携帯電話/※海月×山吹
僅かだが山吹が身捩いだ。
それを海月が引き留める。
「携帯・・・」
手にしようとした携帯電話は名残惜しむかのように数度コールした後
再び静寂に戻った。
海月がこういった意思表示をするのは珍しい。
しかしベッドの中ではままあることだった。
再び触れてくる海月を見て思う。
何故自分なのか、
これは常に山吹が自問していることであり、また回答を求めまいと決めた
ものであった。
だが思考はどうしようも無い、常に「何故」という疑問が山吹にはあった。
それを察したのか察していないのか、海月は離すまいと手に力を込めた。
別に離したら逃げるわけでもなかろうに・・・
少し苦笑してから山吹は仕方無い、と目を閉じてこの旧き親友を受け入れた。
ああ、と溜息を漏らしながら上擦る聲に今度こそ没頭した。

「加部谷さんだ」
身体を洗いさっぱりしたところで先ほど鳴っていた携帯を手に取る。
後輩の加部谷である。
加部谷は山吹の知り合いの女性の中で一番親しいと云ってもいい。
話しているとだんだんおかしな方へ行く彼女のトークは見ている分には非常に楽しめた。
リダイヤルを押して三回コールしたところで加部谷が出た。
「山吹だけど、はい、はい・・・ああ・・・」
食事の誘いだった。ちょうど暇なので、と加部谷が電話で話す。
今日は休日で、加部谷の様子を聴くかぎり今日は誰も捕まらず当てが外れたという
ところだろうか。
しかし身体は疲労しきっていて正直もう寝たい。
昼間からこんな不健康なことをしているのも気が引けるが、
山吹にとってこれは一般的解釈として酷く下品な行為という心象であるにも関わらず
海月の衝動は別のものに思えた。
山吹自身は潔癖なのか、そういったことを話題に上らせることすらしない。
そんな話題をする人間を周りに置かなかった。
だがどうだろう、海月との行為は「下品」とは思えなかった。
海月を観察する上でそういった衝動が山吹より皆無に見えるのに
それとは裏腹に激しいセックスが面白いのかもしれない。
そこに存在する海月の解離性と俗っぽさのギャップに中てられているのかもしれないと
山吹は推測した。
「うん、食事かぁ・・・僕は遠慮しておくよ、少し風邪っぽいんだ」
電話越しで加部谷が聲を上げる。
『えー・・・そうですかぁ、お大事にぃ。加部谷が看病しましょうか?』
彼女に看病されたら治るものも治らないだろう、と想像して山吹は苦笑した。
「有難う、少し熱っぽいだけだから寝れば治るよ、ごめんね」
つとめて明るい聲で伝えれば加部谷はもう一度、お大事にぃ、と云ってから言葉を続けた。
『じゃあ・・・加部谷はどうしましょう・・・うーん、海月君でも誘おうかなぁ、あ、海月君居ます?』
いつも思うが海月が山吹の家に居るというのはどういう根拠だろう。
別に常に一緒にいるわけでもなし、確かに頻繁に行き来はしているかもしれないが、自分は
海月の連絡網では無い。そもそも携帯を持たない海月が悪いと思う。
しかし、携帯を持った海月を想像してみると、恐らく携帯があっても受信オンリィだろう。
誰かが海月に何か云っても返事が返ってくることなどほぼ皆無だ。
そう思って山吹は、ああ、海月はやはり携帯は必要無いな、と考えを改めた。
ちらりと海月を見れば汚れたベッドを新しいシーツに替えていたらしく、
山吹と目線を合わせてから、ふ、と首を振った。
いないと云え、ということだろう。
了承したと手を上げ、申し訳ないが、と加部谷に伝えた。
「今日は海月は来てないよ」
加部谷はそうですかぁ、とぼやいてからもう一度お大事にぃ、と電話を切った。

「行けばよかったのに」
電話を切って山吹はベッドに腰かけた。
壁際の定位置に納まって本を開いていた海月は山吹を見ずに口を開いた。
「行って欲しかったか?」
これには山吹が目を見開いた。
驚いた、正直に驚いた。
こんな言葉を海月が云うなんて想像を超えていた。
だいたい朝起きたらいないなんて、ざらなのだ。
山吹も別にセンチな気分になったり、まして海月とピロートークなんて有り得ない。
だから気にも留めていなかった。
「ああ・・・そうだなぁ・・・うん、そうだね」
どう云っていいのか正直わからない。
山吹の中で整理が追い付かない。
完全に不意打ちだ。
しかしこれには、がつん、と来た。
何がとははっきりできないが、揺らめいた。
「どうやら僕は『風邪っぽい』らしいからもし熱を出したら海月が看病してくれればいいよ」
どうにかそう返事を返したら、海月は何も云わず頷いた。

この関係がどういうものなのか山吹は答えを求めない。
今はその必要が無いと感じるからだ。
だが、少し、ほんの少し傍らの親友の存在が嬉しかった。
口の中で少しだけ感謝を籠めて「及介」と呟いた。
呟きが聴こえたのか、たまたまなのか、海月はもう一度微かに頷いた。

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