高杉晋助という男は不思議な男だ。 神威は高杉という男を「知りたい」と思った。 しかし知れば知るほどこの男がわからない。底の見えない沼を覗いている気分になった。 真っ暗な夜の底を探しているような気分だ。 夜兎は夜目が効く筈なのにこと高杉に関しては通用しない。 闇の中高杉を捜すのは簡単だ。恐らく高杉が高杉自身を確かめるよりもはっきり視えると断言してもいい。けれども神威が見たいのは高杉の外見では無かった。外見だけならいくらでもわかる。濡れ羽のような漆黒の髪に隻眼の男、侍という辺境の星のつわものだ。問題は高杉の中身だった。自分を助けた高杉という謎めいた男のことを考えれば考えるほど神威は深みに嵌っていくようだった。 「ねぇ、あんたのこと教えてよ」 「話すことなんてねぇよ」 言葉少なにいつもあしらわれる。神威のことをこんな風に扱う人間は僅かだが確かに居る。大抵は神威の強さの前に最終的に平伏すのが常であったが、高杉は神威の強さの前に屈服などしない。屈服などしたらそれこそ興醒めなのだから高杉のそんなつれない態度に神威は満足を覚えつつも不満に思うのは確かだった。 難しい。 高杉は神威の中の様々な価値観を混乱させた。 今でもそうだ。真っ先に高杉と殺りあってみたい、そう思うのに殺せない。 恩があるから借りを返すまでそれはできない。ならさっさと借りを返せばいいと思うのに借りを返せばこの関係が終わると思うと中々動けない。貸し借りは作りたくないのだからさっさと対価を支払えばいいのだ。第七師団の力が必要というのなら貸すし、地球を征服したいのならすればいい、そうでなく金品でいいというのならさっさとその辺の星を征服してくればいいだけの話だった。 神威の中のヒエラルキーはいつだって力だ。力があれば手に入らないものは無いと思っている。神威の望むような強い相手は簡単に手に入らないが、それ以外のものは手に入れてきたつもりだ。 けれども高杉はその神威の力のヒエラルキーの外に居る。故に殺したいけれども殺せない。 奪いたいのに奪えない、手にしたいのに手にできない。 今だって知りたいことひとつ知りえないのだ。 歯噛みするような焦れったさを感じながらも神威にしては珍しく、此処に阿伏兎が居れば腰を抜かすほどの辛抱強さでもう一度問うた。 「教えてよ」 甘い強請るような神威の聲にとうとう高杉は手にしていた筆を置いた。 何かを認めていたらしいそれは流れるような綺麗な文字で、何と書かれているのかは神威には分からなかったが高杉が丁寧に紙を畳む様は洗練されていて綺麗だった。 そうした高杉の仕草ひとつひとつに神威は釘付けになる。興味が湧く、他にこの男は何をするんだろう、何をしてくれるんだろうかとそんな期待に満ちる。それがどういった種類の感情なのか神威にはよくわからなかった。 高杉は書き付けた文を袖に仕舞い、それから傍らの煙管に火を点ける。 一服吸い込んでからから高杉はゆっくりと煙を吐き出した。そして「それで」と静かな低い聲を発する。 「それで、何が知りてぇんだ」 あからさまに面倒臭そうに云うあたりが高杉であったが、神威は気怠げな態度で出られても漸くこの男の目が自分を見たことに満足を覚えた。 「そうだね、何でもいいんだけど、何か話してよ」 「何でもねぇ・・・」 退屈そうに高杉は外と見る。外は宇宙だ。ただ星が広がるだけの広い宇宙。 「何かない?」 高杉のことなら何だっていい、子供染みた考えであったが高杉はそんな神威の胸の内など看破したかのようににやりと哂った。 「やっぱりてめぇに話すことなんてねぇよ」 教えてやら無いと口端をあげる男がたまらない。神威は苛立ちと高揚感を同時に覚えながらも高杉が手にしていた煙管を奪い取った。 「何しやがる」 「教えてくれないならいい、自分で探すよ」 「探す?」 意味がわからないと顔を顰める高杉に神威はしたり顔で煙管の煙を吸い込んだ。 教えないというのなら自分で探すまでだ。 ( 何を? ) ( どうやって探そう ) 高杉の全てを知る為にはどうしたらいいんだろうか、と神威は考える。 高杉を見ればもう煙管は諦めたらしい、興味が無くなると途端に別の世界に行ってしまうかのように高杉は遠くを見る。 その遠くを神威は知りたい。何処にあるのかわかりもしないけれどその場所を神威は知りたかった。 いっそあの銀髪の侍を殺せばわかるのだろうか、時間に取り残されたこの男の在り処がわかるだろうか、そう考えながら神威はふと鳳仙を思い出した。 死んでしまったあの男。 太陽に焦がれた莫迦な男。昔強かった男。 自分は決して太陽など欲すまいと思っていた。太陽など神威には不要のものだ。 夜兎が太陽に焦がれるなど馬鹿げている。 太陽など要らない、自分が欲しいのは月なのだ。 神威が欲しいのは例えるのなら月だ。 神威は高杉を月だと思った。 煌々と闇夜を照らす月、周りに星などなにも見えない月だ。たったひとつ孤独に冴え渡る月、それこそが高杉に相応しいと神威は想う。 けれども、気付いた。 太陽を手に入れそこなった愚かな鳳仙、でも自分だって月に手を延ばしたって届きはしないのだ。 どんなに手を伸ばしたって、月に手が届く筈もなく、神威は煙を天井に向かって吹きかけた。 ゆらゆらと登る白い煙だけが其処に到達できる気がした。 月は兎の住処であるというのに。 |
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