タイムマシンの話。※桂×高杉と神威×高杉

昼下がりの通りの茶屋で落ち着いた途端そう云った。
「過去に戻れる機械?ンなもんいらねーよ」
坂田銀時ならそういうであろう。そんなことはわかりきっていた。
道中でばったり出逢った知己の男は桂の問いにあっさりと答えた。
「おめぇはどうなんだよ」
呆れたように銀時はいささか節くれだった指を団子に伸ばした。
「・・・どうだろうな、お前、もし先生が生きていた頃に戻れたとしたらどうする」
「・・・・・」
銀時は胡乱気な瞳のまま真っ直ぐに桂を見た。
この男のこういった目はよく知っている。あの攘夷戦争の時によく見た目だ。
斬られるかと思われるほどの一瞬の殺気の後に銀時は何事もなかったように空を見上げた。
「もしもの話してんじゃねぇよ、あの時ああしていたらとかああすればとか、どうしようもねぇこと云ってんじゃねぇ、ヅラぁ、お前こそんなもんあったらどうすんだよ」
「どう、するのだろうな」
「決まってるくせによ、お前のそういうとこが女々しくて愛想尽かされるじゃねぇ」
「まだ愛想は尽かされておらん」
そう桂が答えると銀時は、酷く狼狽したように手にした団子を落とした。あの銀時が落としたことも気にならないほど、掠れた声で「マジで?」と桂に問うた。
「マジだ」
事実を有りの侭に答えれば、銀時は、はああと重い溜息を尽いた後、莫迦じゃねぇのお前等と、言葉を足す。
最もだ。莫迦だ莫迦だとは自分でも思う。何せ桂の愛想尽かす尽かさないという相手は昔から決まって只一人だ。銀時はそのことをもう随分昔の子供の時分から知っているから居た堪れないのだろう。
「ヅラぁよ、あいつだけはやめとけって、もうほんとお前等めんどくさい」
「ヅラじゃない桂だ」
「いい加減別れたら?」
「何というか、上手く説明が出来ないんだがな、惰性的になってしまったというか、切れ時を逃したというか、」
歯切れの悪い桂の物言いに今度こそ銀時は盛大に顔をしかめ落とした団子を拾い土を払ったものを桂の皿に乗っていた団子と取り替える。銀時のその一連の動作には迷いがなかったので桂は突っ込みを放棄した。
ずず、と茶を啜り、団子を一口頬張ってから銀時は言葉を漏らす。
「結局よ、お前好きなんじゃねぇの?あいつのこと」
あいつとは同じ師の下で育った高杉晋助のことを指す。非常に残念なことにこの一応は美青年と云える桂の相手は男である高杉だった。その上高杉は桂のことはハナから眼中にない無茶ぶりだ。
高杉は幼い頃から先生しか見ていなかった。最初から勝ち目などなかった。高杉のそれに性的なものが一切含まれないとしても桂にとっては勝ち目のない戦いであり、初恋だった。高杉は桂にとってずっと初恋のまま、実らないまま今に至る。
「無論だ、あいつ以外にどうこうしたいなどとは思わん」
桂にそう断言されては銀時としてはたまらない。この間ドンパチやったばっかりだよ、お前、何?春雨に組するような男でもお前まだ好きなのこの莫迦野郎、と思いながらも罵ることができない。
罵るにはあまりにも桂は一人で戦いすぎていたし、高杉はあまりに孤独だ。
高杉という男を銀時はそれほど嫌いではなかった。別に仲が良かったわけではない。桂も銀時も高杉も同じ場所で育っただけで、どちらかというと仲の良い仲間達から少し外れていた三人だった。残り物みたいなものだ。だから別段特別な友情があるわけでもない。ただ子供の時間をあまりにも長く共に過ごした所為で相手がどんなことを考えてどんな気持ちでいるのかが嫌でも分かってしまう。
流石に子供心にも桂が高杉を好きだと知った時は無謀だと思ったものだ。
高杉にとって先生は神様だった。世界の全てだ。勿論銀時や桂にとってもそれに等しいと云える。先生を失ったからこそ自分達は攘夷戦争に参加したのだ。
「ヤったのは攘夷戦争中だったか・・・」
何故銀時が他人のシモの事情などを知っているのか経緯を思い出すとうんざりするが、桂は攘夷戦争中に高杉と関係を持った。肉体だけの関係だ。桂が今も髪を伸ばし続けている理由が其処にある気がして銀時は更に頭を抱えたくなった。
「あいつ以外にしろよ、いい加減」
「そうしたいのは山々だがな、残念なことにあいつ以外考えられんのだ」
「他の女にしろよ、ありゃ性質が悪ぃよ、男がいいならもっとマシな男にしろ・・・とにかくテロリストじゃないやつ」
男っつっても俺は御免だからな、と言葉を足しても桂の表情は硬いままだった。
「お前、まさか訊くけどさ、今まで高杉以外と寝たことねぇの?」
「愚問だ」
「重い、重いよヅラぁ!お前のその重さが上手くいかねぇ理由なんじゃねぇの?」
「何だと・・・!」
高杉以外と寝てないなんて重い、重すぎる。当の高杉はどうだかわかりもしないのに桂のそういった律儀さが未だに高杉と切れない理由であったと同時に高杉を止められない最大の原因である気がした。
銀時はおもむろに立ち上がった。軒先から見上げた先にある空は青くてどこまでも澄んでいる。
「さっきの話だけどよ、」
「何だ?」
「タイムマシンだよ、あれな、」
「だからなんだと・・・」
「タイムマシン使って過去に戻ったとしてもお前は変えられねぇよ、過去なんか変えられねぇよ、高杉も変わんねぇ」
桂が変えたいのは高杉だ、ああして壊れて仕舞う高杉を救いたい。願わくば共に歩みたい。
けれども願いは適わず、過去は変えられず、今現在が此処に在る。
だからこそいつも思う、不毛で無謀だと。いつも叶わないものに桂は恋をしているのだ。
不毛で無謀だと思うのに、あの男の果てにある孤独を思うと銀時は何も云えなくなる。
好いているわけでは無い、子供の頃からあいつのことはちっともわからなかった。桂は学級委員長きどりで面倒臭かった。
それでも、まだ何か繋がっているものがあればあの男の孤独が少しでも埋まるのではないかという気がした。


***


「タイムマシンって?」
「過去に行ける機械、じゃねぇんですかい」
唐突に阿伏兎にそれを問うたのは神威だ。狭い宇宙船内で飽きたのかそろそろ何処かの星を潰しに行こうというタイミングかと思ったがどうも違ったらしい。意外な上司の質問に、阿伏兎は律儀に答えた。
神威はにこやかにその答えの中身をかみ締めて笑みを浮かべた。外見だけは酷く愛らしい成長期の少年だったが中身を知っているだけに性質の悪い笑みだ。夜兎の中でも飛び切り残虐で強い男、それが阿伏兎の上司である神威だ。
最近は退屈だと駄々をこねることもなく専ら神威が夢中になっているものがある。おおかたそれ絡みだろうと推測しながら、若い上司を阿伏兎は見遣った。
「それいいね、ないの?」
「どっかの星が開発してるって話は聞いたことありますがね、成功したっつう話は聞かねぇなぁ」
「なーんだ、無いのか」
つまらなさそうに無造作に編んだ三つ編をひらひらさせながら神威は阿伏兎の横をすり抜けていく。
「使いたいことでもあるんで?」
「うん、まあね、」
神威の視線は真っ直ぐに前を向いている。
視線の先には、先の騒動で神威を助けた男、高杉晋助だ。
「あの男に?」
神威の趣味は悪くないが相手が悪すぎる。いくら魅力的でも魔性の気配がしても相手が悪い。しかも男だ。非生産的なことこの上ない。阿伏兎の好みを散々揶揄しておきながら、てめぇの趣味も規格外じゃねぇか、と阿伏兎は胸の内で毒づいた。
しかし阿伏兎の内心は他所に至って高杉がお気に入りらしい神威は高杉を見つめながら先ほどのタイムマシンについての言葉を続けた。
「過去に戻れたらさ、俺は変えるよ、高杉を縛る過去を全部破壊する」
躊躇無く紡がれる言葉は静謐さの中に狂気すら湛えている。
「彼の中にある神様も信念も全部壊すんだ。そしたら高杉は俺を見るだろう?本当に自由になって誰にも何にも捕らわれないまま俺と一緒に殺し合えるんだ」
素敵な夢を語るようにうっとりとした表情で云い放つ神威の視線の先の高杉はそんな物騒な会話がされていることも知らず、煙管を吹かした。
絵になる男だと眺めていると神威に気付いたのか高杉はこちらを見据え不敵に哂う。
それを受け止めながら、もし過去に戻れる機械などあるのなら是非壊して貰いたいと阿伏兎は思う。これ以上上司の面倒を背負い込むのは御免だからだ。
神威は無邪気に、無邪気としか言いようが無い笑みをそんな空恐ろしい子供らしさを湛えながら高杉の元へ駆けていった。


過去を変える男と変えられない男。
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