝えることが出来ない。神威自身それが何なのかわからないからだ。
それでも神威はあがいている。一見穏やかに見えるこの風景の中でさえあがきながら高杉に己の見せられる精一杯のものを与えたい。
神威は高杉のやわらかな黒髪を撫ぜながら云った。
「なのに俺はあんたに俺の見せてあげられるものを全部見せてやりたいとも思うんだ」
僅かに高杉が身じろいだ。
そして不意に高杉に引っ張られる。
引き寄せられた瞬間に触れる唇に神威は手にした煙管を取り落した。

「どうしたらあんたが手に入るんだろう」
「もう、黙れよ」

引き寄せられるままに口付ける。
高杉からの口付けはいつも大切なものが詰まっている。
この男が見せる一瞬の真実に、神威はくらりとした。
欲しいものはこれだ。
一瞬に見える高杉の真実。
これこそが神威の望む答えなのだ。
神威はその答えの意味が知りたくて堕ちる。

堕ちる。
何もかもおちていく。
高杉に引かれるままに神威は堕ちる。
万有引力とかきっとそういうのがあって、高杉と一緒に堕ちていく。
ならば、と神威は思う。
堕ちるなら、どうせ落ちるなら堕ちた先は彼と自分しかいない地獄がいい。
その地獄が、いい。

唇が離れた瞬間高杉と目があった。
神威はその眼に高杉を映しながら指を絡め、そして、もう一度身体を繋げる為に高杉に堕ちていく。


万有引力
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