観測者K/※海月×山吹
海月は他人という対象を観察する男だ。
主観である海月以外の存在から見れば「無口」「無愛想」「無表情」「常に怒っている」
等、非常に誤解を生み易い男であるが、じ、と海月を見つめていた
山吹にある日突然「海月はさ、人を観察してるよね」と云われてから
自分の癖を再認識した。
海月が黙っていれば人は勝手にそれに対して何らかの感想を抱く、
ある者は、何かを語り、返さない海月に飽きて出て行く。
またある者は海月を部屋のオブジェの一つだと認識しなおし普段通り振舞う。
また別のある者はそれに怒り何かを捲くし立てる。
海月は鏡なのだ、と山吹は思っている。
人を観察することによって海月は黙る。黙ることによって起こされる結果を観測する。
殆どの他人はそんな海月を遠ざけ、ごく僅かなそれを許容できる他人が残った。
主だった一人は中学の同級生である山吹早月で、
主だったもう一人は大学で同じクラスの加部谷恵美だ。
あとはほんの数名、そういった「変わり者」が海月の世界である。
故にこういった考察から海月は他人というものを観察するのが好きなのかもしれない。
否、好き、と云うより最早、習性、ライフワークと云っても過言では無いのかもしれない。
そういった海月の特性、もしくはデフォルトの状態を知らないから
他人は己の価値観で海月を見定める。
今、目の前を歩いているのは赤柳だ。
偶然を装っているが、偶然ではない、と海月は推測する。
赤柳は少し前を歩き山吹と話していた。
時折、山吹の身体に赤柳が触れる。
決してやましい意味では無く、ただ偶然に。
コミュニケーションの一環として、だ。
海月はそれをただ無表情に見つめ、赤柳が「じゃあ、またね、海月君も」
と挨拶されても反応はしなかった。

赤柳と別れた交差点は赤柳という存在が抜けると急に静かになった。
海月の静寂だ。
「・・・なんかさ」
唐突に山吹が口を開く。
海月は無表情に言葉を耳に入れた。
「フランクって云うか面白いひとだね、赤柳さん」
山吹のその言葉を海月はもう一度反芻し、耳を閉じた。
いつものように山吹の家に寄って寛いだ、山吹は風呂に入る、と浴室に消えた。
さほど時間もかからず風呂から上がった山吹を見て海月は無性に衝動を感じた。
まだ十日経っていない。この性的衝動は十日置きでなければならない。
だから今日はやらない、そう決めたリズムが僅かに乱れそうになる。
しかしそれは海月の理性が止めた。
だが、その代わり、(これは代償行為と云っていい)風呂上がりの山吹に近付き、
山吹の髪に鼻先を沈めた。
「何?どうしたの?」
海月は口を開くことなく、その香りを吸い込んだ。
「海月?」
後になって気付いた事だが、もしかしたらあの時自分は腹を立てていたのかもしれない。
赤柳という存在が山吹という存在に近付くことに。

(・・・そうか・・・)
(腹を立てたのか・・・)
海月は些か驚いた。
自分でも腹を立てることがあるのかと少し感心した。
腹を立てる、所有欲、独占欲、そういった種類の感情、
山吹は答えを求めない男だ。
だから自分はまだ山吹に答えを伝えない。
だけれど少し、そういった感情を抱いたことに、今は少し機嫌が良いと云ってもいいほどの
気分の高揚だった。
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