確かに云った。確かに云ったさ、でもこれは計算外じゃないかねぇ、ともう何度目になるかもわからない溜息を阿伏兎は漏らした。
なんでこんな面倒臭いことになっちまったんだろう、俺の人生設計何処で間違ったのかねぇ、と思いながら目の前で嬉しそうに鼻歌を漏らす少年を見遣った。
神威だ。彼は阿伏兎の上司でありこの春雨第七師団の団長様である。
その彼は幼いあどけなさの残る容姿とは裏腹に残虐性を秘めた牙を隠し持っている。外見だけなら子供だと莫迦にされやすい神威であったがこの春雨で少なくとも神威のことをそんな風に揶揄する者はいなかった。一言そんな言葉を漏らせば己の命が無いことを充分に承知しているからだ。神威はこの力が全ての夜兎を中心として組まれた部隊で最強の男だった。何か反論したければ力で勝つしかない。現状で神威を屈させられる者など此処には皆無だ。

そう思って、阿伏兎は一人思い出した。
否、一人いる。あの男だ。
高杉晋助というあの男。地球という辺境の星の侍だった男だ。何故かあの男の云う事だけは神威はよくきいた。助けられた借りは確かにある。夜兎の中でも神威の中でもわりとそのルールには律儀だ。一件無秩序に見える集団であったが通さねばならない筋というのは存在する。神威はその借りを返す為に今現在高杉という男と手を組むに至った。嫌々借りを返すだけという素振りではなく嬉々として協力してしまっているあたり神威が如何にこの状況を愉しんでいるかが伺える。元より借りがあろうがなかろうが、これは奴に協力したんじゃないかと思えるくらいだ。次の瞬間には物事を忘却してしまえる素晴らしい脳をお持ちの団長様はこと高杉に関してのことだけは記憶力が良かった。神威は莫迦ではないが神威のそういった気まぐれは大いに阿伏兎を振り回し、現在に至る。
「煙管って面白いね」
「あーそうですかそうですか、取り寄せるの大変だったんだぞちきしょう」
この間欲しいと強請られてすぐ忘れるかと思いきや、矢張り神威は欲しがった。慌てて取り寄せてそれでも五日かかったのだからその間の神威の機嫌の急降下は散々たるものだった。
高杉が居ればそうでもなかったのだが間の悪いことに高杉は別の仕事で留守だ。神威の不機嫌が最高潮に到達したところで漸く煙管が届いた。気を利かせて高杉が着ている着物という衣服も一緒に取り寄せたので神威の機嫌を漸く取り戻せたのだ。
退屈は猫を殺すというが夜兎の場合退屈で人が死ぬ。勿論殺されるという意味で。
首の皮一枚で繋がっていたという気がしていたから今回は冷や汗ものだった。普段なら気にもしないくせどういう気まぐれか神威は高杉の真似をしたがる。煙管に着物を羽織って何かぶれているんだか、うんざりしながら阿伏兎は神威を見遣った。

「さっきね、高杉から連絡が入ったんだ。物資が手に入りそうだから取りに来いって」
「へーへーそうですかそりゃよかっ、え?」
「だから取りに来いって」
「聴いてねーよ、云えよそういうことはよ!位置は?座標は?」
ばぁーか!船移動させねぇといけねぇだろと、罵りながら船の座標をモニタから確認すれば既に先ほど留まっていた宙域とは違う場所へ向かっている。
慌てて振り返り神威を見れば、「もうやっといた」と天変地異が起こりそうなことをいいやがった。
「高杉に煙管みせたら鼻で哂ってた。クールだよね、この着物あげたら喜ぶかなぁ」
「・・・それで団長様はご機嫌なわけで・・・」
阿伏兎が席を外している間にいつの間にやら高杉からの連絡が入り、その上神威が自分で船を移動させて、物資を取りに行って?これどういうこと、すっとこどっこい!と内心罵りながらも、阿伏兎は神威をまじまじと見つめた。

どう考えても本気だ。
神威がこれほど一人に執着したところを見たことがあっただろうかと阿伏兎は反芻したが矢張り心当たりが無い。
彼の興味の対象は常に強い者だけでそういった意味では彼の家族、つまり父親や妹に向けられるものはあったが、それでも放置しているあたり今すぐどうこうしようというわけではないらしい。好きなものは後でとっておくタイプだと云うくらいだから、その機会を待っているのだろう。
阿伏兎自身吉原の一件で神威に殺されるかと思ったが結局神威は阿伏兎にはお咎めなしで回収してくれた。その程度の甲斐性はあったということに驚きはしたがどう考えても高杉へのそれは異質だった。

( 女は手に余るくらいでちょうどいいっていいやしたがね )
確かに阿伏兎は云った。女は手に余るくらいでいいと。メガドライブくらいが理想だと、しかし問題は其処じゃない。
( こりゃ男な上に規格外じゃねぇですかい? )
高杉という男は厄介だ。やり手な上に強い、頭も回る。そして此処からが問題だった。
恐らく高杉という男は周りを虜にしてしまえるような湧き立つ色気というものがある。自分も十年くらい若かったら危なかったと思う。殺す殺さないはおいたとしてもうっかり犯ってしまっただろう、そんな魔性が高杉にはある。
( 勘弁してくれよ・・・ )
神威はまだ若い。阿伏兎からみればまだお子様と云えるような若さだ。その神威があの高杉に引っかかってしまった。
欲しいと思っても手に入らないようなそんな相手に惚れてしまった。
惚れたはれたでは惚れたほうが負けだ。
あの高杉が神威になびくとは考えにくい。
先を想像するとウンザリした。
( てめぇが振り回されて食われちまうんじゃねぇか、ばか )
目の前には煙管に火を点けて煙をぷかぷか吐き出す団長様だ。
着物を羽織り高杉という男をなぞるようにその感情の在り処を捜す神威の姿があった。

ああ、面倒臭ぇ、面倒臭ぇ。

「てめぇなんざ、さっさと遊ばれて棄てられちまえばいいんだ、すっとこどっこい!」
「阿伏兎煩い」

それでも少し想像する。将来あと二年もすればそれなりの見目麗しい美青年に成長するであろう男とあの高杉が並ぶ姿を。
それは絵になるような気がした。腹が立つから云わないけれど。腹が立つからてめぇなんて童貞莫迦にされて死んじまえと思うけれど。そういう想像ぐらいはする。それなりにこの上司についていこうと思っている身なので。
結局規格外の男に惚れるようなこの男こそ規格外なのだと阿伏兎は悟った。


奴は規格外。
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