※魔王ルートED後。少しグロいです。


このところ辺りが騒がしい。
否、騒がしいというには少々語弊があるかもしれない、
ざわ、とした空気が澱んだ感覚だ。
( 澱んだ空気、か )
ロキはそれを反芻し、そしてちらりと視界に見える
魔王城、人間の世界の言葉で云うと旧六本木ヒルズを見遣った。
悪魔には相応しい筈のそれは、本来悪いものではない、
世界の魔界化は進み、こうしている間にも
続々と新たな悪魔が生まれ、魔王になった一人の少年の
元へ集う。その様が酷く愉快で、この圧倒的な
戦力、天使さえも既に遠く及ばない領域へ到達した
羅刹と云う名の人間が全ての悪魔の上にさも当然というように
その人間離れした美しい美貌を惜しむことなく曝し悠然と
其れ等を見下し哂って魅せる様を見るのは酷く心地良かった。
人間出身である彼等魔王幹部達はそれと悟られないように
巧妙に人間の生活圏と自分達の魔王国領土を分け、
決して悪魔達から人間には仕掛けない。
悪魔から仕掛けたら最後、如何なる理由があっても
魔王によってその魂は握り潰され消滅する。
そして世界は赤く染まり魔界へと侵食を始めた。
魔界のものにとって当たり前の空気は澱んでいても
それが当然であり自然なものだ。
魔王軍幹部の元人間である魔王の兄、直哉や
魔王の友人達もこの空気は自然と馴染んだ筈だが
深部になってくると並みの人間には耐えることは難しい。
しかしこのところそんな空気に「澱み」がある。
嫌悪するような感覚の一種清廉なそれは間違いなかった。

「知ってた?」
とん、と空間から降り立ったロキは直哉の後ろに立った。
直後に直哉の姿を確認して、あらら、と哂う。
既に彼は承知だったらしい。
伊達に年は取っていないというわけだ。
外見だけなら20代の青年である彼の中身は
恐らく人類史上最も長生きである。
「ああ、もう知ってたんだ」
「当たり前だ、まあ徐々に出来は良くなってる」
直哉は振り返らずに答えた。
こと冷徹な男である。
人間であるかどうかも既に疑わしいほど残虐性を秘めた男は
まさしく人間であり、その残酷さと激情の激しさが
顔色ひとつ変えないこの男の『人間らしさ』を一層際立たせていた。
最もこの男が顔色を変えるような事態はただひとつしかないが。
( アベルでなく最早『羅刹』に固執する男か、人間味は増したけどね )
「今回なんか見た目も振る舞いも完全に羅刹君をコピーしたね」
「姑息な天使共が、」
直哉は目の前にある魔王の、羅刹の姿形を模したものを刺した。
そう、羅刹だ。
直哉は最早バ・ベルとしてのア・ベルを求めているのではない。
どういう事情か羅刹という人間の手を取った。
弟として何一つ記憶の無いかつての分断されたアベルの魂のひとり。
利用する駒にしかすぎない人間のひとり。
なのに直哉はこれまでの気の遠くなるような幾憶の時を捨て
羅刹を選んだのだ。
( これほど面白い見物があろうか )
ロキは愉悦に口を歪ませた。
あのカインがこれほどまでに固執する魂の持主を見れば
成程、想像を遥かに凌駕した男だった。
これほど存在を主張する人間も珍しい。
隠しても、どれほど貶めても、その輝きは失われない、
そんな『羅刹』にロキ自身も強く惹かれている。
「それにしても君、凄いね」
「何がだ?一目見ただけでわかったぞ」
問いとは見当違いの答えに苦笑しつつ、それを見る。
魔王の姿形を模したそれは精巧ではあったが、
それでも唯の人形だ。
この魔王の領土は幾重にも張られた結界で護られている。
悪魔ならばすんなり通れるが天使には通れない。
しかしこの結界は力の強い者の侵入を弾く代わりに
力の弱い下位の天使ならば通すのだ。
故に最近ではこうして下位の天使が悪魔を模して
諜報活動やあわよくばこうして羅刹や直哉を殺そうと狙っている。
ロキはその残骸のようなものを見下ろし鼻で哂った。
これが羅刹である筈がない、こんな下らぬものが羅刹である筈が無いのだ。
「目が違うもんね、羅刹君の眼、特別だから」
バ・ベルの力の所為ではない、魔王になる前から羅刹の眼は特別である。
全てを制する王者の眼だ。
誰のものでもない己こそが己の王だと知り得たものの眼だった。
あの眼に見られただけで身体が歓喜に慄える、云うなれば魔王になるべくして
生まれた男だ。否、羅刹以外では魔王として足り得なかったとさえ
思っている。
( 思ったより随分な入れ込みようだな )
気紛れといえば気紛れ、なのに深みに嵌っているような気もする。
しかしそれさえも彼を想えば中々に面白かった。
「いや、そうじゃなくて、そりゃこれが模造品くらい僕にもわかるけどね」
にやにや笑いながら直哉の引き抜いた天使の羽をロキは踏みつけた。
よくよく考えれば羅刹そっくりの身体から天使の羽が生えているのである。
悪趣味このうえない。
天使は既に息絶えそうだった。
直哉は容赦無くもう片羽を骨ごと毟る。
「貫きながらよくやるよ」
呆れたように云うロキに直哉は無表情のまま赤い視線をコピーに向けた。
今直哉は羅刹の顔をした天使の下肢を犯しながら殺している。
酷く凄惨でグロテスクな光景だ。
そして天使の音のような悲鳴を最後に直哉は剣で心臓を抉りとった。
「くだらん」
「羅刹君の方には多分君のコピーが行ってるとおもうけどね、」
いやはや天使軍も考える、と哂うロキに直哉は「問題ない」と返した。
「どうせ羅刹相手にどうこう出来はしない」
事実羅刹は普段と同じように絡んできた直哉(のコピー)にそれと気付かず、
いつものようにメギドラオンを連発し、知らずに倒していた。
羅刹の論ではこの程度で死ぬものは兄ではないのだ。
「容赦無いよねー羅刹君」
そこがイイんだけど、と付け足せば直哉が炎を秘めた眼でロキを睨んだ。
酷い嫉妬だ。
何せ直哉が居る所為でいつも寸でのところでお預けを食らうのだ。
懲りずに羅刹にアタックを仕掛けるロキに対してあの直哉が
思うところが無い筈が無い。
しかしロキとて何の手も打っていないわけではない、
ロキ自身の力もロキの所有する勢力も未だ生まれたての魔王軍には
魅力的な戦力であり、利用価値は高い。
それにこういった駆け引きも嫌いではなかった。
これはゲームだ。
恋愛という名の遊戯なのだ。
直哉に殺されるか、それとも出し抜いて羅刹を奪うか、
羅刹に殺されるか、それともまた違った結果が出るか、
( 悪くないゲームだよね )
ただのゲームにしては面白い、
久しぶりに在るこの高揚が心地良い。

「遊びも結構だが、ミイラ取りがミイラになっても知らんぞ」
直哉のこの忠告は古い知人としてのものなのか、
或いは直哉自身が実際嵌ってしまったように、
自分も絡め取られるのか、

( ああ、それも悪くない )

彼の眼を見ればそれも悪くないと思えて仕舞うあたり
随分性質の悪い入れ込み方だな、とロキは苦笑した。


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