「確かにガキだけど俺はまだ成長期だから、そのうち凄くイイ男になるよ」 そう言い放った男は神威だ。 戦闘種族夜兎だという男は未だ高杉から見れば子供だ。 その残虐さ故に絶滅危惧種だという夜兎は欲望に忠実で、自然の摂理を見れば圧倒的な強さを持ち合わせる彼等は滅び行く種族なのかもしれない。その強さも万能ではないということだ。陽の光に弱いという夜兎の特性はまるで闇に生きることを運命付けられたようでそれがいっそう高杉の興味を誘った。 夜兎の中でも特別強い血筋だという神威はこの春雨における第七師団を束ね、この度阿呆提督の失脚により提督の座に収まった。 「そういうことはイイ男になってから云え」 就寝前に一人晩酌をする高杉の元へやってきた神威に言い放つ。 「お酒なら飲めるよ」 樽一杯飲んでも平気だと神威は云ってのける。 「酒の味がわかるようになってからにしろ」 勿体無ぇと、高杉は盃に満たした酒を飲み干す。 何が楽しいのか神威はこうして高杉の周りをうろついてはまるで獲物を狙う獣のように、じ、とこちらを伺っていることがある。 不思議とそれが邪魔ではない。まるで気配など無いように過ごしていることもあるくらいだから、高杉にしてみればもはや空気のようなものだ。いい加減慣れたとも云えた。 最初こそ神威にあれやこれやと聴かれたものだが最近では高杉の機嫌を察するようになったのか、高杉が忙しい時は居なくなるか、ただ黙って部屋の隅で寝転がっている。 高杉は酒を注ぎながら神威を見遣った。 夜の似合う男だ。そのくせ珊瑚色の鮮やかな髪と、陽の光が弱いというのにまるで空のような碧い眼を持つ。 すらりと伸びた神威の手足は確かに成長期のそれであり、整った少女のような顔立ちに傷ひとつ無い白い透けるような肌を覗かせている。これで中身が凶悪でなければ陰間としてそれなりに稼げるのではないかと思わせるような容姿であった。 高杉は先ほどの神威の言葉を思い出してみる。 確かに神威はあと一、二年も経てばもっと身長が伸びて、顔立ちも精悍なものになるだろう。そして力は最盛期を向かえ、その強さは絶頂になる。それを想像して一瞬ぞくりとした。 神威が云うようにさぞいい男になることだろう。 それに惹かれていないと云えば嘘になる。 高杉と寝たいのだと時に駄々を捏ねる子供のように云う神威をあしらってきたが、そのうちそれをあしらうことも難しくなってくるに違いない。今だって力づくで高杉を物にしようと思えばできるのだ。しかし神威は何故かそれをしなかった。 高杉を欲しがるくせに、強要をしたいわけではないようだ。 本人も未だはっきりとした性衝動を自覚できていないところをみると未だ食い気や破壊欲の方が上回るらしい。 「あ、そうだ、これあげる」 不意に神威が口を開いた。 懐をごそごそする彼が出してきたのは掌に乗るサイズの何かの宝石細工のようだった。 「これは?」 「今日の任務に行った先で見つけたんだ、綺麗だったからあげようと思って」 細かいいくつもの宝石を湛えた細工のそれは女物の様だったが神威はそれにすら頓着しないらしい。 この贈答に意味は無い。あるとするのなら神威の自己満足だけだ。単純に深い意味もなくただ似合うからとこうして高杉にいくつもの価値のあるものまたは無価値でも神威が美しいと思ったものを寄越すのだ。 「面倒だったよ、なんか一族の秘宝だったとかなんとかでさぁ」 面倒だったから全員殺しちゃった。 そう微笑む子供は紛れもなく夜兎だ。血の匂いと暴力的な破壊欲、それこそが夜兎の本質だ。容姿とは裏腹に夜兎の本能に忠実な神威の様は奇妙なアンバランスさを湛えていた。 夜兎は咲いている花を手折ることにためらいがない。 神威にかぎらず、どの夜兎もそうだ。 誰かが育てた大事な花なのか、或いは自生している花なのか、それさえも関係なく、其処に何の郷愁も感じない。 それを生かそうが殺そうが、自分のものにするのが当然と云う傲慢さを持っている。 「道理で血生臭ぇと思った」 「あれ?匂う?シャワー浴びてきたんだけどな」 くん、と袖を匂う仕草が如何にも餓鬼くさくて高杉は思わず笑みを漏らした。 「あんたはそういう哂い方似合うよね」 「てめぇほどじゃねぇよ」 甘えるように擦り寄ってくる神威を高杉は手で御する。 「冷たいの、まあそこがいいんだけど」 やんわりと手でその肩を押しやれば神威は残念そうに身体を引いた。 「まだ俺と寝たいのか?」 「いいの?」 「ばぁか、童貞はごめんだ」 面倒臭いと云えば神威は頬を膨らませる。 「童貞棄てようと思ったけどやっぱり今はあんたがいいんだよ」 「俺はごめんだ」 神威のような子供に少しでも惹かれていると認めるのは癪だ。だから神威に云ってなどやらない。 地獄はこれからだ。 神威を使って高杉は己の地獄を彩ろうとしている。 それを想うと少し気分が良くなった。神威はさぞかし血の雨を降らせてくれるだろう。全てを壊すのにこれほどうってつけの相手はいない。 「あんたが欲しいな」 「それで殺し合いでもするか?」 「うん、そう、あんたを殺してやりたい」 碧い眼を細めて神威が云う。小首をかわいらしく傾げているが内容は恐ろしく物騒だ。 改めて高杉は神威を視た。 どう考えても神威は餓鬼で、言葉は足りない。頭も足りない。 そのくせ力ばかりが強くていけない。 力で迫ってこないくせに眼だけは必死でそれをみていると、時折どうしようもない心地に駆られた。 まるで彼等の愛は殺すことのようだ。 奪うことが愛なのだという錯覚さえ覚えた。 「殺せよ」 「うそつき、殺される気なんてない癖に、そういうの俺匂いでわかるんだ」 図星だ。神威になど呉れてやる気は無い。高杉は自分の地獄で果てたいのだ。 容易く嘘を看破する神威は敏いというより動物的な本能に近い。 「獣だな」 「地獄巡りをしようって云ったよね」 「ああ」 神威の唇が近付く、付きそうで付かない距離だ。 吐息がかかるほど近く互いの息が交差する。 目線を交わせば神威の碧い眼が宝石のように見えた。 「今はあんたの地獄がみたいからこのままでいてあげる」 まるで交わっているかのような錯覚。 寝てもいないのに絡められた指の動きだけが酷くいやらしい。 指をゆっくりを絡めながら高杉は神威と寝ることを考える。 この傲慢な獣を自分のものにする、或いは相手のものになる。 その傲慢さ、自分の物に出来るその傲慢さが悪くないと思える自分に気付いた。 ( 奪われたいと ) 一瞬でも考えなかったか。 ( まさか ) 「酒がきれた」 唐突に云い放てば神威は先ほどのことなどなかったように高杉から離れた。 「じゃあ、俺もう行くよ、またね」 絡められた指だけが名残惜しそうに離れていく。 その体温を僅かに惜しいと思い乍ら神威自身、高杉の有りの侭を欲しているから未だ手折られないのだとはその時は気付かなかった。 まるでそれは夜だ。 終わりの無い永遠の夜のようにそれは高杉を捕らえ奪っていく。 指の名残だけが暗い部屋に残った気がした。 いつかその夜に掴まれたら振りほどけるかその問いに答えられるものはいなかった。 終わらない 夜のはなし。 |
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