まさか/※海月×山吹
加部谷はもう一度「不思議」と呟いた。
何が不思議なのか、山吹にしてみれば唐突に学内の建築科へと続く廊下で
そんなことを突然呟く加部谷の方が余程不思議である。
「何が?」
彼女との会話はとりとめのない内容が多い。
彼女が有意義なことを話す方が少ないのだ。
山吹にしてみれば、作業中であったり疲れている時でなければ
加部谷の話は意味を為さないもののそれなりに楽しめた。
時折吃驚するようなことを云うからだ。
「だってどうして二人いつもそんなに一緒なんですか?」
続いて「やっぱり信じられない、海月君が他人と一緒にいるなんて!」
まして半同棲だの、勝手に喚いた。
少し後ろを歩く海月はおそらく聴いているものの無反応だ。
だからと云ってそれを山吹に問われても困る。
「まあ付き合いが長いから」
やんわりそう云えば、加部屋はぷう、と頬を膨らませ、
怪しいだのなんだの引き続き喚いた。
海月と山吹は中学の同級生だ。
つまり同郷である。同じ島の出身だ。
しかしそれだけでは納得できないのも確かなのかもしれない。
この海月と云う男、とにかく無愛想だ。人とのコミュニケーションの
一切を廃したような男だ。
驚くほど無口でほとんどの人間は最初こそ彼に話かけたものの
無反応な(慣れれば僅かに五ミリほど動くとかそういったことがわかるのだが)
海月の態度に次第に離れていった。
かといって海月は一切人と話さない、と云うわけではない。
必要があれば驚くほど雄弁に多くを語る。
しかし多くは寡黙であったし、厭なことであれば絶対動かない。
自分の生活のリズムを乱されるのを嫌い、常に同じスタンスで生きていた。
故に山吹や加部谷と云った海月の近くに居る人間は、
けして海月が無反応や無愛想なのではなく、そして怒っているわけでもなく
それがこの男のデフォルトであると理解していた。
「でもなんか信じられない、海月君が山吹さんにそんなになつくなんて!」
そう云われても山吹自身もそれは不思議である。
別段他意はなく、もともと面倒見の良い山吹だ。
同郷の三年遅れてやってきた同級生の海月を放っておくことも無く、
何かと気にかけて聲をかければ気付いたらほとんどの時間を一緒に過ごすことになっていた。
海月の無口にも慣れればそれはそれで心地良いものであったし、
人生観としてたまに感心することがある。
「どうだろう?それは海月に訊いてみたら」
納得のいかない加部谷を諭すように云えば、
加部谷は「うわあぁ、やっぱりそんな関係だったんですか!」と聲を張り上げた。
彼女の中では一体どんな関係なのか知りたくも無いが、流石に廊下でこれは居心地が悪い。
「今日はもう資料をもらったら帰るよ」
「え!?うそ!どうして・・・!加部谷の製図には付き合ってくれないんですか!」
わあわあと叫ぶ彼女に山吹は「ごめんね」と云ってから資料室のドアを開けた。
「うわああ!どうして、海月君も帰っちゃうの!?」
ぎゃああと喚く彼女を他所に山吹と海月は二人で帰路に就いた。

「・・・」
海月がちらりと目線を寄越すので、何だ?何かあるのか?と山吹が問うた。
「その通りだと」
「ん?」
珍しく顔をあげて海月が口を開いた。
「云えばよかったか」
一瞬何のことか山吹にはわからなかった。
だがそれが先ほどの加部谷の『そんな関係』を指すのだと悟った時に
流石の山吹も閉口した。
「お前でも冗談を云うことがあるんだな」
だってそんなの洒落にならない。
そんなのお前が一番わかってる筈だろう?及介?
それを口にしようとした瞬間、
微かに懐かしい聲で「さっちゃん」と呼ばれた気がしたが、
海月はそれきり口を開かなかった。
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