「こんばんは」 夜の闇からそう訪れた神威に高杉は眼を閉じ、それから、目の前の男を見据えた。 「ああ」 「驚かないの?」 「まぁな」 その日は来た。 来るべくして来た。 いつかはそうなるのだと高杉は思っていた。そして力で来られれば高杉には抗う術など無い。ましてこの餓鬼と殺し合う気も今のところ無かった。高杉は上に跨る神威を気にした風も無くごく自然な動作で、猪口に酒を注ぐ。 「呑むか?」 高杉は就寝前に寝酒をやる。その一杯を神威に差し出した。 夜の闇から現れた神威は、高杉の腹の上に乗りながらも思いつめたような顔をしている。 「どうした?」 そっと低い聲で囁くように高杉が問えば神威は漸く落ち着いたのか息を吐く。 「俺あんたを犯しに来た」 「知ってる」 「俺はあんたが欲しい」 「知ってる」 「壊したいのに、壊せない、欲しいのに、あんたは俺のものにはならない、飢えて苦しい、苦しいんだ高杉」 「そうだな」 高杉の手は神威が思ってもみない優しさで神威の頬を撫ぜた。 その仕草に神威は泣きたい気分になる。 自分がどうしたいのかわからない。わからないのに身体だけはこの男が欲しいのだと云う。 我慢できずについに此処に来て仕舞った。 夜の闇に紛れるように、高杉を有りの侭欲しているくせに、それを壊す為に来て仕舞った。 いつもならこんな風にはならない。いつもなら神威は簡単に殺せる。 けれどもそれが出来ない。出来ないから苦しい。 苦しいからこそこの男を手にする方法を神威は考える。 これが初恋だと気付いてからずっと、神威は考えている。 「抵抗、しないの?」 神威の下にある高杉は身動ぎもしなかった。 勿論神威が力で押さえこんでいるのだから当然ではあったが、不思議なほど高杉は落ち着いている。 「それともこうして上に乗った相手は誰でも許してるのかな」 嫌な考えが頭を過って神威は矢張り地球人を全員皆殺しにするべきだと思った。 この男を貪った相手がいるかと思うと怒りで星一つ滅ぼすくらいは出来そうだ。 そうなれば、侍とも戦えて神威が望む地獄が生まれていっそのこと万々歳ではないかとさえ思う。 「俺ぁ、無駄なことはしねぇよ、少なくとも手前みてぇな莫迦力に抑えられて抵抗するようなことはな」 「意外だな、それならもっと早くこうすれば良かった」 「二の足踏んだのは手前だろ、俺の知った事か」 高杉と会話をしていると神威の胸の中にある飢えが満たされるようだ。 あれほど思いつめていたと云うのに今は既にこの状況を愉しもうと云う気に神威はなっていた。 「矢張り、あんたは不思議だ。高杉」 「・・・・・・」 高杉は煙管に火を灯した。 そして僅かに身を起こし、神威が少し身体を押さえていた力を緩めると、ゆっくりとその煙を吸った。 「童貞、捨ててこれなかったけどごめん」 「どうせ、するんだ、俺がどう思おうがてめぇはやるさ」 「うん、ごめんね」 勝手にしろ、と云わんばかりの高杉に、神威は詫びを述べながらもその身体に触れた。 高杉はそれから何も云わなかった。 好きにしろと、神威を見上げ、それから眼を閉じる。 それを見下ろしながら神威は高杉に触れた。 慎重に、壊さないように、高杉に触れる。 それだけで慄えるようだ。 あれほど欲した男を今手にしている。高杉晋助という男に触れている。 衝動のままに壊して仕舞いたい欲望を、喉元より下に押し込めて、神威は高杉を壊さないように触れた。 「此処、触ってもいい?」 「さっさとしろ、よ」 聲を堪える様がたまらない。ぞくぞくする。 高杉の匂いを嗅ぎながら神威は高杉の下肢に触れた。 そっと下着の中に指を入れそれから高杉のものに触れる。 そしてそれを撫ぜて、高杉の中に触れた。 「ねぇ、俺あんたをどうしたいんだろう」 高杉はその問いに応えない。 「ねぇ、俺はあんたが欲しいんだ」 その問いにも応えては呉れない。 「どうしたらいいのかわからないけど、俺はきっと答えに辿り着くよ」 その真っ直ぐな物言いに高杉は、は、と顔をあげた。 己を貫いている子供の目は真っ直ぐだ。 それに眩暈がする。 痛みはある。受け入れる痛みは肉体的なものの筈だ。 心など疾うに死んでいる。 その筈なのに、高杉にはそれが肉体的な痛みなのか、何か別の痛みなのかわからなかった。 「あんたは暗闇の中で光る灯みたいだ」 神威が高杉を揺さぶって達した。 一度の達し方でこの夜兎が終わる筈も無い。 続けて揺さぶられる感覚に高杉は聲を上げそうになるのをどうにか堪えた。 いつもと同じ筈だ。 ただ与えるだけの行為の筈だ。 なのにこの行為に違うものを感じて高杉は僅かに眉尻を上げた。 神威だ。 神威という真っ直ぐな餓鬼。 夜兎だという異種族の男。 降る口付けに、高杉は今度こそ思考を放棄した。 「あんたが欲しいんだ」 夜の闇の中番う。 指を絡め舌を絡め、足を絡め、交わる。 汗と精と血の匂いの中、神威が手にした男は己のものでは無い。 それでも、と神威は思う。 それでも黄泉路を往こう。この男と。 この男が黄泉路の中で共に在るのならそれでいい。 決して男は己を欲すまいとわかっていても、今更その手を離せる筈も無い。 欲しいんだ。ずっと欲しいんだ。 あんただけが俺の中に渇きとは別のものを寄越した。 だからそれでいい。その先に何があっても、この男が得られないのだとわかっていてもそれでいい。 「一緒に死んでとも云わない、あんたを殺してやりたいとも思う。そういうのがごちゃまぜになって俺はいつもあんたをどうしたいのかわからなくなる。わからないから沢山考えた。考えて考えて、俺はあんたを犯すことにした。身体を手にしてもあんたは俺のものじゃぁない。それもわかってるんだよ、高杉、でも一つだけ確かなことがある。高杉俺はあんたと一緒に往く」 応えは無い。 けれどもその代わりに僅かに高杉の指が強張った。 それが答えだ。 言葉は無い。けれどもそれでいい。 その男が好い。 「黄泉路を往こうよ、高杉、俺と地獄巡りをしよう」 暗い昏い路の中、あるのはこの男の微かな橙の輝き。 ゆっくりと攫うように、この男と歩くのはとても素敵な気がした。 黄泉路を往く |
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