※世界崩壊前、直哉=20歳、直刀=13歳。


13歳になる直刀が、霧原一家が大阪へ引っ越してから
早3ヶ月、あの何かと騒がしい弟が霧原家から
姿を消したことに一抹の寂しさを覚え無くもなかったが、
当初思っていた通りこれで良かったのだと思えた。
直哉は大学を理由に大阪へは行かなかった。
結果こうして霧原家をまかされて晴れて一人暮らしである。
( 準備期間は自由がきく方がいい )
些か溜息交じりにそんな慰めを云ったところで
既にあの従弟の姿は無く、直哉は眼鏡を外して
プログラムで少し疲れた目を指で擦った。

弟を愛している。
そう云ってもあの弟は信じないだろう、
直哉が直刀に性的に欲情しているのを
幼いながらも敏感に感じ取って
( 何せ14の時から一緒に暮らし始めてから5年半ずっと、だ )
へらへら笑いながらも兄である直哉とは微妙に距離を取ってきた。
直哉のそれが欲情という種の感情であるということすら
わかっていないだろう癖に危機感知能力は長けているらしい。
でなければ今頃直哉は部屋に無邪気に宿題の内容を
「ここ教えてくれへん?」と尋ねて来た直刀を確実に襲っていた。
だからこの距離でいいのだとも思う。
男は皆狼である。
直哉が直刀を特別に思うのは何もその魂の在り様だけでは無い、
ここ少なくとも何度かの生は女と云うものに完全に興味が
失せて仕舞って、結局性衝動を処理するのは皆男に偏っている。
性の嗜好を追求すれば多くの歴史者がそうであったように
同性愛に奔る傾向があるのもあながち否定はできなかった。
長い時を渡る己も確かにそうなったのだから。
幸いにも容姿には優れていたので相手に不足をすることはなかったが、
矢張り好みというのはある。
はっきり言って直刀、直哉のド好みであった。
あのふわふわ跳ねる髪の毛も、触れれば吸いつきそうな肌も、
少し生意気な眼も口も態度も皆可愛い。
叶うものなら腕に閉じ込めてあらゆる愛を囁いて
溺愛してやりたいとも思うが、そうもいかない。
来るべき好機を逃してはならない、弟を愛している反面
弟を利用する野心もある。
将来への布石の為にもまだそれは出来なかった。
故に直哉も直刀とは不自然な距離を保ったまま、
表向きは常に寡黙で必要以上に構って来ない兄を装うしか無かった。
( 俺と離れて安堵しているのは直刀だな・・・ )
そして自分も、
此処最近直刀も手足が伸びてきて、しなやかな体躯が見てとれた。
それに眩しさを覚える反面はっきりとした欲望の形が自分でも抑えられない、
何度生を迎えてもこの若さという衝動的なものには抗えない。
いつ直刀の腕を掴んで衝動的に襲うかわからなかった。
だから安堵しているのは自分も同じなのだ。
( 健やかに育てよ、直刀 )
来るべきその時まで、
出来れば幸せに、健やかに、あの笑顔を絶やすことのないまま、
無邪気に育って欲しい。
勝手な願いとはわかっていても、あの弟を想うとそう願わずにはいられなかった。


「おや、君がこっちに来るなんて珍しい」
半年ぶり?
なんて揶揄する男は飽くほど顔をみた男だ。
勿論時代時期によって顔は違う、しかしその魂の根本は何一つ
変わっていない、そんな(不本意ながら)盟友の男だ。
悪魔とさえ呼んでいいものなのかどうか、
しかしその禍々しい男は相変わらず繁華街で人間の欲望と
快楽を求めて遊び歩いている。
これもその一環だった。
ロキの経営する非合法のデートクラブである。
かなり昔からそういった類のものを作っては人間を貶めて遊んでいるようで
気付いた頃には「君は永久会員で☆」なんて冗談めかしに
云われたまま、結局人間として生まれた以上性的衝動はあるわけで
それなりに利用させてもらっている。
あるものは至上の悦楽を得たまま死に、あるものは
破滅に追い込まれるほど嵌って財産という財産を毟られて人生が終わる。
人の人生を狂わせるほどの選りすぐりの「少年」達が集まる
デートクラブだ。
低位のインキュバスや悪魔との混血、または何処かから連れてきた本当の
人間の少年もいる。
「各種お好みを取りそろえておりますv」
たっぷりの揶揄を含んだ言葉で云われて
しかし欲望を隠そうともせずに直哉はフン、と哂った。
「君は黒髪必須なんだよね・・・」
台帳から直哉の項目を確認して、
それからロキは溜息を吐いた。
「ってか、君の好みは犯罪ぎりぎりだから調達するの大変なんだけど・・・」
当時直刀は13歳、直哉の要望は声変わりぎりぎりの少年である。
犯罪者にはなりたくないからこうして此処に足を運んだのだ。
「じゃあ何人かチョイスするから選んでよ」
お代はまあ出世払いでいいよ、と云ってから奥の部屋に案内される。
紹介される少年達を見定めながら直哉は今頃あの弟はどうしているのかと
そんなことをただ想った。


そして時が経ち3年後、直刀だけがこの東京へ戻り、
再び同居しだしてから、早二ヶ月半、季節は既に新緑で
ゴールデンウィークに入ろうかという時期だ。
「ああ、いらっしゃい、いつもの子でいい?」
いつものようににやにやと揶揄するような笑みを浮かべる
ロキを一瞥し、それからいつもの悪魔を呼ぼうとして
直哉はそれを制した。
「・・・いや。今度は16歳くらいのでいるか?」
その問いに一瞬ロキは直哉を見、それから面白そうに眼を細める。
「・・・弟君帰ってきたんだ、人間の成長って早いもんね」
そう、直刀はもう16だ。
三年も経てばいつまでもあの13歳のままでは無い、
東京駅で、弟を迎えに行った時、
直刀があんなに成長しているなんて思わなかった。
背も随分伸びていた。
生意気なのは相変わらずであったが、
中学の三年の間によりしなやかに伸び伸びと育った様子の
弟は矢張り愛しかった。
「16歳で、少しクセっ毛で関西弁の・・・」
細かいオーダーをメモしながらロキは盛大に溜息を吐く。
「もう弟君とヤっちゃいなよ・・・」
「できればこんな苦労はしない」
その通りだ。
直刀とできるものなら、こんな場所に来はしない。
直刀だけで事足りるからだ。
けれどもそんなことをすれば結果は見えているし、
一時の浅はかさで今まで築いてきたものを失うなど出来はしない。
「いいから早く見繕え」
はいはい、と肩を竦めて云う男の背を睨みながら
直哉は天井を仰ぎ見た。
豪華な造りの内装はごてごてとした如何にもそれっぽい
趣味の作りである。
その天井を眺めながら直哉はもう一度、
出来る筈ない、と呟いた。
しかしこの言葉とは裏腹に、直哉、
二ヶ月後弟の一人Hを目撃して仕舞い、
ついに理性の糸が切れて襲ってしまうのであった。


ウチの兄ちゃん
ブラコンやねん。
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