※魔王ルートED後。


その日は偶々其処を通った。
というのも漸く天使との最前線からの帰還命令が出て、
あの歌無伎町で出会った胡散臭いチャラ男の軍勢と入れ替わって
六本木に舞い戻って来て休日を満喫していたところで、
( まあ休日と云ってもナオヤさんの指示したプログラムの構築作業があるので
暇では無い。今朝方までかかってプログラムを仕上げて泥のように眠って
夕方になったつい先程目を覚ましたところだった )

十分に満足のいくまで久しぶりにプログラムも弄れたし、
それなりに充足した気分だった。
中階にある庭園で妖精達から何か果物でも貰おうと
足を向けたところでやけに人の気配が少ないことに気付く。
気付いた時に引き返せば良かったものの
何故か足を進めて仕舞ったことに篤郎は後悔した。

「・・・っ」
上擦った聲が微かに聴こえる。
僅かに湿った風に乗ってメンソールの匂いがすることから
聲の主は親友の羅刹だろう。
久し振りに逢う親友と話すのもいいかと思って
回廊を抜けたところで嫌な予感がした。
羅刹だ。
羅刹が居るには居るが、
其処に更に別の人物が居る。
直哉だ。
羅刹の従兄であり兄である直哉は篤郎の師匠でもあり
尊敬する人物だ。
未だに篤郎は尊敬する人は誰ですか?と
問われたらきっと、羅刹と直哉の名を挙げるだろう。
しかしことこういったところで直哉を尊敬できるかというとそればかりは
残念ながら違った。
何せこの直哉という人は羅刹に対しての執着がいっそ異常であるほどに
凄まじい。
今でこそ微笑ましくも( 一応 )取れるが
一時期は羅刹を虐待していた程だから凄いものである。
羅刹の口から時折洩れるそのプレイ内容はハードすぎて
未だ××の篤郎には推し量るのは難しい。
しかしやっていることが物凄く10代の男子が体験するには
遠いことだというのはわかっているつもりなので、
羅刹のグチになんとか同情の気持ちを込めて「ああ」とか「云」とか
相槌を打っていた。
なんだかんだ喧嘩をしても結局羅刹も満更ではないのか
篤郎の部屋へ飛び込んでくる羅刹を迎えに来る直哉に
( 勿論羅刹の怒りのパンチ付きだったがいつもナオヤさんは
黙って殴られていた、その程度には悪いと思うようなことをしているらしい )

結局は元の鞘に収まる恋人同士なんだな、という再認識をするのだ。

しかしいつものように喧嘩に巻き込まれたわけでもない、
こうしてこの場所に鉢合わせたことに篤郎は猛烈に後悔した。
( どうりで妖精達は居ない筈だよ )
何せ魔王様が階下にまで降りて来られているのだ。
その力の強さだけでも遠巻きになるのに魔王の兄も一緒で
しかもその庭で直哉が羅刹に覆いかぶさっている状態だ。
何をしているのかは一目瞭然である。
踵を返して戻ろうとするのに篤郎はその光景からどうしてか
目が逸らせなかった。
「やめろって・・・っ」
嫌だと非難めいた喘ぎを洩らしながら羅刹が身じろぐ、
直哉はそれを許さないというように羅刹の腰を引き寄せた。
ジーンズは足の先に引っ掛かっているだけで
羅刹の長い白い脚が大きく左右に広げられている。
ぐい、と力任せに押し入っていく直哉に
羅刹が悲鳴を上げた。
「・・・っくぁ・・・っ」
びくん、と羅刹の脚が慄える。
顔は見えなかった。
けれどもびくびくと慄え、直哉はそれを追いたてるように
激しく羅刹を揺さぶった。
喉に噛みついて、まるで肉食の獣の咬合を見ているようだ。
「あ、、っ、ああっ、直哉・・・ッ」
「羅刹、」
好きだ、愛してると直哉が低い聲で囁く、
有りっ丈の想いを込めるかのように切ない響きだ。
それを聴いて安堵する。
( そうだ・・・ )
( ナオヤさんは羅刹を愛してる )
( 今はちゃんと羅刹を見てる )

利用するだけの駒ではなく、使い捨てのものではなく、
ちゃんと羅刹を想ってる。
それが嬉しい反面、心が鷲掴みにされたように切なさが募る。

「ひあっァ、、、ッ!!」
激しい揺さぶりに羅刹が達したようだった。
もうこれ以上は見ていられない。
激しい口付けを交わす二人に、
仕方ないな、と呆れ半分、眼を閉じる。
背を向け、残りの半分を想う。

羅刹の顔が見えなくて良かったと、
その時思った。
( だって俺は )
( 羅刹の親友でいたいんだ・・・ )

だからその甘い痛みには気付かないふりをした。


甘い痛み
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