微熱/※海月×山吹
海月はわりと端正な顔立ちだ。
加部谷が以前ちらりと洩らしたことがあった。
アイドル顔では無いがかなりのものであると称していた。
それを想い出して山吹は、成る程、と少し感心した。
山吹も海月も美醜はあまり拘らない性質であると思うが、
改めて海月の顔を間近で見て山吹はもう一度、成る程、と納得した。
確かに加部谷の云う通り、海月の顔は整っている。
それなりに美形と云っても差し支え無いだろう。
別に海月に無理やり近付いて顔を眺めているわけでは無い。
どちらかというと逆の状況と云えるだろう。
山吹は海月の両手に頬から耳の裏まで包まれている。
つまりがっちり顔を固定されて数分前から飽くことなくキスの雨を受けている。
放っておけば直ぐ終わると思って好きにさせていたが
キスは止まるどころか激しさを増していた。
「・・・っ」
絡めるように熱い舌が山吹の舌を掠め取る。
ゆっくりとじっくりと味わうように、また何かを捜しているようにも思えた。
海月は物事をじっくり観る男だ。
恐ろしく出来のいい頭は記憶力も抜群で、それはきっと他人よりも
じっくり物を捉える為だろうと山吹は推測している。
山吹も並の人間よりはそれなりに頭の出来はいいと自負しているが
それでも海月の思慮深さには感心する。否、生き方に関心があると云ってもいい。
用心深く、或いは零れ出る微かな欠片をも見逃さないような仕草で海月は
山吹の口内を表から歯列の裏までゆっくりと熱い舌でなぞった。
びく、と山吹の身体が揺れる。
山吹は人より淡白な人間だ。性に対しての関心も昔から薄く、
インテリにありがちな潔癖とまではいかないが、少々その気がある。
故に男なのだから溜まっているものはどう処理するのか、という現実的な問題には、
いやらしい想像をしたりAVにお世話になったりすること無く、処理の簡単な
浴室で単に溜まったものを出すという非常に淡白な性衝動だった。
無論今まで誰とも経験がなかったか、というとそれは違う。
山吹とて男であり、人並みに彼女と付き合いそれなりに楽しんでいた頃もあった。
しかし大学院へ上がり、研究と向き合う日々の中でそんな人並みの生活が山吹に
とって不要なものだと気付いてより淡白な生活になったのだ。
別に今のところ山吹はそれで困ったことなど無かったから問題は無かった。
問題があるとするなら今の状況だ。
まさに今、この瞬間に海月が山吹に激しいキスを落としているこの状況だ。
海月とは昨年偶然大学で再会して何故か十日置きにセックスをしている。
きっかけはもう覚えてはいない。飲んでいた気もするし、どうだったか、
事が事なだけに詳細を想い出すのも気が引けた。
しかしその行為が何なのか、海月にとって何を意味しているのか
山吹は行く末に少し興味があった。だから流されるままに受け入れている。
自分が受け入れる側だと云うのに多少疑問は残るが、たいした嫌悪感も無く、
山吹の中でわりとドライにその関係は位置付けられていた。
海月のセックスは非常にゆっくりで山吹が翌日疲れて動けないこともある。
まるで山吹の身体の奥底に眠るパトスを揺さぶろうとでもするかのようだ。
じっくりと観察するように、ゆるゆると身体の全てに触れて侵食するように、
「・・・ぁ」
はっきり言おう、海月が引き出そうとしているのは山吹の快感だ。
指を絡め、熱い舌で、熱い視線で、熱い身体を絡めて、
お前は何が云いたいんだ、と山吹は口を開きたくなる、
が、少しの息継ぎをして直ぐに海月は山吹の口を塞いだ。
海月は無口では無い。
世間的に見て、「無口」「無愛想」「無表情」と無の三冠を欲しいままにしている
海月であったが、話せないというわけでは絶対無い。
近しい人間や或いは海月が自分の推理を披露する時を知っている者ならわかるだろうが、
海月は実に流暢に大量の言葉を話す。
だから海月が話さないのは海月自身の主義であって、海月が必要無いと思っているからだ。
だがこんな時いっそ何か話してくれればいいのに、と山吹は思う。
必至で海月の肩を掴んで苦しいと意思表示をするが、海月は気にした風も無く山吹の耳尻を
指で擽りながら、互いにもつれあうように床に倒れ込んだ。
飲みこみきれない唾液が床へと伝ったが気にしている暇など無かった。
山吹は再び何かを口にしようとしたが海月の目を一瞬見つめて、考えを改めた。
海月の言葉を聴いたらきっと駄目なのだ。
海月の言葉を聴いて仕舞ったら現実になってしまう。
山吹が海月に求めまいとしている回答を得て仕舞うのだ。
そして言葉が意味を持って歩きだし、山吹はそれに飲まれるだろう。

(嗚呼・・・だから・・・)
これは熱だ。
激しい嵐のような熱だ。
いっそ言葉で語るより雄弁に愛を囁かれているようだ。
そんな錯覚に流されそうになる。
海月が山吹に何を伝えたいのか、
回答を求めない山吹に海月は態度で示しているのかもしれない。
キスの合間にいつもより少し上擦った聲で、焦りさえ含ませて
「さっちゃん」と呟く海月を山吹は霧消に抱きしめたくなった。
背に手を伸ばし、力を込めようとして山吹はその手を降ろす。
駄目だ。
流されては駄目だ。
これは一種の熱だ。
でなければこんな激しい情熱など在る筈が無い。
でなければこんなに苦しいことなど在るものか、
切ないような胸を焦がすような、嵐のように渦巻く、
そんな感情が自分の胸の内に、或いは海月の胸の内に在ることなど・・・
決して自分は口にすまいと、山吹はキスの合間に思う。
激しく絡められた舌先が痺れてきた。
絡めた脚が熱っぽくていやらしい。
熱の中心を感じている、それに疼きすら覚えて山吹は目を閉じた。
舌先から侵食するように痺れていく感覚に捕らわれる。

山吹は言い訳をするようにもう一度自分に言い聞かせた。
この激しい交わりは互いに熱があるからなのだ。
甘い、痺れるような感覚に攫われて感じる刹那の微熱だと、
山吹は次に降るキスを受け止め、海月の手に指を絡めた。
まるで熱に浮かされたように、いっそいやらしく指を絡めて目を閉じた。
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