甘える/※海月×山吹
海月は少しずるい、と偶に思うことがある。
云いたいことを自分から云わずに誰かがアクションを起こしてくれるのを
待っている時がある。
「・・・」
しかし問わないわけにはいかないので山吹は胸の内で少し溜息を吐いてから
海月に問うた。
「何?何かあった?」
海月は僅かに(本当に顔が五ミリほど動いただけだ)頷き、重い口を開いた。
「アパートでガス爆発があって」
「海月の階で?」
「真上」
一拍置いてから海月は言葉を続けた。
「工事中」
「ああ、成る程」
海月は要するに暫く山吹の家へ行ってもいいか、と暗に問うているのだ。
敏い自分が時折損をしている気にもなるが、これは山吹の性分であるし、
此処で山吹が拒否しても海月は何一つ気にしない。
それが少し寂しかった。人に言わせる癖にその実本気で求めてなどいないのだ。
それに海月が欲しているのは結果的に許容してしまう言葉を含めた山吹自身であるという気もする。
頷いて「じゃあ工事中はうちに居るといい」と云うはめになった。
結局、海月がはっきりした要求を口にしなくても海月の思った方向へ流れるのだ。
ああ、そうだ、こういったのを何と云ったか・・・

「ジャイアニズム・・・」
確か以前、加部谷がそんなことを云っていた。
「?」
海月が一瞬顔を上げたので少し気分を良くした山吹は改めて考える。
もちろん『ジャイアニズム』についてだ。
(否・・・海月だから、さしずめ海月ニズムか・・・)
ぷ、と新しい造語に笑いを漏らし山吹は歩き出す。
だとしたら恐ろしく無言の海月ニズムだ。
無言とは恐ろしい力を持つ。そう考えて海月を思う。
海月及介という男は未だに山吹には測れない。
しかしそれが面白い。
海月と共に居て有意義だと思う時間を感じるのはこういう時だ。
そうだ、夕飯はカレーにしよう。
ああ見えて海月は凝ったカレーが好きだ。
今から食材を買いにスーパーへ寄って、家に帰って、
食後に海月に珈琲を淹れてもらってもいい。

悪くない、
悪くないな、と山吹は感じて背後の海月を見た。
海月は一瞬、何だ?というような不可解な表情を微かに浮かべたものの
何も云わなかった。
いつもの海月の静寂だ。
海月は稀にこうして意識的に、或いは無意識的に山吹に甘える。
だからたまには自分が海月に甘えたって良さそうなものだ。

「海月さ、夕飯はカレーにするから食後に珈琲淹れてよ」
海月はわかった、と頷き、少し考えてから「さっちゃん」と云った。
海月なりの礼のつもりなのか、いつもより少し言葉に感情が籠っている気がした。
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