確信犯/※海月×山吹
間が悪かったのだ。
その時の山吹は間が悪かったとしか言いようが無い。
他にどう云ったらいいのか、適当な言葉を山吹は見つけられなかった。

その日はたまたま不運の連続で、
国枝先生は一日中不機嫌であったし、提出した筈のデータは何かの衝撃か
ディスクが元々悪かったのか破損していたし、
食堂は珍しく大混雑で席が無いし、大事な資料は見つからないし、
連日の作業で殆ど寝ていないし、その上路上で大喧嘩するカップルに
鉢会うし、おまけに酷い雨でバイクは使えなかったから電車で徒歩だし
雨脚は止みそうに無いし、とにかくもう散々だった。

むしゃくしゃしていてどうにも腹の虫が収まらないので
勢い余って山吹は今日一日顔を見ていない海月の家のドアを叩いた。
もういっそ海月で発散する以外このストレスを解消する術を山吹は見出せなかった。

「上がっていいか」
言葉に棘すら含ませて山吹が云えば海月は黙って頷いた。
入ってすぐタオルを手渡される。
それを黙って受け取って濡れた足や手を拭った。
「ビールあるか?」
海月が黙って冷蔵庫を指すので、珍しくあるらしい。
冷蔵庫を開ければ冷えたビールが一本あった。
プルタブを勢いよく開けてぐい、と飲み干す。
ごくごくと三分の二ほど飲み干してやっと一息吐いた。
ぐるり、と海月の部屋を見渡す。
ベッド、棚、それを埋め尽くす本本、本、海月らしいと云えばらしい
部屋だ。海月はいつもの定位置で本を読んでいる。
それが何故だか霧消に腹が立って海月に近づいた。
これでは八当たりだ。それは山吹にもわかる。
元来山吹は人に当たるような性格では無いし、普段は並の人より遙かに
落ち着いているし、温厚で優しい人柄だ。
だが、その日はもう何かが外れていたのだ、そうとしか思えない。
海月に顔を近付け山吹は海月の目を見た。
静けさを湛えたような深い泉のような眼だ。
「今日は凄くむしゃくしゃしているんだ」
「ああ」
更に顔を近付ける、これではキスも出来そうだ。
「酷く疲れたし、この感情を何処に流せばいいのかわからない」
「ああ」
山吹は肩を掴んで海月に口付けた。
「無茶苦茶に抱いてくれ、及介」
繰り返すキスの内に海月は本の頁を閉じた。

誘ったのは初めてだ。
山吹はこんな性格ではないし、勿論人に当たるなどまず無い。
余程精神的に参っているのだ、と海月は推測した。
まだ約束の十日にはあと二日ほどある。
だが、求められれば応えるのは男としての性だ。
海月は山吹よりそういった行為に貪欲であったし、それを自覚してもいる。
山吹の生活と自分の生活を考慮してペースを十日と設定していたが
別に毎日でも構わないのだ。後が面倒なので山吹にその旨を漏らしたことは無いが。
故に今回のことは海月にしてみれば実に興味深い行動であったし、
また観察するに値する行為であった。
簡単に云うと棚から牡丹餅である。
これに応えず一体何に応えるのか、
海月はそのままベッドへと山吹を誘導し、反対にその唇を貪り始めた。
雨で濡れた衣服を急いで脱がせて身体を弄る。
酷くいやらしい行為だ。
絡みあうように身体を弄り、今日は本当に自失しているらしい山吹が
海月の服も脱がせ始めた。
山吹の望むようにさせてから海月は、じ、と山吹を見つめる。
上気した頬は赤く、そこかしこにある欝血は海月が付けたものだ。
下肢を遠慮なく触れ揉みしだけば山吹が、ああ、と溜息を洩らした。
いつもなら中々させないような体位も今日は無礼講らしい。
それに喉を鳴らしながら海月は後ろから山吹の首筋に噛み付いた。
まるで吸血鬼のように、しかし其処から血は啜られることも流れることも無く
舌でゆっくり首筋を辿り、下に伸ばした手が挿れるべき場所に指を入れて濡れた音を立てた。
「・・・っ」
山吹は淡白な性質だ。
海月に比べればずっと淡白で、行為をするのも常に及び腰だ。
こんな山吹は見たことが無かった。想像したことはあったが
現実は想像していたよりずっと卑猥だ。
山吹に見えないように少し口の端を上げ、海月は慣らしたそこに
ゴムを被せた己を突き入れた。
痛みがある筈なのに、それ以上に憤りが勝るらしい。
山吹は少し呻いた後、揺さぶり始めた海月のリズムに飲まれた。
「あ、、あ、アアッ・・・!」
ぶるぶると山吹が慄える。
絶頂が近い、
そのまま揺さ振り続けて、山吹の到達する瞬間に寸での処で
海月が山吹自身を強く掴み衝動を堰き止めた。
「っ、、あ、、、アアッ」
びくびくと山吹が痙攣する。
堰き止められた昂りは身の内で暴走する。
それがどれほどの快楽をもたらすのか山吹には想像できない。
日頃から山吹の快楽を引き出そうと、何かを教え込むようにセックスをする
海月であったが、山吹の衝動を止めたことは無かったし、
到達したいだけさせていた。故に山吹には初めての感覚だ。
ぶるり、と山吹が慄え、きつく握りしめた山吹の根本からじくじくと汁が溢れた。
「や、やだ、、、うあ、、、ッ」
数度揺さ振り、山吹が諦めたように目を閉じ、及介と呟くのを聴いてから
海月は手を離した。
酷い勢いを伴って山吹が射精する。
その勢いに絞られるように海月も吐き出した。

「はぁ・・・」
ぐったりするように前のめりに倒れた山吹を支え、海月はその背を見つめた。
しなやかな身体だ。少し薄くもある身体が疲れたように息を漏らす。
それに欲情した。
こればかりはどうしようも無い。
海月にとって山吹は、山吹が思うよりずっと特別だ。
恐らく昔から、中学の時に同じクラスで出会ってからずっと特別だった。
「、、及介、、、ッ」
いつまで待っても抜く気配の無い海月に山吹が焦りの聲を洩らす。
それを無視して海月は未だ硬度を保つ自身を山吹の中で揺らした。
ずちゅずちゅと卑猥な水音が響く、
山吹は逃れようとシーツを掴んだが海月が強い力で引き寄せた。
「っ、、、やめ、、」
はっ、と息を洩らす山吹は海月を煽るには充分だ。
普段自分が一体どんな顔をしているのかいっそ思い知らせてやりたいとすら海月は思う。
山吹の身体を抱え胸と山吹自身を嬲りながら体重でより深く交わった。
「あ、アアアッ、、、!」
激しく突き挿れれば山吹がたまらないと慄え、嘘、と呟きながら
また到達した。よく見れば腕も脚も鳥肌が立っている。
酷い快感なのだろう。
「いっ・・・やだ・・・ッ」
途切れ途切れに海月に懇願するように叫ぶ山吹に海月は囁いた。
「無茶苦茶にして欲しいんだろ」
早月、と耳を舐めれば山吹は一層慄えた。
こんなことになるなら誘わなければよかった、と思う。
山吹は後悔していた。そしてもう二度と誘うまいと決意をする。
そんな山吹の心中を察したように海月は一層激しく揺さ振り
山吹の身体を反転させ更に酷く揺さぶった。
「ッ、、う、、あぁッ、、ッッ、、ッ」
唾液が零れる、それを舌で掬い海月は自分の願望が叶うのを感じた。
海月自身もこんなチャンスはもう二度と無い、と確信するが故に
激しく山吹を貪った。途中から啜り泣きのような聲で懇願に近い
悲鳴が漏れるがそんなことで手放せる筈が無い。
そんなもので手放せるならこんな想いは抱いていないのだ。
確信犯的な衝動のままに海月は文字通り朝まで山吹を貪った。
山吹が意識を失っては少しの休憩を入れ、また揺さぶる、
ループ的に続く行為の内に山吹は意識を完全に落とした。

「・・・っ」
目が覚めても動ける筈が無い、全身筋肉痛と云ってもいいし、
喉は腫れていて聲は擦れている、尻などもう悲惨な状況だった。
恨めしげに海月を見れば今日は海月も休んだらしい、
甲斐甲斐しくうどんを出して呉れた。
何か恨み言のひとつも云ってやろうと山吹は思うが、
冷静になってみれば誘ったのは自分である。
だからと云ってこれはあんまりだが、しかし原因は自分なのだ。
はあ、と溜息を一つ吐いて、今回は勘弁してやろうと思う。
海月の部屋から見える外の景色を見て山吹は少し気分を良くした。

だって空はこんなに晴れて青い、
確かにあの厭な気分は何処かに行ってしまったのだ。
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