第七師団を率いる神威が助けられてから一月が過ぎ、宇宙の退屈な航海の中で神威はその男に付き合ってみてわかったことがある。
神威は自分の頭があまりよくないと自覚していた。
考えるより先に身体が動くのは夜兎の性だ。故に考え無しに行動を起こしてまずい事態に陥ることもしばしばある。
だからこそ神威は今回は慎重に相手を見ることにした。
高杉晋助だ。
神威を窮地から救った侍。不遜で何者にも流れない男。
( どうしたらこんな男がいるんだろう )
神威の知る中で高杉という男は初めてだった。文字通り「初めて」。
初めてのタイプだ。何を考えているのか読めない。わからない。常からあまり周りのことを深く考えないが神威は神威が思っているほど馬鹿ではない。それなりに見通しの判断ができる。ただ我慢がきかなくなることがあるだけだ。
もしかしたら今まで殺してきた相手の中に高杉のような男がいたかもしれない。けれども殺してしまっては無かったことと同じだ。
だから高杉は神威にとって鮮烈な印象を残した。
( 欲しいな )
欲しいと思う。純粋にただ欲望に任せて殺しあいたい。本気でやりあいたい。
なのにそれ以上に神威は高杉という男が知りたいとも思う。
そんな感情を持ったのは稀有なことで、強さ以外を求めない神威にとってやはりこれも「初めて」であった。
容姿は整っていると思う。少なくとも不細工だとは思わない。美醜の判断をあまりしない神威であったが高杉の姿形は嫌いでは無い。
ただ惜しいのは隻眼であるところだが、左目はいつも包帯に包まれていて、傷があるのか目はあるのか、神威にはわからなかった。
低い聲に言葉少なな高杉の態度は神威にはよくわからない。だが嫌いではない。
嫌いでは無い、その一言に尽きる。だがどうしていいのかもわからなかった。
もしかしたらそんな高杉を扱いかねて神威は慎重になったのかもしれなかった。
けれども慎重になってわかったことがある。
高杉は恐らく神威より一回りは年上であるということ、そして辺境の星地球で攘夷戦争に参加した侍であり、何かを失ったこと、そしてその何かはあの銀髪の侍、坂田銀時にも通じていること。
神威は最大限の慎重さをもって注意深く、注意深く高杉を観察した。その結果推測できたのはその程度であった。
だからこそ高杉は今の幕府を転覆させ、地球から天人を追い払いたい。その為に春雨と手を組んだのだ。
否、もしかしたら疾うにそんな目的も崩れ去り、ただ彼の云うように出した牙を収めるところがわからないだけかもしれなかった。
( 迷子みたいだ )
迷子は迷子でも死神だ。
( 死に場所を捜して彷徨ってる )
戦場が死に場所、夜兎としてそれは頷ける。戦い続けることこそが全てなのだ。それでいい。
数多の戦場を渡り歩いてきた神威だからわかる。
「あんた、死に場所捜してるんだろ」

聲をかけて振り返った男は高杉だ。
「何を藪から棒に」
答えを云わないのもこの男の癖だった。
「俺はさ、多分嗅覚みたいなものがあってわかるんだよ」
「ほう」
高杉の手がゆっくりとした動作で煙管に灯を点けた。その仕草が酷く絵になるものだから困る。
この男には妙な色気があった。その気がない相手をその気にさせてしまう危うさがある。
「死に損なった人間ってのがさ、わかるんだ」
神威はまるで子供が自慢するような仕草で高杉に話す、高杉は僅かに目を細め、その長い指で煙管の灰を少し落としてから再び煙管を口に運んだ。
「それで?」
それで、と先を促す。矢張り高杉は肯定も否定もしない。高杉が感情を露にするところがあるのか神威は見てみたい気がした。
全部知りたい。高杉のことを全部知っていたい。今此処で押し倒してその整った顔を殴って全てを引き出したい。暴力的なまでに高杉の底を知りたいと思う。
「あんたさ、勿体無いよ」
「勿体無い?」
「死にたいなら俺と殺りあってから死んでよ、他の奴は嫌だな」
「へぇ」
僅かに高杉の右眉があがった。
「だってさ、そんなに素敵なのに他の奴があんたの中に居るなんて俺が嫌だね」
「随分手前勝手な言い分だな」
「あの銀髪にもあんたの失くした何かにも渡したくない」
今度こそ高杉が哂った。我慢できないと云わんばかりに聲を立てて哂う。
「莫迦だな、てめぇ、そんなの」
高杉はそのしなやかな身体をゆっくりと前に向ける。
引き留めようとしたけれどその前に高杉が言葉を続けた。

「熱烈な告白みてぇじゃねぇか」

顔を洗って出直してこい、という言葉を残して高杉は自分の艦に足を向けた。
追いかけよう、もっと話そうと思うのに高杉が残した言葉に神威は動けない。
( 告白? )
そんなつもりはなかった。ただ勿体無いと思っただけだ。あんな男が死に損なっているなんて、勿体無い。
全力で殺りあって死ぬべきだ。そうすればきっと彼はもっと清々しく笑う気がした。
それだけだ。告白など、そんなつもりは無かった。誓って無かった。
けれども云われてみるとそうなのかもとも思う。今しがた自分が高杉に放った言葉こそ告白だったのだ。
欲しい、殺したい、今は殺さない、知りたい、あの男の全部知りたい、暴いて、弱さも強さも一緒くたにぐちゃぐちゃになるまで交わって全てを手にしたら幸せだろうと思うのだ。
「ああ、そうか、」

「あれが欲しいんだ」
「団長、どうしたんですかい?」
「うん、顔洗ってくる」
「顔?汚れてませんぜ」
「出直すんだって」
はあ、と阿伏兎が首を傾げる横を神威は機嫌良く、すり抜ける。
三歩進んだところで振り返った。
「あ、阿伏兎さ、あの煙管ってやつ欲しいから探してよ」
「はぁ?あんな面倒なのをですか?煙草の方が・・・」
「煙管がいいんだ」

そして軽快に神威は走り出した。
( 欲しい )
( 知りたい )

何もかも初めてのその感情に高揚を抑えきれない。
( 全部欲しい )
亡骸だって自分は欲しいに違いないのだ。


知りたい。
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