神威と名乗った夜兎の男は薄い珊瑚色の髪をさらさらとなびかせながら高杉の元を訪れた。
春雨内での謀略の後、阿呆提督を返り討ちにしてから、提督の位置に収まった男は今や己の意思ひとつで春雨を動かせる。
あのまま阿呆に使われるよりも矢張り神威に手を貸して正解だったと、高杉は一服吹かしながら思った。
高杉は乗るか反るか迷ったときは常に乗るようにしている。命を賭けたやりとりは高杉の寄る辺であり、存在証明だった。
その高杉が今回は神威というカードに賭けたのだ。そして勝った。やや思惑と違った方向に状況が流れつつあったが満更でもない。
今この状況を高杉は愉しんでいる。
それに高杉自身きらきらとした碧い眼をまるく開きながら自分に寄って来る神威を嫌いではない。
そういう無粋で無遠慮な夜兎の特質ともいえる図々しさは高杉の周りにはないものだ。
あの銀時ですら高杉のそういったやわらかい触れられたく無い部分には触れてこない。けれどもこの夜兎は違った。神威は高杉の過去を何一つ知らないし、高杉のそういった性格を理解しない。ただ利口ではあったので敢えて触れたり触れなかったりを繰り返す。その遣り取りを高杉は嫌いではなかった。敢えて抉られることに久しく感じていなかったものを感じるからなのかもしれない。
夜兎という種族は良く言えば裏表が無い、悪く云えば隠すことを知らない。彼等にとって力が全てであり嘘も謀略も意味をなさないものなのだ。あらゆる嘘も彼らには通じない、彼等は常に己が思ったままに行動する。其処には一点の嘘偽りも無い。だからこそ高杉は彼等夜兎という種族に興味を持ったのかもしれなかった。宇宙には自分たちと違った価値観で生きる種族がいるのだと思い知る。
「これをあげようと思って」
そういって神威が高杉に持ってきたものはいくつもの品だった。船いっぱいにして持って帰ってきたというのだから哂って仕舞う。神威は高杉と組むようになってからこうして征服した星の価値のありそうなものを持って返ってくる。いわゆる献上品、略奪品とも云うそれらは高杉達攘夷志士の懐を閏わすには充分だった。神威はまるで子供が母親に甘えるような仕草で、これを見て、あれを見てと云った風に宝物を遣した。

「綺麗だったから」
綺麗だったから、と神威は云う。たしかに値打ちものの品も多いがその中には不自然なほどに無価値なものも入っていた。
象牙の調度品、白磁の壺、色とりどりの宝石、美しい絹、見たことも無いような透明なもの。その中に高杉は硝子玉を見つけた。
拾い上げてしげしげと眺めてみる。手のひらで転がせるそれはどうみても無価値な硝子玉だ。
「キレーだったからあんたに渡そうと思って、これとか気に入らない?」
「気に入るも気に入らねぇもねぇよ」
傷をつけては価値を損なうようなものなのに無遠慮に触れるから見ているこちらが肝を冷やす。当の神威はそんなことに構いはしない。別に傷ついても困るわけではなかったが、裕福な家の出な所為か高杉は物を大事にする癖があった。
「これはどうかな?」
がたがたと音を立てて神威が見せるものは恐らく神威が綺麗だと思ったものなのだろう。
不意に高杉は硝子玉と高価な物が一緒にあることに可笑しさを覚えた。
物の価値などてんでわからない子供のくせにどうにもそのくすぐったさに絆される。
いつもいつもこうして沢山の物を遣すくせその物の価値などわからないのだ。恐らく夜兎には物の価値などどうでもいいのだろう。丹精込めて作られたものと硝子玉が等価値なのだからたまらない。
「それ、綺麗だったんだ、光に反射してきらきらしていたんだけど、あれ、もう綺麗じゃないね」
棄てていいよ、とまるで興味を無くしたように云う男に高杉は微笑を浮かべながらその硝子玉を懐に入れた。
「別に、これでいいさ」
価値が無いそれが何故か美しいと思えたのだ。


硝子玉きらきら。


「硝子玉、気に入ってくれたみたい」
「硝子玉ぁ?何渡してんだ」
このすっとこどっこい、と罵ったのは阿伏兎だ。阿伏兎はそれなりに神威よりは目利きであるので価値のあるものとそうでないものの違いがわかる。神威が高杉に渡そうとこうして持ってきたものを分別するのが阿伏兎の役目だった。
そんなもの棄てろと云われてもどれを棄てていいのか神威にはわからない、だから分別されてない分を丸ごと渡せば高杉は可笑しそうに笑みを浮かべたのだ。
高杉の機嫌が良いらしいので神威の気分は上昇する。
あの硝子玉、たいして意味もなく入れたけれど彼が懐に入れた時それが嬉しかった。
「彼、硝子玉好きなのかな」
「んなわけねぇだろ、気まぐれだ、気まぐれ」
あの男が物の価値がわからない男である筈が無い。阿伏兎は一度神威にせがまれて煙管と着物を取り寄せている。物の値段を全く理解しないそもそも財布など殆ど持ち歩かない上司のかわりにそのあたりを管理している阿伏兎は高杉の身に着けているものが如何に値の張るものか理解していた。
「気まぐれかぁ、まあそれもいいか、」
神威は今高杉に夢中だ。
新しい玩具を手に入れた子供のようだった。或いは恋を識ったばかりの子供。
まさにそれだな、と阿伏兎は思う。
「また綺麗なもの見つけて持っていこうよ」
綺麗なものを渡してそれで埋め尽くして、思えば確かにそれは高杉に似合いかもしれなかった、だから神威の心理はわからぬでも無い。あの男をそういう価値のあるもので埋め尽くしてみればさぞや綺麗だろうと思う。男さながらそういう物が似合うと思わせる不思議な魅力の男だった。しかし結局、それをしたところで高杉は神威のものにはならない。神威はそれを本能的に理解している。理解しているがそれとこれとは別らしかった。夜兎なら夜兎らしく力で手に入れればいいものを、神威はそれをしようとしなかった。むしろこの状況を愉しんでいるようだ。無邪気に云う彼は少し浮かれているようだった。
「恋に恋してんじゃねぇだろうな・・・」
勘弁してくれよ、それに付き合わされるの俺なんだぞ、と云えば、神威は哂った。まるで少女のような顔で笑みを浮かべる。
外見だけなら充分に彼の妹と正しく兄妹であると納得できるほど顔の整った兄妹だ。父親に似なくて良かったとひそかに阿伏兎は思っている。彼等兄妹は夜兎の中でも随分整った顔をしている。白く透明な肌に珊瑚の髪、これで夜兎の中での力が抜きん出て優れているというのだから天は二物を与えるというものだ。世の中不公平である。
当の神威は容姿などにかまいもしない、物の価値もわからないような男であったが、好みだけは規格外らしい。
女に入れ込むならまだしも彼が入れ込んでいるのは地球人のしかも年上の男だ。

「でも本当は、彼に一番似合うものを知ってるよ、俺はいつでもそれをあげられる」
「似合うもの?」
少女のような顔で神威は凶悪に微笑み云い放つ。
「血だよ、血の雨が高杉には一番似合いだと俺は思うなぁ」
地獄巡りをしようと云ったのだと、後できいた。
手に手をとって二人で血の池地獄へ逝くのが愉しみだというのだからまったくもって夜兎という種族は救われないと思う。
しかしこれに抗うことはできない。夜兎である以上その甘美には抗えなかった。
けれどもあの侍は違う筈だ。侍は仲間だとか誇りだとかそういったものの為に戦うのだと云う。
それを疾うに失った男は夜兎のように血塗られた道を逝くのだろうか。
「楽しみだよね」
うっとりと、陶酔するように云う神威に、阿伏兎はぞわりとした。
これでいい、これこそが夜兎だ。夜兎の本質の核に居るような男は恋をしてすらこうだった。
だからこそ阿伏兎はこの男に付き合ってもいいと思う。その先に血と死しかなくても命を賭す価値があった。
神威は高杉を欲している。
それは情欲と暴力、そして純粋さ、硝子玉に込められたような透明ななにか。
もしかしたら永遠に手に入らないとわかっているから神威は恋をしているのかもしれなかった。

或いは高杉こそが神威の永遠なのだ。
きらきら光る硝子玉のように、その恋は空虚な美しさを湛えて光る。
手にすれば簡単に壊れて砕け散り、空気に溶けるのだ。


硝子玉きらきら、
壊れて消えた。
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