融解温度/※海月×山吹
最初がどうだったのかなんて覚えている筈が無い。
中学の、確か二年の夏だった。しかし心象は朧で形はぼやけている。
自分が誘ったのか海月からなのか、それすらも覚えてはおらず、
どちらかというと封印したい記憶であった所為もあってよく
思い出せない。どちらともなく自然の流れだったのかもしれないが、
今ではもう断片的な記憶でしかなく、もうすっかり忘れていたことだった。
だからこそ今の状況を山吹は少々危惧してもいた。
「海月」
くらげ、と聲をかければ僅かに海月の顔が動いた。
ほんの五ミリほどの揺れだ。
呼びかけてもほとんど反応は示さないが海月はちゃんとこちらの
話は聴いている。昔はもう少ししゃべったように思うが
年々歳を重ねる毎に寡黙になっていくこの男にも、慣れたと云えば
慣れた。この男の造り出す静寂が今では少し心地良いとさえ思う。
加部谷曰く、海月は風景の一つであり、等身大の人形が本を読んで
座っているのだと称して辺りの笑いを誘ったことがある。
山吹は確かにそれも一理ある、と思った。
だが、今は少し違う。
そろそろ言葉を紡がないとどうにもならないな、と山吹は息を吐いてから
もう一度「海月」と制した。
どう説明したらいいのか・・・山吹自身にもわからない。
今、山吹の部屋のソファの上で、海月に乗っかられている状態だ。
状況によっては押し倒されていると云ってもいい。
観る人が観れば誤解されかねない状況だ。
(特に、加部谷さんみたいなひとには。)
と胸の内で付け加えた。
こういった状況は今回が初めてでは無い。
これまでにも、大学で海月に再会し、互いの家を行き来するようになってから
何度かあった。
否、周期的に。と云ってもいい。
最初は気付かなかったが、「赦して」いる内にそれは周期的になり、
今ではそれがきっちり十日置きのことだと気が付いた。
しかし気付いたところで山吹にはどうにもできない。
海月の中には海月の生活のリズムがあり、その海月の規則正しいリズムによって
この状況が生み出されている。
「明日ゼミがあるんだ。朝イチで」
漸くその言葉を紡ぐと海月が僅かに頷いた。
わかっている、ということなのだろう。
明日は遅れられない。提出するレポートもある、午後から計測の手伝いも入っていた。
要するに明日はフル稼働で忙しいのだ。
そんな時に勘弁して欲しい。
す、と海月が動いた。まるでアサシンのような動きだ。
静かすぎて瞬間移動でもしているんじゃないかとさえ思う、これも以前加部谷が溢していた。
退いてくれるのか、と一瞬、安堵したのものの、次の瞬間、先ほどより顔が近くなった。
海月がやや低い聲で重い口を開いた。
「さっちゃん・・・」
脚を絡められ布越しでもわかる熱を感じた。
「早月・・・」
こういう時に昔の呼び名で呼ぶのはずるい。
まして下の名をそんな熱っぽく。
これではまるで恋人同士のようだ、と山吹は思った。
低い囁きに弾かれるように顔をあげた、海月の肩を掴んで叫びたくなる。
おい、及介、俺達は一体何なんだ?
自分も、海月も、互いがゲイだなんてきっと思っていない。
なのに身体だけは何かを求めるように絡みあう。
複雑に、とても複雑に心も身体も絡みあう。
それが一体何なのか、山吹はこの海月という男の衝動に興味があるから
これを赦しているのだと自己分析した。
でなければ勘違いしそうだ。
この熱に、この融けるような感覚に。
普段は何一つ求めない癖に、その癖、セックスの時は言葉で語るより雄弁に
激しく求める。そのギャップに時折眩暈がする。
「さつき」
そう、たとえば今こうして囁かれている瞬間に、
唇が触れるその瞬間に、


僕は融けて、お前に融けて吸収される錯覚に捕らわれる。

こっそり海月が山吹を「さっちゃん」とゆったら可愛いと思って血迷いました。
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